「なぁ。そのアイスくれないか?」
 そう言った尾栗は、が返事をする前に彼が持っていたアイスを横からガブリと食った。
 半分以上減ってしまったアイスをしばらく呆然と眺めた後、は無言で尾栗にそのアイスを差し出した。
――子供みたいな真似しないでくださいよ……
 という抗議の意味を込めて。
チョコアイス
「う〜! やっぱウメェ。こういった暑い夜に冷たい物を食う。これ堪らないよなぁ」
 から奪ったアイスを食べながら、しみじみそう言う尾栗をは諦めた表情で適当に相槌を打った。
「はぁ……」
 先を行く角松と菊池、隣を歩いている尾栗の同期尉官三人組みの中にあって、ただ一人曹であるはただただ上官の理不尽さに耐えなければならなかった。
 しかも当のは隣を歩く尾栗を運ぶために呼ばれたはずなのだが、歩けるということでこうして一緒に帰っている。
 そしてを呼びつけた当の上官は、というと……
「なにしてんだ尾栗。お前はまた人の物を勝手に食ったのか」
「治らないな。そういう癖は」
 の前を歩きながら、二人が振り返って口々にそう言った。
 だが、尾栗の持ってるアイスを見て二人とも顔を見合わせ、次の瞬間には
「お前!」
「康平!」
 と怒る二人の姿には一人ポカンとする。
――な、なんだぁ!?
 立ち寄ったコンビニで、酔い覚ましに買ったアイスだった。
 それが途中で尾栗一尉に食べられ、奪われた。
 は、最初はただの「運転手」として呼ばれたんだろうと思っていた。
 だけど店に立ち込めていた酒の匂いに充てられてしまった彼はその場で酔ってしまった。
 酒を飲んだ状態になってしまった彼では車の運転はできないからこうして一緒に帰っている。
 その上、酒で動けなかったはずの尾栗は動けるしで、ますます状況が分からないとは思う。 
 しかしそんな疑問など上官に言えるわけないだろうから、こうして差し障りの無いようにしている。
 迎えに来ておいてその場で酔ったは、自分で自分のことを情けないと思っているから。
 こうして酔い覚ましのために歩くのも、悪くないかもしれないとが考えに耽っている間に、いつの間にか尾栗三尉は彼の隣からいなくなっていた。
――え? ……えーっと……こ、これは?
 酔った頭で状況を今更ながらに確認すれば、の隣には角松がいつの間にか立っていた。
――ただの三曹の俺になんで二尉が隣に? ダメだァ状況がつかめねぇ。これじゃ自衛官失格だ……
 酔った頭でぐだぐだとが考え出したとき、隣から
「悪意は去った」
 という言葉が聞こえてきて、は体を揺らして驚いた。
――二尉、角松二尉。なんなんのですかいきなり!
「あの、質問いいですか?」
 そう言ったに顔を向ける角松が「許可する」と言って彼の質問を受理する。
「『悪意』って、なんのことです?」
「あぁ。アイツのことだ」
 そう言って顎でしゃくった相手。それは……
「全く。お前というやつはいつもいつも・・・」
 と説教をしている菊池三尉と、それを受けている尾栗三尉。
 この状況ではどちかが角松二尉の言う「悪意」なのかは想像するに難しくなかった。
「尾栗三尉が悪意、ですか?」
「まぁな。それはそうと、アイス溶けてるぞ」
 見れば溶け出して地面に落ちかけのアイスに、角松二尉が手を出して止めてそれを舐めた。
 それを見て菊池が、
「洋介!」
 と、珍しく声を荒げるのをポカンとしたまま表情のままは聞いた。
――あのぉ、なにが起こっているんでしょうか? 誰か俺に状況説明をしてくれ……
 が心でいくら言ったって誰も答えてはくれない。
 しかし周りが上官だらけの状況で、部下であるに一体なにができるのだろう。
「まったく。これ以上三曹を混乱に追い込むわけにはいかない」
 そう言った菊池がグイッっとの体を引っ張って先を歩いていく。
 その後ろで
「あ!おいこら雅行!」
「菊池?」
 意外な行動に呆気にとられる尾栗三尉と角松二尉と、そして菊池に引っ張られる当のがいた。
 離れていく二人を尻目に菊池三尉の歩みは止まらなかった。やがて随分離れた頃になって
「ここまでくれば大丈夫だろう。まったくあいつ等は……」
 と言って、菊池がを解放する。
――わけ分からんのはこっちだよ……
 と思うは、そのまま質問することにした。
「質問いいですか?」
「許可する。なんだ?」
「どうして俺が酒の席に呼ばれたんですか?」
 その質問に少し言いよどんだ菊池だが
「尾栗が呼べと言ったんだ。最初は運転手として呼んだつもりだったんだがな……」
 と、の予想通りの言葉を告げた。
「それがこんなことになってしまった。三曹すまないな」
 ゆっくりと歩いていたら、いつの間にか大通りに出ていて、二人の目の前には自販機があった。
 ガコン
 という音を立てて缶ジュースが落ちる。と同時に声が掛った。
「やっぱりここだ。まぁあのまま歩いていけばそこの角から出てくるとは思ったよ」
 さすがだな、と妙に感心しながらはジュースのフタを開け損なってしまう。
 そんなをよそに、菊池が尾栗に尋ねた。
「で、反省してるのか?」
「まぁな」
 と一区切りつけたところで、角松が口を開く。
「悪かったな三曹。それと、もう遅いし今日のところは俺のところに泊まっていけ」
 それに不満を出したのはではなく……
「洋介。それは命令か?」
「おいおい洋介。そりゃねぇぜ」
 何故か上官の二人だった。
「そんなに心配ならお前等も泊まっていけ。男四人はちょっと狭いが」
「そーこなくっちゃな。ってことで、今から洋介の家に襲撃だ」
 ウキウキといった表現がよく似合う尾栗の表情と、どこか安堵したような表情を浮かべている菊池。
 そして、そんな二人を見て角松が
「尾栗が仕掛けたこととは言え、結局解決策を出すのは俺なことは防大から変らんよ。全く」
 と言った。
――だから、だれか俺に状況を!!
アトガキ
三人の阿吽の呼吸というか、空気は外からじゃあんましわからないだろうってことで。
防大三羽の空気にまだ振り回されていた頃の補給長です。
2012/08/09 加筆書式修正
2007/06/06
管理人 芥屋 芥