僕があなたに言いたいのは、きっと『スキ』よりも、もっとずっと重い言葉。
だけど、きっと僕はその言葉を言えないと思っています。
何故なら、その言葉の前には施錠された大きな壁があって、それはとても大きくて分厚くて、押しても引いてもビクともしない。
大きな鉄の壁。
電子ロックの施錠。
言えない言葉。
それを開ける鍵はあなたの言葉。
僕を開放してくれるのは、あなたの・・・
言えない言葉
他の人がこの家に来た。正確には付いてきただけだ・・・と、マスターがポツリと洩らしたのを僕が聞き逃すはずはない。
そして、そんな僕に『聞かれている』ことが分かると、少し悲しそうにマスターが笑った。
入ってきたその人は初めて見る人で、その人は自分のことを、『忍足侑士』と名乗った。
「はじめまして!」
元気な妹弟たちの声が響く。
だけど、他の人が居る。
それだけで、どこかが何かを燻るように、落ち着かない。
ソワソワする。
「どうしたの」
一歩離れたところにいる俺に声をかけてきたのはマスターだった。
「ま・・・マスター・・・あの・・・俺・・・」
緊張して、上手く言葉が出せない。
他の人が居る部屋。
それだけで、身体が・・・ダメだ。
どうして?
外ではこんな状況は全然大丈夫なのに。
ほら。
メイコも、ミクもリンもレンも、家の外で僕が対応するように、きちんとしてるじゃないか。
どうして、僕だけしっかりと対応できない?
出来なくなった?
違う!
そんなことない。
だってこの前外に連れて行ってもらったときは、しっかり対応してたじゃないか。
じゃぁ、原因は何?
彼がマスターの近くに寄るから?
マスターと彼の距離が、何故かしら短く思えるから?
分からない。
でも、あの人は、ダメだ。
どうして?
分からない。
分からないけど、ダメなんだ。
「カイト?」
カイトの異変にが気付くと、一拍遅れて皆も気付いた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
リンが真っ先に心配そうに聞いてくるのを、なんとか無理に笑顔を作って『大丈夫だよ』と答える。
けど、足がガクガクで・・・ダメだ。
「侑、後を頼む。
俺ちょっとカイト下に運んでくるよ」
と、他の人に後を頼んだマスターが僕を立たせて、部屋まで運んでくれる。
あぁ・・・また、手を掛けさせてしまった。
と後悔すると同時に、触れられていることにとても安心してる自分がいて、その狭間で何かが揺れている。
「カイト、大丈夫?」
マスターが、階段を下りてソファに座らせた僕にそう聞きつつ足は台所に向いている。
そして、冷凍庫を開けて彼が取り出したのはアイスだ。
「・・・ごめんなさい」
謝った僕にアイスとスプーンを渡してくれて、受け取ったときにその手がほんの少しだけ触れてやがて何事もなかったようにスッと離れる。
「なんで謝るの」
マスターが聞いてくるのを、ただじっと下を向いて手にもったままのアイスを眺めて、答えない。
答えないんじゃなくて、答えられないんだ。
どう答えていいのか分からない。
そうやってしばらく黙っていると、頭の上で息を吐く音がかすかに聞こえてきて慌ててカイトは顔を上げて、そこにあったのは笑顔。
「そろそろ上をお開きにするか。
お前も調子が悪いみたいだし、侑士は明日試合だし」
そう言うと、階段の方へと足を向けて二階に上っていく。
広いリビングに、たった一人。
ポツン……と、まるで取り残された 上に皆いるのに、分かっているのに、少し、寂しい。
しばらくすると楽しそうな声と共に、皆が降りてくる。
「聞き分けえぇなぁボーカロイドって」
と、最後に降りてきた彼が関心したように階段の手すりに腕をかけて覗き込むような体勢で関心した声を出し、それに答えるようにして振り返ったマスターが
「お前も休むんだよ、侑士。
そのために今日は皆パソコンなんだからな」
と、切り返した。
「あーカイ兄ぃは体調悪いから、俺らんとこの部屋使っていいってさ。
あ!あんまり色々見るなよ?俺等だって『ぷらいべーと』ってのがあるんだからな」
とレンがカイトに、が上の階で言った言葉とともに14歳らしい『弟』としての意見をカイトに伝えている。
「うん。
ありがとう、レン」
マスターの部屋は彼が使うらしく、慣れた様子でマスターの部屋に入っていくのを、じっと黙って見送るけど、なんだかマスターの部屋を他の人が使うという不思議に、回路のどこかがモヤモヤする。
だけど、
「じゃ、俺はここで寝るから。
おやすみ、カイト」
そう言われて、カイトはそのまま普段リンとレンが使う部屋のドアを開けた。
そのままベッドにそっと転がって、彼等が来るまでは、ここと今メイコとミクが使ってる部屋を交互に使っていたことを、何故か思い出す。
そう言えば一人で寝るのは久しぶりだなと、ここに来た時からの記録を読み返してみる。
確かに、一人で眠るのは久しぶりのようだ。
と、カイトは思うが、それ以上に、何故かソファで横になって眠っているの様子が気になって仕方がない。
何故?
分からない。
あの人が何かをするかもしれないから?
・・・分からない。
でも、気になる・・・から・・・
と、どうしても気になったカイトは部屋の扉を開けて、リンとレンがいつも使ってる部屋をソッと抜け出した。
彼が眠っているソファのあるリビングをソォっと覗いたカイトが見たのは、薄暗い闇の中にいる誰かの影。
その影はマスターに・・・
信じられない光景に、思わず身体の機能が止まるかと思った。
だけどそうはならなかったようで、
カタン・・・
と、静か過ぎる部屋に彼が聞き取れるほどの十分な音が響き渡る。
その音に反応した彼が、スッと物音も立てずに身体を起こすと、物音がした方へ視線を向けてそこに誰かがいることを認めると、小さくも低い声をかけてきた。
『何・・・見てるん』
『・・・何も・・・・・・』
『見てたやろ。
俺のすること』
『何も・・・見ていません』
そうは言うけれど、それは嘘だ。
本当はしっかりとこの目(センサー)で見てた。
だけど見たって言えば、何をされ・・・る・・・か・・・・・・
そうボンヤリ考えていた時に、彼の手が伸びてくるのが、見えた。
『・・・っ!?』
ガタンッ
という比較的大きな音が響き、もしかして彼が起きたのではないかという思いがよぎるが、どうやらそれはなかったようで、ソファに動きは何もなかった。
『機械が嘘つくとは知らんかったで』
そう告げる彼の声はとても冷たくて、闇の中に微かにある光源に反射した顔もとても冷たいもののようにカイトは感じて、身体が微かに震えてくるのを止められない。
『がお前のこと気に入ってるんは、見ててバレバレや』
いきなり彼はそんなことを言ってきた。
『・・・な・・・に・・・っ?』
『カイトって言ったっけ。
えらくに気に入られてんやなぁって思ってな』
『そ・・・んな・・・こ・・・』
それは・・・言いがかりだと・・・思う。
だって僕は・・・僕たちは・・・
それが言える前に、ギリッという音がして、首を掴む彼の手の力が強くなったから、言えなくなった。
『そんなことあらへんってか?
それは嘘や。
第一お前、の左側に平気で立っとったやろう?』
『ひ・・・だり・・・側・・・
何・・・のこと・・・?』
ですか?
の言葉は、途中で途切れた。
首を掴む手の力が、ことさら強くなったから。
『機械のくせに、痛そうな顔すんなや。
苦しくなんかないくせに』
『そ・・・んなこと・・・
く・・・るしい・・・で・・・っん』
そんなことない。
首を絞められて、『苦しみ』を味合わない『モノ』は・・・いな・・・
違う。
確かに苦しみはない。
苦しくはないけれど、でも・・・やっぱり『苦しい』
だから
『手・・・を・・・放し・・・』
手を放してくださいと彼に頼んでみる。
頼む以外にどうすることも出来ない、『人』には逆らえないように出来ているから・・・
マスターの言葉が最優先されて、次にその他の『人』の言葉が・・・
逆らえないように出来てる。
だから、手を放してください。
このままじゃ、いくら僕(機械)でも・・・
ヒソヒソと交わされる会話に、静かに行われていく破壊。
マ・・・マスター・・・気付いて(気付かないで)。
起きて・・・下さい。(起きないで下さい)。
あぁ
手を掛けさせてしまったら・・・消される・・・かな
でも・・・
マスター・・・助けて・・・苦しい・・・
もう・・・限・・・か・・・
ブラックアウトする。
そう『中』が判断しかけたときだった。
「侑士。
カイトに何してんの」
その声は普段と変わらない声だったけれど、しかし全然違う声だったように、カイトは感じた。
まるでカチコチに冷えた氷水を浴びせられたような、とても冷たくて怖い声。
声自体はいつもと全然変化がないことは、いつもの記録が教えてくれるのに、どうしてそこに『恐怖』が混じる?
分からない。
でも、マスター・・・もしかして、怒ってますか?
あぁ・・・僕が・・・僕のせいですよね・・・ごめんなさい・・・
後悔してるカイトをよそに、は話を進めている。
「何してるの?って、そう聞いてる」
ソファから、はっきりと分かる位の『何か』が自分たちを包んでるのが分かる。
それは何かは分からないけど・・・でも、それは多分『怖いもの』だというのだけはなんとなく分かる。
と同時に、ゆっくりと、首に掛る彼の手から力が抜けていくのが分かる。
やがて、完全に首から手を外した彼が
「何もしてへんよ」
と言ったのを、信じられない様子でカイトが見る。
・・・う・・・嘘だ・・・
「カイトは、侑士に何をされた?」
次に彼はカイトにそう聞いてきたけれど、答えられない。
だって・・・目の前の人が・・・怖くて・・・
答えられずに黙って俯くと静かなため息が届いて、やがて言葉が聞こえてきた。
「例えば、崖の上で落ちそうになってる侑士とカイトが居たとして。
そして、救助の人がたくさん居る場合に限るんだけど・・・
多分、そんな状況は、来ないと思うんだけど・・・
でも、もし、そんな状況になった場合。
俺は真っ先にカイトを助けると思う」
「・・・それ、どういう意味や」
「・・・マスター?」
唐突に言われた言葉の意図が読めなくて、二人同時に聞き返す。
「だから。
何してたの?侑士」
そう言って、がソファから起き上がると、そのまま二人がいるところまで歩いてくる。
そして、再度同じ質問を彼に投げかけた。
「これが最後だよ。
カイトに何してたの?って、そう聞いてるんだよ。侑士」