一瞬の静寂ののち、
「構えろ!」
と、ナイル師団長が部下に命令を出す。
その瞬間、彼が動いた。
――兵長?
は思うが、それよりも速く彼は行動していた。
Attack on Titan
07.帰りたい人、帰れない人
は、アゴが外れるかと思った。
――必要とは言え、やりすぎっすよ!! 兵長ぉぉ!!!!!
目の前で、兵長がエレン・イェーガー訓練兵をボコスカ蹴っている。
ミカサ・アッカーマン訓練兵が飛び出そうとしたところを、アルミン・アルレルト訓練兵が止めているのが見えた。
――あ、踏みつけた……
静寂が審議所を包む中、兵長の声だけが響く。
「これは持論だが。躾に一番効くのは痛みだと思う」
――とは言うが、こうも強硬に出るってことは、本気で入団させる気なんだなぁ
と、どこか達観した思いではその光景を見ている。
「今お前に一番必要なのは、言葉による『教育』ではなく、『教訓』だ。しゃがんでるから丁度けりやすいしな」
そう言ってまた蹴り始める。
しばらく蹴っていたのだろうが、唐突には理解した。
――あぁ、あの目、かなぁ……
と。
それを見て、何か感じたのか憲兵師団長のナイル・ドークから
「……待て、リヴァイ」
と、制止の声が入る。
「何だ……」
エレンの顔に足をめり込ませながら、兵長が反応する。
「……危険だ。恨みを買って、こいつが巨人化したらどうする」
「……何言ってる。お前らはこいつを解剖するんだろう?」
兵長がグイッとエレンの髪を掴み上げて告げる。
――兵長……計算に入れてるなぁ……絶句してるじゃん……
そんな師団長の表情を見た兵長が、真顔で馬鹿したような声を上げる。
「こいつは巨人化した時、力尽きるまでに二十体の巨人を殺したらしい。敵だとすれば知恵がある分厄介かもしれん。だとしても、俺の敵じゃないが……お前らはどうする?」
そう言いつつ、憲兵団の方を見渡して
「こいつをいじめた奴らもよく考えた方がいい。本当にこいつを殺せるのかをな」
そこで言葉を切った兵長の続きを、エルヴィン団長が引き継ぐ。
「総統。ご提案があります」
と告げ、総統が頷いたところで団長が言葉を続ける。
「エレンの『巨人の力』は不確定な要素を多分に含んでおり、その危険は常に潜んでいます。そこでエレンが我々の管理下に置かれた暁には、その対策としてリヴァイ兵士長に行動を共にしてもらいます」
そこで、チラリと団長がを見たような気がしたのは見ないでおく。
「彼ほど腕が経つ者なら、いざという時にも対応できます」
自信をもって告げる団長に、総統が「ほう……」と納得する声を出す。そして
「できるのか、リヴァイ?」
と兵長に向き直り尋ねる。
「殺すことに関して言えば、間違いなく。ただ、問題はむしろその中間が無いことにある……!」
――兵長?
語尾がおかしかったので、視線の元を追っていくとまさに、殺気丸出しのミカサ・アッカーマン訓練兵にたどり着いた。
――まぁ、話を聞く限りだと、相当心酔してるっぽいからなぁ……とは言え、これで一つ問題は解決されたわけだ。さて、どう出てくる? ドーク師団長
ここで審議は決したとは冷静に考え、ザックレー総統が結論を出した。
「議論は尽くされたようだな。ここで決めさせてもらおうか」
そう告げたとき、ドーク師団長が待ったをかけた。
「お待ちください。エルヴィン、聞きたい。内地の問題はどうするつもりだ!」
想定内のことだったのだろう、団長がスラスラ回答した。
「我々の壁外での活動が人類の安定から成り立っているのも理解している。決して内地の問題を軽視してはいない」
そこで言葉を切り、ザックレー総統に団長が向き直る。
「そこで提案があります。事態の鎮静化を図るために、次の壁外調査でエレンが人類にとって有意義であることを証明します。その結果で今後を判断していただきたい」
「ほう……壁外へ行くのか……」
――壁外……かぁ……団長はあの超大型巨人のこととか考えてるんだろうなぁ。例えば、『何故』直前まで接近に気づかなかったのか、とかさ……あの超大型がエレンと『同じ』人間に戻れる巨人なのだとしたら、接近に気づかなかったとしても説明がつく、という訳だ。鎧の巨人にしたって、同じことが言えるってわけだわなぁ……
がそう考えている間に、ザックレー総統が結論を出していた。
「エレン・イェーガーは調査兵団に託す。しかし、次の成果次第では、再びここに戻ることになる」
と。
その後、彼、エレンの拘束具を解いたのはだった。
「オイ。コイツの拘束具を解け」
――近くにいるんだから、自分でやればいいのに……
そう思うが、皆の前で指名されたからにはやらない訳にはいかない。
「はい……」
そう答えたが柵を超えて憲兵団員から鍵を預かり、エレンの元に足を向けて彼の拘束具を解く。
「エレンだっけ。痛かっただろう?」
「……まぁ……」
緊張しているのか、痛みからかは不明だが、エレンの口数は少ない。
しかし、言わなければならないことが一つある。
「すまない。でも、君にとっても俺たちにとっても有益な結論になって良かった」
「それって……」
ここまで言えば察するものがあったのか、エレンが調査兵団の各分隊長たちに囲まれながら部屋を出ていく。
――さて、用事は終わったし帰るとするかぁ…
と、他の兵団と一緒に帰ろうとしたら、兵長から声が掛かった。
「テメェもだ。、来い」
「俺も、ですか」
「そうだ」
「へぇぇい……」
――帰りたい……
と心の中では大号泣した。
ソファに座わるよう団長から促された彼は素直にソファに座る。と同時に
「イテテ!」
と言い、顎を押さえている。
そんなエレンに対し、団長が素直に「すまなかった」と告げた。
「しかし、君の偽りのない本心を相当は有力者に伝えることができた」
「はい……」
――だけど、それ以上のものも収穫できたのはデカいよねぇ……
「効果的なタイミングで用意したカードが切れたのも、その痛みの甲斐あってのものだ」
と告げ、手を差し出して
「君に敬意を……」
とそこで言葉を切った団長は、改めて
「エレン、これからもよろしくな」
「はい」
と答えたエレンが手を握り返した。
「よろしく、お願いします」
グッと握った手同士が離れた瞬間、リヴァイがエレンの座る隣にドサッと乱暴に座る。
「なぁエレン」
「は、はい!」
――兵長!?
「俺を憎んでいるか?」
――蹴り倒したことを言ってるんだろうけど、それじゃ、謝罪にならないっすよ! 兵長!!!
と、が心の中で突っ込みを入れる。
「い、いえ。必要な演出として理解してます」
「ならよかった」
「しかし限度があるでしょ……。歯が折れちゃったんだよ? ほら」
と、ハンジ分隊長が言うのを、珍しく兵長が反論する。
「解剖されるよりはマシだと思うが」
そんな反論など無視して、ハンジ分隊長が
「エレン。口の中、見せてみてよ」
と言って彼の口の中を確認すると、驚いた表情になった。
「……! え? 歯が生えてる」
「は?」
そう答えたのはエレンだ。
「は? じゃなくて! 歯が生えてるんだよ!」
と、少し興奮気味にハンジ分隊長の顔が笑顔に変わる。
――多分、あの時だな……
と、は冷静に見当をつける。
部屋に入ってソファに座るとき、彼は顎を痛みで押さえていた。
歯が生える、というのが巨人の再生力だというのなら、その時に生えた可能性が高い。
――説明するのもメンドクサイから黙ってるけど……
それに、ただの勘であって根拠があるわけではない。
そこまで『巨人』に興味がない。
いや、彼らの行動原理や、奇行種と呼ばれる巨人の行動には興味はあるけれども、目の前でうれしそうにしているハンジ分隊長ほど熱心でもない、というのがのスタンスだからだ。
「ところでハンジ分隊長?」
「ん? 何だい? 」
「俺が、捕らえた巨人たちの実験、まだあるんじゃないですか?」
最初の『俺が』のところはサラリとだが確実に強調したが、慎重に慎重に言葉を選んで告げた。
――ここでもし、「どうなりましたか?」なんて聞こうものなら、一晩中付き合わされるからな。それだけは勘弁願いたいんだよなぁ
随分前に一度だけ失敗して、その時心底辟易したからだ。
それ以来の教訓としては慎重に選ぶようになった。
「そうだ! じゃ、エルヴィン。私は戻るよ!」
言うが早いか、部屋からハンジ分隊長が出て行ってしまった。
「さて、ここいらでお開きにしよう。リヴァイ、エレンの身柄をよろしく頼む。それと、特別作戦班を編成してくれ」
「分かった」
「、エレンを宿舎に連れていけ」
「部屋は?」
「貴様のところでいい」
「了解です」
そんな兵長とのやり取りを満足気に見ていた団長が
「リヴァイ」
「なんだ」
「特別作戦班にエレンの身柄を移したら、を借りるぞ」
と告げた。
「またか」
「あぁ。『また』だ」
「……ッチ」
舌打ちするが、それが了承の合図だと知っている団長が満足気に笑うのが見えた。
アトガキ