地位も、名誉も・・・
全て手に入れていたそいつを前にして、俺は無力だった。
だからこうして、この家の地下室で、こんなことになっている。
レンズ越しの世界
きっかけは、一杯飲み屋でのこと。支払いをしようとして、小銭の持ち合わせがなかった彼に俺が見かねて払ったのが最初だった。
その時俺は少し急いでいて、レジの前でもたもたする彼に付き合っている時間はなかったのだ。
「ったく。カードが使えねぇ店なんて、今時考えられねぇよ」
店を出て彼が呟いた言葉に、俺は唖然となった。
そりゃ、今時カードが主流なのかもしれないが、使えない店も沢山ある。
俺なんかカードを持ったことも作ったこともない、一般庶民よりも貧しいですよ!
と、思いながら足早にそこから去ろうとした。
「それと、そこのお前。さっきは余計なお世話だったな。ほらよ」
そう言い放つと、そいつの財布から出てきたのは一万円札。
「い・・・いらねぇよ!」
それだけ言うと、俺はそこからさっさと歩いて去った。
ったく、なんであんなヤツからお金を貰わなきゃいけないんだ!
人の親切をよりにもよって、「余計なお世話」だと?
ふざけるな!
第一こっちは急いでんだ。
んなことに構ってるヒマはないんだよ。
昔からいうだろ?
貧乏ヒマ無しって。
こいつとは、住む世界が違う。
そんな『臭い』がプンプンするんだ。
だから、直感的に思った。
「関わっちゃだめだ」と。
「おはよ」
「おはよ~」
朝、大学の教室で友人と挨拶を交わす。
友人が話し掛けてきても、俺は自分から話を振るということはしなかった。
妙に引っ掛かるんだ。
あの顔・・・
どこかで見覚えがある。
どこだったか・・・
などと徒然考えながら、俺は家路についた。
といっても、狭い部屋に一人暮らし。
生活するのに精一杯で、今世間で横行している、詐欺だとか、ローンを組ませる商法は、今のところ来ていない。
来ても、部屋の状況を見れば逃げ出す始末だ。
テレビもなければビデオもない。
煙草なんて、昔は吸ってたが、吸う金がなくて我慢していたら、いつのまにか吸えなくなった。
だけど、部屋に置かれた、異様にデカイ望遠レンズだけが、この部屋で異彩を放っていた。
CANONのEF60040LIS・・・高校の頃からのあこがれ。
バイトして、ずっと貯めていたお金でやっと去年手に入れた。
これで戦闘機を狙う。
無線機と、こいつさえあれば後はどうにでもなる。
というか、この二つしか必要がない。
俺は脚立は使わない派だから、別にあろうがなかろうが関係ないって思ってる。
っと・・・
「郵便物?」
滅多に届かない郵便受けの中に、俺宛に封筒が届いていた。
裏を見ると、『氷帝学園同窓会企画・実行委員会』とあった。
氷帝?
しばらく、その名前にピンとこなかった。
とりあえず、部屋に入ってカバンを下ろすと、パイプベッドに転がって封筒を開ける。
氷帝・・・
あぁ、中学の時、そういえば一年だけ通ってたなぁ
と、思い至って体を起こす。
電波状態が最悪なところで、無線機のアンテナ立てても、普通の民報しか入らなかった最悪な学校としか印象がない。
それにしても、俺の住所なんて一体どこから割り出したんだか・・・
ま、一年だけ通ったとは言え、同窓会に呼ばれてるし・・・行かないと後々面倒みたいだし。
その日は予定を朝からあけて、とにかく今はバイトだ。
なんだ?この豪華絢爛さは。
俺、なんか場違い・・・っぽい?
一刻も早くこの場から去りたい。
そうだった。
氷帝は、お金持ち学園だったんだっけ。
俺も、母さんが死ぬまでは・・・って、もう七年も前の話だけど・・・
って、そんな感傷に浸ってるより、早くここから去ることだ。
そして、俺は俺の、いつもの生活に戻る!
それが今、一番大事だ。
だって俺、あんまりここでいい思い出があったわけじゃないし、第一一年間しか通ってない人間なんか、覚えてるヤツなんかいないって!
ほら、案の定俺に話し掛けてくる人などいやしない。
足を会場の外に向けて、そっと出る。
扉を閉めたところで一息つくと、そのままそこを後にした。
行くんじゃなかった。
こんなことなら、バイト入っていればよかった。
後悔ばかりが襲ってくる。
予定をワザワザ空けてまで、行く必要はなかった・・・と
そう思えてならない。
そんな考え事をしながら歩いていると。、ドンッと肩が相手とぶつかった。
「あ・・・すみません」
そう言ってやり過ごそうとしたのに・・・
相手が悪かった。
なんか今日の俺は、踏んだり蹴ったり・・・だ。
「おいおい兄ちゃん、ぶつかっといてそれはねぇんじゃん?」
と、妙に絡んでくる。
コイツ等・・・
四人・・・か。
相手に出来ない数じゃないが、一人獲物をもってやがる。
さて、どうするか・・・
その内の一人が言葉を発した。
「あんた、・・・か?」
いきなり確認するように名前を言われ、驚いた。
「そ・・・うだが?」
「やっぱりそうか!あんたの写真、よくWingで見てるよ!あそこのマスターに写真提供してるのあんただろ?いやー、俺あんたのファンなんだ。あんなド迫力の戦闘機写真、よく撮れるよなぁっていっつも感心してるんだよ。そうかそうか。いやー悪かった。ウチの若い衆血の気が多くてな。また、次回、俺楽しみなんだ。今度は新田原かい?」
「あ・・・はい」
「そうか~。楽しみだな。それじゃ、な。こら謝れ!」
「す・・・すんませんっす」
ポカ~ン・・・
世間は狭い。
つくづくそう思う。
まさかWing繋がりでこんな・・・
命拾いしたな・・・俺。
Wingっていうのは、マスターが元戦闘機乗りで、写真なんかも飾らせてくれる喫茶店だ。
俺は何度かそこのマスターに写真の出来を見てもらっている間に、いつのまにか飾られていたっていう・・・
そんな経緯があって、今じゃマスターお気に入りのアマチュア写真家の一人・・・でもある。
今度マスターに一杯おごらなきゃ・・・
ちょっと気分が晴れて、酒を買って店を出た。
後は家に帰って、一杯やるだけ。
だったはずなのに・・・
「探したぞテメェ」
後ろから、声がした。
さっきのゴロツキどもじゃない。
じゃ、一体誰だ?
振り返ると、どこかで見覚えのある顔がそこにあった。
後ろには高級車を控えさせて、まるで帝王のごとくオーラを纏っている。
見覚えが・・・あったはずだ。
コイツ、あの時居酒屋で会った、人の親切を「余計なお世話」と言い切ったヤツだ!
「俺、あんたに探してもらうようなことしてないと思うけど?」
「あ~ん?テメェにはなくても、俺にはあるんだよ。乗れよ。」
はぁ?
なんだ?その「あたかも自分に従うのが当たり前!」みたいな命令は!
ふざけるな!
「誰が乗かよ。大体」
「ってのは、テメェの母親の名前だな。七年前、お前が中一の時に死んだ」
な・・・なんで・・・知ってる?
「テメェ、自分の父親について考えたことあるか?」
父親については、母さんから何も聞かされてない。
ただ、資金援助をしてもらってて・・・母さんが死んでからはそれは親戚が断ったって聞いた。
この辺詳しくは俺も分からない。
ただ・・・
こいつと、俺の父親に関すること・・・何か関係があるのか?
「気になるなら、乗れよ。」
まるでそれは、悪魔の囁きに等しかった。
高級車なんて、見るだけで絶対に中に入れないどころか触れないだろうと思っていた。
お陰でちょっと落ち着かない。
それにしてもコイツ、一体何者だ?
俺より少し年が上みたいだけど・・・
一軒家・・・にしてはデカすぎる家・・・だった。
住む世界が違う、というのは最初の直感通りとなったな・・・と、俺は心のどこかでそう思った。
「とりあえず、何か飲むか?」
客室の一つに案内され、俺はその広さに圧倒された。
すげー広い。
この部屋だけで、俺の部屋の倍はありそー・・・
「あのな・・・お前、一体何モン・・・?」
だ・・・という言葉は、口の中に消えた。
「ん・・・ん・・・っ」
体がひっくり返ったかと思った。
突然のことに、俺が反応できなかった時間は一瞬だけだったろう。
だが、その一瞬で勝負がついた。
ベッドに体を押し付けられ、上に乗のってきたかと思うと、足で俺の腰を挟み、腕を固定した。
これだけのことを一瞬でされれば、流石の俺もそれ以降何もできる訳ねぇよ・・・
それにしてもなんだって俺がこんなことされなきゃならネェ訳?
「な・・・にしやがる、テメェ!」
頭に血が上っている俺とは正反対で、そいつはただ、冷静だった。
そして、冷静に
「お前の親父は、この家の主だった人間だ。」
と、言った。
はぁ??
な・・・なんだって?
「ちょ・・・ちょっと待て!なんなんだよお前は!ちゃんと時系列で話してくれ。訳がわからねぇ」
自分の都合で話をされたって、こっちは全然訳がわからん。
大体少し前に、ちょっと居酒屋ですれ違っただけの話だろう?
なのにどうしてそこまで話が飛び火する?
「飲み込みの悪さは、てめぇが頭悪いからか?それとも理解したくないからか?さっき言っただろうが。お前の親父は、この家の人間だったってよ」
はき捨てるようにそいつが言う。
頭を、殴られたような衝撃が、襲ってきた。
俺の親父が、こんな豪華なところの人間?
じゃ、こいつは何だ?
こいつも、ここの人間じゃないのか?
そりゃそうだろう。
じゃなかったら、こんな帝王然とした態度に、説明がつかない。
では、俺は何だ?
一度も親父の話を聞かされたことがない、俺は・・・
俺の方が、「家族」としては、異常な状態だったんじゃないのか?
生きてた頃、何故か異様に金回りの良かった母親。
その死をきっかけに、一切お金に関する「裕福さ」というものを享受したことがない。
でも別に俺は困らなかった。
普通に、この21年間、自分の人生を歩んできただけだから。
でも、よくよく考えれば、おかしな話だと思う。
父親のことは一切聞かされず、何故か金回りの良かった母親。
「まさか・・・」
思い至ったことが、嘘だと思いたい。
だけど、それしか考えられなかった。
「そのまさかさ。」
その視線の冷たさに、の背筋が凍りつく。
「お前は、俺の爺さんが外に作った子供の孫なんだよ」