「今日から赴任いたしましたです。よろしくお願いします。」

 
 
案内される間,
うわ・・・変わってないなぁなどと,そんなことを考えながら,職員室に入っていった。

事始め
入ってすぐ,の視線はある人物のところからしばらく動かなかった。
そしてその人物はの姿をみるや,ニヤリと意地の悪い笑みをこぼした。
その笑みに,が引く。そして目を泳がせる。
10年前の恩師 竜崎スミレ
恩師と言っていいかどうかは定かじゃないが,鍛えられた記憶だけは生々しく残っている。

 
そして告げられた自分の居場所。
書類の山になっていて,顔は見えないのが幸いだがそれでも・・・

 
 
なんであの人の対面なんだ!
と,心の中で叫んだ。

 
 
 
早速机に山積みになった書類をどかせ,顔を覗き込ませる竜崎先生。
「なんだ。戻ってきたのか?」
「不本意ながら。と言いますか,受かったのがここしかなかったんですよ。」
まだ書きかけの書類から目を離さずにが答えた。
「まぁ・・・そうだろうなぁ。この不景気のご時世。そうそう公務員に受かるのは至難の技だろうさ」
「で,なんかあるんですか?」
「ま,折角戻ってきたんだ。テニス部にちょっと顔出してくれんかの?」
テニス』と聞いての手が止まり,そしてそこで初めて顔を上げた。
「なんでですか。俺は理科教員として受かっただけで,別に見るつもりないんですけど」
その言葉に竜崎先生は更に意地の悪い笑顔を返した。
「ほぉぉ。なら言ってもいいのかな?そーすれば奴らのことだ。絶対引っ張りだすと思うがの」
「引っ張りだすって。『振り回される』ということですか?」
「いや。本気で挑んでくるだろうさ。特に手塚や不二あたりが・・・」
「あのですねぇ。言わないでくださいよ。俺は普通の理科教師で通したいんですよ。」
「何言っとるか,この昼行灯。お前の実力なら」
「先生,もう決めたことです。教師でやっていくって」
声を潜めた会話の中でそれでもの本気を感じ取った竜崎先生は,了解の意を示した・・・かに見えた。
だが,この人。
そう簡単には引き下がらない。
「わかった。私からは言わないよ。だが生徒から言われた場合は,どーするんだい」
「生徒から?」
怪訝な顔をするに,竜崎先生が二ヤリと笑って
「そのときは,観念するしかないぞ?」
「その時は,その時ですよ」
それに,今更調べる奴なんて。
その時は,いるわけがないと,思っていた。

 
 
 
始業式で紹介されるとき凄く恥ずかしい思いをしながらも,滞りなく終わった。
の受け持ちクラスは以下の通り。
5・6・7・8の四クラス。
当然,他のクラス担当の教員が欠席すれば代行も兼ねる。

 
 
「何見てるんです?」
アルバムを広げる竜崎先生に声をかける。
「ん?あぁ。あのクソガキが卒業して25年だよ。分かるだろう?越前さ」

 
 
・・・そりゃ,あなたからしたら偉大?な越前先輩とて「クソガキ」なんでしょうが・・・

 
 
「えー。今日から始まりました。皆さん気合いれて今期も・・・」
話す校長をよそに,色々なことが頭をよぎる。
失礼だとは思ったが,話なんかは聞いていなかった。

 
 
 
 
それよりも,まさか自分の母校で教師生活をスタートさせるようになるなんて,考えてなかった。
公務員試験,やはり最後まで頑張れなんて言ってくれた友人もいたけど,なんか。
もう,ここでいいやって。
それに,あの人が亡くなって,六年も経ってしまった。
なりたくても,なれない。
そんな状況を押し付けられて,空を駆っていた彼女。
それに比べたら,俺は・・・

 
 
 
 
目を細めて,窓の外を見上げてみる。
校長が話している言葉なんて,頭を素通りですり抜けて・・・
幻聴だとは分かっていても,彼女の声が耳元で聞こえてくる。

 
 
 
『空は,自由だよ。それに境がない。地上に生きるものだけが,境を作る。空から見たら,地上なんてただの平面に過ぎないのさ。そこで争い,無駄な血を流す。だから,私は一度空に上がると降りたくなくなるんだけどねぇ。でも人間のツバサは燃料が無くちゃ飛べないから仕方なく降りるのさ。私も,今ごろになって気付くなんて。あの頃には考えられなかったね。って,道を見誤るんじゃないよ。自分の心に正直に生な。なんかアンタ見てると,どうも危なっかしくて放っておけないのさ。私もそう長くはないからね。』
そう言って,ニヤリと笑うその力強い笑み。

 
 
 
なりたくても,なれなくて。
その理不尽さに怒りを覚えた。
だから・・・べス,俺頑張るよ。
空から見ててください。
敬語を嫌った彼女だから,空から見てて。

 
 
 
テニスから教師へ。
その一歩を,今。踏み出した。

アトガキ
情勢の理不尽さによって,やっぱり「やりたいこともできない」状況に置かれている人たちは,世界中に沢山いる。
その人たちの意思を,少しで継げていけたら・・・そんな思いで,この先生短編SSを始めました。
裏要素は今後あまり含まないかと思いますが,よろしくお願いいたします。
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥