俺は、アイツが嫌いだった。
何かにつけて名前が挙がるアイツが・・・
蛍光灯
一尉、ちょっと・・・」
菊池三佐が補給長のを呼んだ
当直を終え、自室に帰るときのことだ。
あの一件以降、何かにつけて三佐はを呼ぶようになった。
勤務時間内はそうではないが、時間外の時も併せると、部下なはずの俺よりも補給科のを呼ぶ回数の方が多い。
それは上官の菊池三佐に限ったことじゃなく尾栗三佐、そして艦を降りた角松二佐共にそうだったように思う。
そして最近はCICの主と言われる青梅一曹からも、よく名前があがる。
あの命令無視の一件以降、何があったのか。
知りたくないとは思わない。
だが、詮索するつもりはなかった。
あの時までは・・・
 
「そ・・・うだ・・・」
僅かに開いていたドアの向こうから聞こえてきた声に、体が反応した。
三佐?
だが、電気を落としているのか暗くてよく分からなかった。
しかもここは三佐の部屋だ。
素直に通り過ぎる方を選んだほうが懸命だろう。
そう思って、桐野の足はCICへと向かっていった。
 
 
 
 
船底に向かって下りていくと、廊下の向こうから現れたのは尾栗三佐。
『最近、尾栗三佐。艦橋にいないんです。
 あんなことになって、居たくないという気持ちも、分からなくないんですが・・・』
という気象士の言葉通り、艦内をあちこち回ってるようだった。
「こんなところにうろついて、気象士が困ってましたよ?」
そう言ってやり過ごそうとした。
「いいんだよ。今は勤務時間じゃないからな。
 それより。『大丈夫』なのか?」
と、『大丈夫』というところを強調して三佐が言う。
「何のことですか?」
そう言うと、三佐の横をすり抜けようとした。
「とぼけるな。お前雅行に・・・」
恐らく放っておけば全てを言いそうな予感がしたは、真っ先に彼の言葉を封じることにした。
「三佐には関係ない話です。勤務時間ですので、それでは」
そう言うと、船底に向かって再び足を向ける。
「ったく」
と呆れた三佐の声は、聞こえなかった。
 
 
 
 
 
 
「大丈夫か?・・・か」
先程三佐から言われた言葉を反芻する。
それにしても、甲板に出たのは久しぶりか。
と、随分日の光を浴びてなかったことを、目の前に広がるオレンジ色に光る太陽を水平線に見て実感した。
夕日がまぶしい。
頭によぎった何かのフレーズに思わず苦笑する。
それにしても、あの先制攻撃の後・・・艦の中が変わったな。
そんな気がする。
特に、艦橋の連中とCICの連中は。
そりゃ・・・当たり前か。
なんせ『先制攻撃』は、俺たちが居た元の時代じゃ絶対にできない行為だからな。
この時代にきて、この艦で先に攻撃することの意味。
何より、あの航空機の搭乗員達の命を先に奪うことへの・・・躊躇いか。
違うな。
戦後日本に生きた日本人としての・・・なんだろう。
本当の『戦争』を知らないからか。
だがそれによって、艦内がほんの僅かだけれど変わったことは確かだ。
キッカケといえば、キッカケか。
だからと言って、角松二佐が戻ってくるにはまだ、足りない。
そして、戻ってきた後、全体の意思が変わったのなら・・・その時は菊池三佐をどうするのか。
ま、角松二佐のことだ。
現行のまま維持しそうだ・・・な。
とは予想するけれど、実際当たるかどうかなんて分からない。
大体そんなことまで、俺が関与なんてできるハズも無いだろう。
そこまで考えて、甲板から艦橋を見上げてみた。
恐らく今はCICにいるであろう三佐のことを考える。
そしてその後ろで菊池三佐のことを見ているのだろう尾栗三佐のことも。
 
 
 
 
 
 
 
CICの勤務が終わり、向かうのは自室。
「貴様・・・」
自室に向かう途中、に会った。
いや、ヤツが菊池三佐の部屋から出てきたのを見たからだ。
「なんだ?」
これから勤務なのだろう、その足は桐野を見ても止まらない。
「なんでもない」
そう言って乱暴にドアを開け、自室へと入った。
何故・・・アイツの顔が浮かぶのか。
部屋を照らす蛍光灯の影になっているベッドの天井を見上げて考えてみた。
そもそもあの時、命令を無視しておきながら菊池三佐の部屋になんの用があると言うのだ!
と、が上官の部屋から出てきたことが、まだ頭から離れない。
何故なのだ?
そして、角松二佐も尾栗三佐も・・・
ヤツに何があるというのだろう。
プライベートで付き合いが長いというだけではないだろう。
それ以上の何か・・・があるとでもいうのだろうか。
そう考えるとなると・・・考えられるとしたら・・・
やはり・・・考えたくはないが・・・
 
 
 
三佐は、どういう形で彼を呼ぶのだろうか。
部屋を共有している人間が勤務中で居ないことをいいことに、そんなことを考える。
もしかしたら、自分は溜まってるのかもしれないと、そんな自分をバカバカしいと思いながらも、一度浮かんだ考えはやはり中々消えてはくれなかった。
薄暗い蛍光灯の光の中、声を殺しながらヤル。
止まれと思いながらも、一度浮かんだ考えは消えず、チカチカと小さく早く点滅を繰り返す蛍光灯の光にさそわれて離れることができない夜行性の昆虫のように、その考えから逃れられない。
この艦に昆虫など居ないのに・・・
 
熱に集中し、手を汚して果てた後に待っていたのは、やはり虚しさだった。
どうしても、越えられない壁をするりと越えていくに、嫉妬しないといえば嘘になる。
菊池三佐の件にしても、彼ら三人の間にスッと入り込める人間性も・・・
そして二曹から試験を通り、士官になったから、曹の隊員とも仲が良いということも。
何一つ・・・敵うところが無いということ。
唯一の強みといえば、艦内勤務の場所がCICと船底ということくらいか。
 
 
「負けっぱなし・・・か」
いい加減認めなければならないが、しかし、それ以上に認めたくないと思う自分がいる。
にだけは、負けたくない。
それが、果たして何に対してなのかはまだ、見つかっていないが・・・
それでも、人工の光に誘われて逃れられない昆虫でも、朝がくれば太陽に誘われてそこから離れることができるのだ。
そうだ。
なんでもいい。
あの人の役に立てるのなら・・・

アトガキ
シリアスエロ風味に仕上がってしまった・・・
私の中で,桐野一尉はこんな感じの人です。
2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥