未来の倉庫
「補給物資の追加としては・・・」
といいつつ、計算式で割り出しを計るペンが揺れている。
二百名の飯・その他のことは全て補給科の仕事だからだ。
 
不意にそのペン先が止まる。
一名、死んだ。
1982年に生まれた森は、1942年に死んだ。
おかしいよな。
笑ってしまう。
なんで俺たちが、『過去』で死ななきゃだめなんだよ。
こみ上げる怒りを寸でのところで抑えて、は作業に没頭した。
そうでもしないと、握ったボールペンをつぶしそうになるから。

 
『物資揚陸作戦後は、次回いつできるかまだわからん。、計算しておけよ』
士官室を出るとき、角松二佐が言った言葉だ。
そして、その裏に込められた意味を、正確に読み取って
『了解しました。』と返した。
 
 
 
物資倉庫の鍵とチェック表を持って下に降りる。
補給科の働き場所は主に船底。
まぁ、『補給物資のチェックなんて毎日行うものじゃないぜ?』なんて、他の艦の連中なんかは言ってたけど、は二日に一回は欠かさず行っている。
「そろそろ青梅さんの煙草、切れる頃だな」
そう呟いて、まず消耗品の覧に色々書き込んでいく。
今じゃ絶対に手に入らない代物になってしまった煙草の銘柄。
と同時に、「未来」のものが少しずつなくなっていくにつれて、この艦(ふね)がどんどんこの戦時1940年代の代物に変わっていくような、変わらされていくような、そんな感触すら受ける。
まぁ、こんな感覚は補給を担当する自分にしか分からない感覚なのかもしれないが。
それにしてもアナバンスで停泊か。
その後シンガポールで調達ということは、最低二週間はまずい缶飯を食ってもらうことになるな。
そんなことを考えて、はかすかに笑う。
だが、不意に蘇った、あの角松二佐の言葉に再び真剣さが戻った。
あれは、もし草加少佐が裏切り、成功しなかったときに補給科に対する暗号的意味を込めた保険だ。
端から見れば、ただの分隊長同士のやり取りにしか聞こえなかっただろう。
だが、陸に上がればあの少佐の時代が待っている。
いつ裏切られてれもおかしくはない。
いつ逃げられてもおかしくはない。
 
 
電気をつけた倉の奥の方からガタッと音がした。
途端は叫んだ。
「誰だ!」
「あぁ。あなたか」
「少・・・佐?」
そこには、少しほこりにまみれた草加少佐の姿。
なぜ軍服ではなく、作業着を着ているのかは謎だったけど。
「どうして・・・こんなところに」
状況判断が一瞬遅れたに対して、
「ここは、おもしろいところだな」と、草加は言った。
「おもしろい?」
こんな、日用品だか没収品だかなんだか訳の分からないものが詰まってる備品庫が、おもしろい?
そりゃ、ここは通称『倉』だが。(そして巨大冷蔵・凍庫は『冷庫(レイコ)』といわれているけど。)
訳がわからない。
なんなんだこの人・・・
「私が何故、おもしろいといった理由を探っているな一尉」
「そりゃ・・・こんなとこ(備品庫)にわざわざ来て、『おもしろいところだ』なんて言われれば、理由くらい知りたくなるでしょう」
「それはそうだな」
相変わらずゆっくりした口調の中に、微笑が混じっているような気がするのは、気のせい?
「ここには、私たちの今の時代には無いものが沢山ある。これなど、生まれて初めて目にするものだ。」
そう言って手にもっているのは、普通の、我々から見ればなんの変哲も無いCD。
確か、誰かの没収品だったような気がする。
あぁ
そこでは、なぜ草加が「おもしろい」と言ったのか、その理由に行き着いた。
「ここには、あなたにとって初めて目にするものが多いから・・・未来の物が詰まっている。だから『おもしろい』と言ったんですね。」
俺たちにとっては、当たり前の『物』
だがこの人にとってここは『未来の中身』そのものだ。
「そうだ」
パンドラの箱・・・といいたいが、そんなに小さなところでもないしな・・・
パンドラの箱で思い出したがあの資料室こそが、そうだっただろう。
「この中身を見るには、どうすればいい?」
は?
好奇心旺盛な瞳をして、そう言われた。
没収したCDプレイヤーと、変圧器を持ってきて電圧を調整しコンセントに差し込む。
流れた曲は、この時代には絶対にかけてはならないはずの洋楽だった。
「ほう。随分ゆっくりとした洋楽だな」
草加が感想を洩らす。
は、この曲の由来を言っていいものかどうか迷ったが、もしかしたら歌詞が分かっているのかもしれないと判断して
「今からすれば未来の、とある戦争中に、戦争反対の意味を込めて作られた曲です。この時代に聞いていい代物かどうかは分かりませんがね」
「そうか・・・」
静かに、プレイヤーだけが音楽を流しつづける。

 
 
「いい曲だった。すまないが一尉、これの使い方を教えてくれ。」
使い方?
「作戦実行まで、まだ時間はある。暇なときにこの曲を聞きたい。」
「気に入ったのですか?」
「あぁ。歌詞がいい」
やはり、分かっていたか。

 
 
 
「では、ここに署名を。貸し出しという形ですので、お願いします。」
ボールペンを渡す。
「やはり、これも未来のものだな」
そう言って蛍光灯にかざして見る。
署名をもらって自分も許可欄に名前を書く。
「変圧機を通すこと、忘れないでください。もし通さずに直接コンセントに入れればヒューズが飛びます。絶対にしないで下さいね。」
「わかっているよ。一尉。」
 
 
 
備品庫から去る後姿に、は複雑な視線を草加に向ける。
 
小笠原の二の舞はごめんだ。
誰もがそう思ってる。
だから、少佐の立案を飲んだんだ。
勘違いするな。
と・・・
 
 
 
 
その思いは、どちらに向けて思ったものなのか、自身にも判断がつかなかった。
アトガキ
草加夢を・・・と書いてくださった,昴さまに捧げます。
少々シリアスな感じになってしまいましたが,いかがでしょうか?

 
 
 
草加が,いかにして「今ジン」を歌えるようになったのか?
になってしまいましたが^^;
少々脱線してるところもありますが,どうかお受け取りください!
微シリアスで,微妙な関係・・・う〜ん我ながらツボだ・・・

2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥