佐竹一尉が死んでからというもの、明らかに菊池三佐の様子がおかしい。
『何が』『どう』おかしいのか、前ははっきりと見えなかったけれど・・・
今ははっきりと見えるくらいだ。
そのうちとんでもないことが起きそうで、見てるほうがつらくなる。
覚悟
佐竹一尉が死んでからというもの、明らかに菊池三佐の様子がおかしい。
『何が』『どう』おかしいのか、前ははっきりと見えなかったけれど・・・
今ははっきりと見えるくらいだ。
そのうちとんでもないことが起きそうで、見てるほうがつらくなる。



ある日、俺が科員食堂に顔を出すと、あからさまに雰囲気が硬化するのがわかった。
だから俺は用事だけ済まして帰ることにした。
科員の連中、一体何を吹き込まれたんだか・・・
 
 
 
食堂に寄って、その足では冷蔵庫に向かう。
低温の冷蔵庫は、今回少しだけ多かった食料で埋まっていた。
その中で少し不安定に積まれた箱を直そうとし持ち上げると異様に重い。
「とっとっと・・・重いな」
と思わず独り言を言いながら積みなおそうとして、
ゴト・・・
落としてしまった。
そこで俺は見てしまったんだ。
紛れ込んでいた、異物を・・・
 
「これは・・・」
言葉を失うとは、このことだ。
はしばらく固まっていた。
こんなものが紛れ込んで・・・
もしかして!
そう思って、は他の箱も見て回る。
じゃがいもだけじゃなかった。
今回積まれた補給物資のほとんどの中に、銃が埋まっていた。
自分の目が節穴なことにショックを受けた。
どうして気付かなかった?
今回甲板作業の指揮を取っていたのは・・・
米倉か!
しばらく、は動けなかった。
放心状態だったのだ。
しばらくそのままだったが、やがて頭を二三度振り、自分を取り戻した。
頭を抱えて・・・
 
 
どうしてだ?
いや・・・ありえない話ではない。
砲雷長の様子がおかしいのは角松二佐だって気付いてる。
だけど敢えて何も言わないのは、まだ信頼してるって・・・俺は信じたいんだけど。
だがこんなの。
明らかに背徳行為だし、クーデターそのままじゃないか。
摘むべきか、このまま見過ごすか・・・
迷いに迷った。
というより、頭の中が混乱していた。
「いずれ、こうなることは見えていた。」
後ろから掛った声にビクッと体が震えた。
「艦長・・・」
振り返ると銃を手にとり、蛍光灯にかざてる姿が目に入った。
「南部十四年式か・・・」
感心したように言う角松に対し擦れた声で
「全て、わかってらっしゃったんですか?」
そう言うと、頷くだけで、言葉はなかった。
「なぜ、認容されるんですか。こんな、明らかなクーデターの準備を」
、お前は、覚えているか?」
と、角松が唐突に切り出した。
「何を・・・ですか?」
何を覚えているのか、わからなかったから、そう質問しなおした。
やがて銃をジャガイモの箱にしまうと、その箱に手を掛けて
「あの地震を」
と、言った。
あの地震・・・
 
 
 
 
「阪神淡路大震災・・・ですか?」
確認すると、角松は静かに頷いた。
忘れるはずがない。
あの衝撃。
もし助けてもらえなかったら、今の自分はいない。
そのことは、角松二佐だって知ってるはずだ。
だけど、なぜ急にそんなことを言い出したのかが分からなかった。
「あの時、俺はちょうど呉にいて、応援で神戸に行った時に初めて梅津一佐・・・当時は二佐だったか。に会ったんだ。」
そう、静かに語る角松に、は黙って聞くしかなかった。
この人がこんなことを言うのは、初めてのような気がする。
と思いながら。
「その時に色々学んだよ。『今』自分のためではなく、『誰』のために一番最良な方法がなんなのか。そして、そのためには『何』をすべきなのか。をな」
振り返って、真っ直ぐにを見た角松に、
「じゃ、既に艦長の中では、今回皆にとって何が最良で、そのためには何をすべきなのかが、もう見えてらっしゃるんですね?」
は言った。
「いや・・・まだ、俺自身これを、これから起こりえるだろうことを止める、明確な答えがないんだ」
「そんな」
否定の言葉に、は言葉を失う。
答えがないから止めることができない。
今、何をすべきなのか、乗員のためになにが最良の選択なのかなんて、本当のところ誰にも分からない。
突っ走っても周りがついてこない。
かといって、状況判断が遅すぎては手遅れになる。
状況、状況でピンポイントで行動するしかない。それが一番人にとって難しい難題なのだが・・・
それでも、角松は賭けに出た。
それで分かってくれると・・・
興味本位で覗いた地獄が、実は泥沼の、血で血を洗う、本当の戦争だったということを・・・
今乗員にとって必要なのは、自分に対する熱を解き、冷静さを取り戻すこと。
そして・・・
「成功するかどうかは五分五分だがな」
と、ここで初めて角松が微かに笑ったような気がした。
「では、このことは黙っておきます。影ながら成功を祈ってますよ。」
「おいおい、影ながらじゃちょっと心もとないぞ。」
そう言うと、
「これから何があっても静観しててくれ。これは、俺からの個人的な頼みだ。」
正直、驚かなかったといえば嘘になる。
だけど冷静には対応し、
「わかりました。ではこいつのことは、俺は知らぬ存ぜぬで通すことにしますよ。どうせ航海長にも言ってないんでしょ?」
と言った。
「あぁ。」
ここで聞くべきかどうか少し迷ったが、
「あの自沈装置のことも」
と聞いた。
「その件については、尾栗と相談して番号変更はしておいた。あとはそれに菊池が乗ってくるかどうかだな。」
乗ってこないだろうとは、お互い分かっている。
ここまで準備ができていて、それでもあんな使えもしない自沈装置なんかで形成が逆転することは考え難い。
だが、
「さすが、お早い対応で」
と、は言わざるをえなかった。
嫌味と捉えられても仕方ない発言だった。
だけど角松は嫌味とは考えなかった。
「そのことを持ちかけてきたのは尾栗だ。あいつも、気付いてるということさ」
「なるほど」
 
 
 
「補給長、先程艦長と何を話してたんです?」
気になったのか、早速聞きに来る科員に対して、
「今後の飯について、ちょっと注文があったからな」
のらりくらり・・・とかわして見る。
 
『それにしても、お前が部下にいて良かったと、これほど思ったことはないぞ。
『もし俺がいなくなったら、雅行を頼む。』
『あいつが不安定なのは今に始まったことじゃないが、それを分かっているのはお前か尾栗くらいしかいないからな・・・』
 
 
 
「陸に上がっても艦長は私だ!忘れるな。」
そう言って艦を降りた角松艦長に対し、敬礼で見送った。
そうしようと言い出したのは尾栗三佐だった。
流石に菊池三佐までが参加するとは思ってなかったけど。
 
これから、この艦は帝国海軍と共に動く。
そして、恐らくこれまで以上に血をみることになる。
それを分かった上での行動ならば、その覚悟を見せてもらおう。
クーデターを起こした連中、130人分の顔と名前をリストアップして、頭に叩き込んだ。
覚悟しろよ?と・・・
お前等が地獄を見ることを望んだのだ。
その興味本位で覗いた地獄がどんなものであったとしても、目をそらすことは許されない。
お前等全員だ。
勿論。俺も・・・


アトガキ
だから,命令系統で艦橋にあがったのですよ・・・
なんてね。
2017/07/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥