眼鏡
どうもこうもありやせんや。
七年前、一介の三曹だったが士官の試験を、半ば受けさせられる・・・なんて。
最初聞いたときは信じられませんでしたよ。
 
 
砲雷長?
あぁ。あの人とも長いですなぁ
堅そうに見える菊池三佐だって、一尉が絡むと別人みたいになるんですから驚きですや。
少し、年の離れた弟みたいな感じなんじゃないっすか?
 
 
 
いつか、飲み会で言ったあの言葉だけは忘れられない。
 
 
 
 
 
『あいつは俺達の、弟のような存在だからな』
 
 
 
 
 
そう言った菊池三佐の顔。
その時の彼の目の優しさ。
あれは嘘ではなく、本当にそう思っているのだと、今でも確信してる。
 
 
が、三曹の時は船務科のCIC勤務でしてねぇ。
二年ほどですがね。
あのまま行けばワタシくらいにはなれたんでしょうが・・・
途中で航海科に取られちまいましてねぇ。
 
 
 
 
 
その航海科に異動になったのが、決定的だったんでしょうなぁ
当時航海士だった尾栗三佐に、士官の推薦を受けたんだからそらビックリしたもんですよ。
地連の連中も、困ったんじゃないんですかね。
A幹が目を付けて・・・いや失礼。推薦を受けて試験を受けるわけですからねぇ。
しかもA幹同期三人の・・・ねぇ
ま、尾栗三佐の目に止まったのがの運の尽きっていってしまえばそうなんですがね。
それにしても、一尉はつくづくあの三人とは縁があると思いますぜ?
 
 
同じB幹でも全然違いますからなぁ
そりゃ、一般から入ってきたB幹とはねぇ。
同じにされちゃ困りますよ。
それこそ、船務科のときに鍛えた意味がなくなりますや。
麻生先任が『艦橋の主』ワタシが『CICの主』ってなんなら、船底の主は一尉ですよ。
 
 
冗談なんかじゃありやせんぜ。
ワタシ達の飯の、一番の大元ですからなぁ
そりゃ、飯には逆らえないですよ。
ワタシ達のように電測やったり、砲雷科のようにミサイル飛ばしたりする科って訳じゃもちろんないんですがね。
だからと言って、動いてるのは我々人間で、それを食わしてるのが補給科って訳でしょう。
そんな科に、逆らえますかい?
しかも一尉は人心掌握が上手くて、視野も広い。
ま、士官になるべくしてなったって感じですかな。
 
 
 
 
 
そうそう。
一尉が作ったコーヒー、飲まれましたか?
ワタシは過去一回だけあるんですがね。
そりゃもう。
あの人、士官室係りの人から直伝で教えてもらってたらしいですからねぇ
だから、一尉の作ったコーヒーはものすごく美味いんですよ。
艦長も、佐官三人も絶賛してるって話ですぜ?
まぁ、補給長になってからはあんまり作ってないみたいですがね。
士官は士官で色々あるから、忙しいみたいで。
紅茶は入れるのが難しいって、この前ぼやいてましたよ。
 
 
 
飲みたいんですかい?
あぁ。
昔ならなんとかなったんでしょうが、今は難しいですなぁ
えぇ。
船務科の時の元部下ですよ。
船務科二年・航海科二年
十八の頃から自衛官やってますから、二十二まで海曹ってことになりますな
 
 
そりゃ。
もう。
航海科に持っていたかれたときは・・・
 
 
 
 
 
「持っていかれたときは、なんだって?青梅一曹」
ガタッ!
 
  
 
・・・
  
 
 
「補給長・・・驚かせないでください」
「いやぁ。すまんすまん。なんか話し込んでたみたいだから。驚かせるつもりはなかったんですよ」
「ハハハハ・・・」
もう、乾いた笑いしか出てこない。
「で、何か俺に言いたいことが?」
「いや・・・まぁ。いいじゃないですか」
タバコを消して、トレーを持って立ち上がった。
その後ろから、一尉の声が掛った。
 
 
 
 
  
 
「青梅一曹。今度コーヒー持って行きますよ」
 
  
 
 
 
ったく。
あんた、どっから聞いてたんだ・・・
それに付け足しをするように、また声が掛った。
 
 
  
 
 
 
「それと、桐野一尉も。あまり青梅一曹の言ったこと、本気にしないでくださいね。」
「それは、どういう意味だ」
「船底の主だとか、コーヒーが美味しいだとか・・・そういったことですよ」
 
 
 
 
 
それは、一応フォローのつもりですかい?補給長
そりゃ、あんたと桐野一尉とは歴然たる差があるのは認めますぜ?
なんせ今でこそ優秀だが昔の桐野一尉は・・・
まぁ、言っちゃなんですが『バ幹部』っていう名前が我々の間でまかり通っていたくらいだからなぁ。
人間、成長するもんだよな。
ま、成長してくれなきゃこっちが困るってもんだ。

 
 
 
今でもジャイロコンパスくらいは読めるだろう。
今でも、笛を吹けるだろうに。
今でも・・・叩き込んだ電測は、忘れてないでしょうに。
ホント、勿体ないことをしたと・・・
 
 
 
 
 
眼鏡を外して、見た彼の士官の肩章は、何故かやけにはっきりと見えた。
アトガキ
やってみたかった!青梅一曹一人称!
えぇ。元部下という設定です。最初から主人公は「海曹の中から士官に上がったB幹」という設定だったので,元の部署をどうするか悩んだんですが・・・
結局船務科と航海科に落ち着きました。
その辺りも結構裏話というか,設定があるにはあるんですがね。
この話,実は三人称でネタが上がっていたんですが,青梅一曹一人称に変更して書いてみたという代物です。
それにしても桐野・・・あんたホントにイジリ概のあるキャラだよ。
2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥