『総員起こし 五分前』
その放送を入れるために、は艦内マイクのある場所へと足を向けた。
マイクに近づき、放送を流す。
『総員起こし 五分前』
そう言ってスイッチを切り、一礼をして部屋を出た。
だが・・・
 
 
バキッ!
 
 
ん?
今、バキって・・・
そう思ってが下を向くと
何故か壊れた眼鏡の残骸が、そこにはあった。
眼鏡事件(仮)
「眼鏡・・・」
そう言って至って冷静に拾い上げると、フレームなしの眼鏡・・・これってもしや?
・・・
  ・・・
    ・・・
      ・・・
        砲雷長?
しばらくその答えが浮かぶまでに、随分かかったような気がする。
衝撃は後から襲ってきた。
・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇ!
マジかよ・・・
そもそも、なんでこんなところに落ちてるの!
というツッコミを朝っぱらから心の中でしたものだから、一気に目が覚める。
直後に来た一直の連中になんとかばれないように、さっき自分が踏み壊した眼鏡を慌てて作業着の後ろポケットに仕舞う。
「何してんだ。総員起こしの時間だろう三尉、放送入れろ!」
そう言われて、慌てて放送室に入って
『総員おこーーーーーーーーし』
と声を出した。
そういえば、砲雷長三直だったよな・・・などと予定表を確かめる。
ならば今は仮眠を取っているはずだと、は検討をつけた。
その前にこの壊してしまった眼鏡を直さなければ。
だが、どうやって直すというのだ?
ここは海の上なんだぞ?
そこまで気付いては真っ青になった。

 
「どうした。元気がねぇなぁ」
と、目ざとくの態度がいつもより元気がないことに気付いた、上司・・・尾栗航海長
こんなときになんで・・・って、そんなことはいいんだよ。
兎に角この壊れた眼鏡、何とか砲雷長が起きる前に直さなきゃ・・・
「そうですかね。」
「なんかあったのか?」
恐らく何も知らないんだろうな・・・この人は。
「いや・・・なんでもないです。では、自分は当直に戻ります。」
「おう、まぁ訓練海域まであと0420あるから、それまでゆっくりしろや」
そう言って、艦橋に戻っていった。
ホッと一息つくまもなく、訓練海域到着までに確実にこの眼鏡を直さなければならないは、時間がないことにただただ焦るしかなかった。


補給長。いらっしゃいますか?」
昼過ぎ、仲間に言って少し時間を貰ったが向かったところ。
それは、船底の主こと補給長のところだった。
年齢的にも近いこの一尉は、あの三佐と長い付き合いだという話だったから・・・
兎に角、話だけは聞いてくれるはず・・・だ。
そんな緊張と、期待を込めて、はドアを叩いた。


 
「ん?あれ、君は・・・確か航海科の今年入った・・・」
です。あの・・・少しお時間よろしいでしょうか。」
「いいけど、どうかした?」
たった二歳年上なだけなのに、なんという差なのだろうか。
「あの・・・実は・・・これを見ていただきたいんです」
勇気を振り絞って、今朝割ってしまった眼鏡を差し出した。
ん?と、がその手の中にあるものを覗き込む。
「それ、眼鏡?」
「はい」
そうが肯定すると、は彼が持っている眼鏡を手に取り、詳しく見るためか目の前にもっていく。
「これ・・・砲雷長の?」
「・・・恐らく」
「なんでまた。」
いきなりこんなものを見せられて、困惑した表情を見せる一尉。
だが、それ以上に困惑しているのはの方だった。
なぜあんな場所にあんな時間に砲雷長の眼鏡が落ちていたのか。
はっきり言って、謎だからだ。
「今は洋上で、直せない・・・よね」
艦を直すボルトやナットはあっても、眼鏡を直すネジは流石に積んでない。
レンズは幸いにも割れて無かったけれど、中央のブリッジの部分が今にもポキっといきそうだ。
それに、これ以上下手に動かせば、レンズまで割れそうになっている。
「はい・・・」
の「直せない」という言葉に、は何故かドキッとした。
「正直に話すしかないと思うけど・・・三尉、多分怒られるよ?」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
あの砲雷長の噂は、防大を卒業して入隊した同期に随分聞かされた。
砲術長だった頃から「鬼の〜」という頭文字を付けて呼ばれていたこと。
『お前は幹部候補生から入ったから知らないんだろうが、そりゃ怖いのなんのって』
と、散々聞かされてきた。
だから、砲雷科に進まずに航海科を選んだのに!
いきなりこんな・・・
なんて、あんまりだぁぁ!
と、は泣きたくなった。
「やってしまったことは仕方ないから。正直に話せば菊池三佐だって分かってくれるさ。そうでしょ?お三方。」
え?
 
 
 
 
 
 
 
 
今、なんて?
そう思って、首がギギギギギとなるんじゃないかって思うくらいガチガチに固まりながらも、首を後ろに向けることに成功したは、そこに三人の佐官たちが立っていることに、目を丸くして倒れそうになった。
「いやー、こうも焦ってくれるとはなぁ。」
「ここ最近じゃ珍しい人材だな」
「真っ直ぐのところに行く辺りは、冷静だったということだ。」
「な・・・なんで?」
もう、それしか言葉が出ない。
それに答えたのは、副長の角松二佐だった。
「まぁ、訓練海域まで時間があるからな。ちょっとした悪戯だ。」
「考えたのは俺だけどな。」
と、悪びれずに付け足したのは上司たる尾栗航海長だった。
「上官のものを壊して、どこまで冷静でいられるか、それを見るため・・・でもある」
最後にそう言ったのは、菊池三佐だった。
ちゃんと眼鏡をしている。
ということはこれは?
「その眼鏡、確かに菊池三佐のものだけれど、度数が合わない昔のものなんだよ。」
そう最後に言ったのは、一尉だった。
ということは・・・
「あなたも・・・グル?」
「最後に聞かされたけれどね。」
「まぁ、真っ直ぐのところに来た。六割くらいは冷静な判断がつけられるってところだな。」
「「だな」」
航海長の言葉に、副長と砲雷長の同意が重なる。
だがはその言葉なんて耳になど入ってはいなかった。
 
 
 
 
、さっさとこれ持って走れ!」
「は・・・はい!」
相変わらず、俺は艦橋を走り回っている。
上司は変わらず尾栗航海長。
だけど、以前よりもその『距離』がどこか近い気がするのは、やっぱりあの一件があったからだろうか。
アレ以来、補給長とも、何度か話すことができるようになった。
角松二佐は、どこか天然で憎めない部分があるということ。
それと一番意外だったのは、あの菊池砲雷長が意外にも優しい人なんだということが発見できたこと。
自衛官として一年目で、色々あるけれど。
・・・なんとか、やっていけるのか・・・なぁ・・・と、少々不安にはなるけれど。
 
兎に角今はがんばるしか、ない・・・んだよね。
アトガキ
こんな感じで・・・これでも結構走りまわしたつもりです!
というか,焦らせた・・・だけ?
ですが,新人に対してこんな感じで親睦を深めて・・・いけてるか謎ですが,(そもそもやっていいのか?佐官!)という突っ込みはなしで・・・
それにしても,出ましたね,補給長!
で,なぜ補給長を出したのかと言いますと,艦が「みらい」だからです。
私の中で,補給科は外せないんですよー(泣)(T_T)(許してくだせぇ)
ま,四人から可愛がられる新人さんということで^^
 
リクエストは「失敗」とか「ドジ」とかでしたので,眼鏡を踏んだ・・・という「ドジ」から始めさせてもらいました!
更新休止から再開の第一弾として,リクエストいただきました神月夜様に捧げます。
長い間,お待たせいたしましたが,どうかお受け取りくださいませ。
2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥