、上で何が起こっている。」
船底勤務の椎原玲がそう言ってきたのは補給長室を出たときだった。
「何だよ」
振り向いたに掴みかかる勢いで椎原は寄ってきた。
喧嘩
「何って、お前。艦長が亡くなった理由やその経緯だよ。お前知ってるんだろうが。うちの連中もみんな不信がってるんだぞ?」
「知ってるよ。」
「お前!」
「不信がっているのは知っている。その件について他の科員の連中が航海長に詰め寄ったこともな。だが、何も言われなかったんだろう?だったら、俺から言うことは何もねぇよ。」
あくまで冷静に答えるに、椎原はついカッとなった。
「テメェ!知ってんだろ?だったら!」
「だったらなんだ。言ってどうするつもりだ。」
「何?」
「砲雷長のやり方に、不満や反感を持ってるヤツ等がいることくらいあの人だって百も承知なんだ。だが今回、艦長の死を艦内放送で報せたのはどうしてだか分かるか?」
「なんだよ。」
そう言うと、掴んでいた作業着を椎原は離した。
自由になったは、壁にもたれて
「全員で弔いたいからに決まってるだろう?だから報せた。その上で、お前等が寄って集って詰め寄ってさらに艦内を混乱させてみろ。艦長はどう思う?」
の珍しい一面が顔を覗かせる。
そこでは一息ついて
「不器用なんだよ。あの反乱以後、いやその少し前から変わったとか言われているが、本質の部分は何も変わってない。不器用なところは、全然な」
「この件に関して航海長が動いてないのも、そのあたりが理由なんじゃないかってそう思ってるのさ」
それにと、さらに言葉を続ける。
「お前等曹士に、このことで嘘をつきたくなかったんだって思うからな。まだ砲雷長が艦長を慕ってるっていう証拠だって思うぜ?」
そこまで言い切るに、椎原が黙る。
「お前・・・」
「伊達に八年かそこら、腐れ縁かもしれないけど付き合いがあるわけじゃないさ」
腕を組み、壁にもたれて話すが見せる、滅多に見せることのない激しい一面と状況判断を持たせた洞察力に、椎原は黙るしかなかった。
「だったら」
「なに」
「だったらどうして情報が下りてこねぇ。お前知ってんだろ。艦長が亡くなった本当の理由を」
「そこは、お前等が立ち入る領域じゃねぇよ」
これが、幹部と曹士の決定的な違い。
キッパリと言い切れるに、椎原は僅かに目を細めて高校来の友人であるはずのを見た。
 
 
 
 
 
 
「みらい」に乗艦したとき、お互いにびっくりしたものだ。
『意外だな。お前が自衛官やってるなんて。全然知らなかったぞ。』
『悪いか?』
『悪かぁねぇけどさ。どうしたの。俺の時は散々反対しやがったくせに』
『してねぇよ。お前の思い違いだ』
『いーや、してたね。『止めとけ』だの『すぐ辞める』だの散々言いふらしてたのはどこのどいつだよ』
『うるせぇよ』
と、居酒屋で飲みながら話していたあの頃。
といっても一度艦に上がれば友人としての私情は、お互い入れたことなどなかったのだが。
「変わったな。お前」
思わず呟いた椎原自身、その言葉に驚くが時既に遅し。
「ま・・・自衛官としては、俺の方が長いからな・・・」
言葉が硬化する。
「ま、ただの技術屋に、下ろせる情報なんて、ねぇーっつうのな」
自分自身を納得させるかのように、あえて少し大きく声を発する椎原が「じゃ」と手を振っての前を通り過ぎようとした瞬間
ドカ・・・!
と、の腹に拳が入った。
「テメェ・・・何しやがる」
完全な不意打ちにの視界が一瞬揺れる。
「うるせぇよ。こっちは罰則覚悟でやってんだ。それに一発殴らなきゃ俺の気がすま・・・」
言葉は、そこで止まった。
の、右ストレートが入ったのだ。
「テメェ!」
「仕返しだ。いきなり打ってきやがって。不意打ちにも程があるぞ」
そこでが少し笑った。
それは、合図?
 
「そこ!なにやってるんだ!って・・・一尉!?」
曹同士の喧嘩かと思ったのだろう。
怒鳴り込んできた三尉の顔が一瞬にして変わる。
「何をされてるんです!止めてください!」
そう叫ぶ三尉に向かって、は言い放った。
 
「とめるなよ!こいつは、俺の喧嘩だ!!」
 
「そ・・・それは命令ですか?」
一尉が「とめるな」というのであれば、佐官を呼んでくるしかない。
菊池三佐はおそらく今、艦首で忙しい。
ならば・・・
「誰か航海長を!」
「いいんじゃね?やらせろやらせろ。菊池は上だ。」
そこで三尉の顔が蒼白になっていた。
「こ・・・航海長!!」
声を裏返しながら叫ぶ三尉の姿が、なんだか哀れに見えてくる。
「航海長・・・いいんですか?」
「いいんじゃねぇの?ま、問題ごとにするほどでもないだろうしな。あとで始末書の一枚くらい書いてもらうかもしれんが、幸いここは船底だ。菊池が来ることは滅多にねぇよ。それからこのことは、お互い見なかった。わかったら通常に戻れ。」
佐官としての命令を含ませた言葉に、通り縋った三尉は「了解しました」と、そこから立ち去るしかなかった。
「じゃ、いい加減終わるか。」
そう言うと、お互い握っていた拳を開き、ハイタッチをした。
「さってと。椎原一曹。しばらく甲板清掃を言い渡す。それと一尉。ちょっと俺の散歩につきあえ。その時処分を言い渡す」
 
 
 
 
「それにしても、全部言ってくれたな。」
先程殴られたことなど微塵も見せないと尾栗の廊下を歩く姿があった。
「はい?」
「ん?言わなかった俺の気持ちってやつさ」
「ははは。相手が椎原でしたからね。他のヤツなら、あんなこと言ってませんよ。」
「で、確かなのか?」
「米倉の話では」
「信じるよ」
「それでは」
「あ、。始末書、ちゃんと提出しろよ?」
「了解。それと三佐、あだ名は艦内じゃしないでくださいって。」
「それ、出港前にも言われたけどな」
お互いに少し笑うと、「それじゃ(では)」と言って二人はそこで分かれた。
アトガキ
ちょっと大人な喧嘩をさせてみました。
当然お互い本気じゃなく,じゃれあってるだけ・・・
でも端から見たら「マジ喧嘩」に見えるんだろうなと思ってます。
ちなみに今回,主人公は友人だと思って頂いてもいいかと思います。
友人を少しメインに持ってきた話でも,いいよね?と。
そう思ったので・・・
2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥