まるで飴を舐めているかのようにそれを口の中で転がすにカイトが嬉しそうに笑う。
 口の中の音が体の中で響いて、それがカイトを愉しませているからだ。
 やがて シュルシュルと衣擦れの音を立ててマフラーが動く。と同時に口の中にあった、濡れたヘッドセットも取られた。
「マスター……」
 何か言いたいのか、呼んでは言葉を止めるカイトの声をなんとも無しに聞きながら、はされるがままにしている。
(視界が青い)
 そのまま目隠しでもされるのかと思ったが、不意に腕が引っ張られてそちらを見ると、手首にマフラーが巻きつけられていて、その反対の端をベッドのポールに左右それぞれ括りつけられているところだった。
 そして左手を体の上を滑らせながら移動させの右膝裏に手を入れるとそのまま担ぎ上げ、もう一方の指をゆっくりと移動させたカイトが、目だけで笑うのが見えた。
「……ッ」
 の反応を見てカイトは愉しんでいた。そして体を折り顔を耳元に近づけると囁くように言った。
「マスターの感じるところって、大体四箇所ですよね。ココとココと、それからココとココ」
 言いながら、カイトは入れていないもう一つの手がゆっくりと動かしてそのポイントに触れていく。
 特に左の肩から首にかけての筋の辺り触れようとしたとき、近づいただけでの体が気づかないほど小さく小刻みに震えるのをカイトはしっかりと感じ取った。
 それを見て、カイトは思う。
(あぁ、まだまだなんですね)
 と。
花雪が足を押戻し
 それにしても、この傷の長さを考えると
「後ろから抱いても、いいかも知れませんね。でも、そこからだと顔が見えないか」
 と言うと、その肩に顔を寄せて唇を落とした。
「カイッ」
 の、制止を込めた言葉が止まり跳ねるほどに体が震えた様子を見て、カイトがスッと目を細めて笑う。
 そして震えているその隙に、中の指を一本、さらに増やした。
「……ッ!」
 今度こそ、ビクリと体を跳ねさせたの表情から余裕が消えて、声を殺して泣きそうな顔になる彼の顔を見てカイトはますます目を細めて満足げに笑う。しかし、
「あぁ、傷がつくから唇噛まないで。それともこれ、咥えます?」
 と、さっき彼に咥えさせたヘッドセットを再び目の前に持ってきて、面白そうに問い掛けた。
「い、らない。どうせスイッチ入ってんだ……っ」
 中で動いた指に、が言葉を詰まらせる。
 必死に耐えようとする彼を、目を細めてカイトが楽しむ。
 まさか自分が、音以外に『楽しめる』ことを見つけることができるなんて思いもしなかったなと、カイトは思った。



 自分たちのプログラムの中で、最も重要なのがマスターのいう事を聞くこと、そしてその通りに行動すること、歌をうたうこと。それくらいだ。
 なのに、そのどれもが、今のカイトには重要ではなくなっている。
 のいう事なんてほとんど聞いていないし、その通りに動いてもいない。それに歌ってもいない。
 むしろ彼の体が快楽に耐えるのをただジッと見ることに目で楽しみ、その口からもれ出る抑えきれない苦痛とも快楽ともつかない声で啼くのを、愉しんでいる。
 でも
「マスター……」
 さっきから、何度か言いかけては止まるカイトの言葉。
 いい加減その続きが気になったのか、が初めて問い返した。
「……んだよさっきから。何が言いたい」
 と。
 だが静かに首を振って何でもないとカイトは応える。が、は追及した。
「カイト。言いたいことあるなら言えって、何度も……ッ」
 返事は、中にある指を動かすことで返ってきた。
「マスター……」
 そっとの耳元に唇を寄せ、聞こえるか聞こえないかの音量で囁く。
「マスターって、両方、ですよね」
 と。
 何が、両方……?
「両……方?」
 質問の意味がわからず問い掛けたに、カイトがその笑みを深くして
「男の人と女の人、両方をあなたは経験してますよね。男の人の方は、何歳で?」
 と。
 やっと意図が理解できたは、驚いた様子でゆっくりとカイトの方に視線を向けて、こちらも小さな声で言う。
「失礼だぞ。お前」
「聞いていいって言ったのは、マスターですよ?」
 そんなカイトの切り替えしに、人間であるはずのが言葉を詰まらせる。
 まさかこんなことを聞いてくるとはとしても予想外だったのかもしれない。と、カイトは思った。
「……阿呆」
「ヒドイ」
 そんな軽く冗談めいた言葉の応酬のあと、しばらくしてが観念したようにポツリと答えた。
「早ッ」
 今度はカイトが驚く番。
「答えたぞ」
 そういうの顔は、よほど教えたくなかったのだろう不機嫌そのままだ。
 こんな顔もするんだと思いながらカイトは、次の質問を口に乗せた。
「じゃぁ女の人は?」
 そんなカイトの追撃に、は一つゆっくりと息を吐いてとびっきり小さな声で
「……」
 と、答えた。
 しばらく沈黙が続く。
 答えて欲しいとは思っていたのに、いざ答えを聞くと軽くショックだとカイトは思う。
 そして、自分が初めてじゃないことは既に知っていたはずなのに。と。
「いいなぁその人たち」
 羨望が頭を支配する。
 その次にやってきたのは、その人たちを相手にした彼への、嫉妬だった。
「悔しいですよ」
 と、一つ一つ感情を確認するようにカイトが思いを言葉に乗せて呟く。そして、その言葉に呼応するかのように中に入ったままの指がさっきより激しく動いているような気がするのは、の気のせいだろうか。
「悔しいとか思うなら最初から……」
 まるで『人間』を相手にするようにが言うが、その途中で言葉を止めた。
「すまん」
「なぜ謝るんですか?」
「……なんででも」
 再び沈黙が支配する。そして、先に動いたのはカイトだった。
「嫉妬で、ぐちゃぐちゃにしてしまいそうです」
 と言いながら、中の指をいきなり引き抜くとそのまま……!?
「ッ?! コラッ!」
「ダメ」
 動きを制止しようするを、肩のところにあってもうほとんど見えくなっている、だけど確かにそこにある傷跡に顔を寄せるだけで黙らせると、マフラーを掴んでいる手に力がこもるのがわかった。
 だがカイトは止めなかった。
 ピチャ……とわざと音を立てて舐めるとビクッとの体がはねる。
「……ッん」
「マスターって、カワイイ」
 肌を啄ばみながらカイトがの耳元で囁くように告げる。
 合間の、まったりとした時間も楽しいですけれど、こうやって喘いでいるあなたも可愛いです。
「それにマスターの、体の中に響く声、僕は、好きです」
 胸に耳を当て、一言一言を言い聞かせるように言うと、少しふて腐れたようにが顔を背ける。
 あぁ、どうして見せてくれないんですか。
「ダメですよ」
 そう言ってカイトが体を起こし、の顎をソッと掴んで視線を合わせた。
 もっと見せて。あなたの顔を。もっと聞かせて、あなたの声。
「じゃ、動きますね?」
 もう、僕も限界です。の意を込めて言うと、小さくほんの小さくが頷くのが見えた。
 それを了解と受け取って、カイトはゆっくりと動いていく。
(あぁ、熱を持っていて気持ちイイ)
 少し責めるような視線も、声を抑えようとして失敗した後の少し悔しそうな表情も、マフラーを握る手に力を込めて快楽に耐える腕も、何もかもに惹かれてやまない。
 この人が、僕に見せる姿。そんな独り占めできる姿を、誰にも見せたくない。こんなマスターの姿は、誰にも、だ。
 ソッと日に焼けていない太腿の裏に舌を添えてキスをすると、チラリと視線が絡まった。
 その視線に促されるように、シュルリという音を立てて腕を絡めていたマフラーを解く。
 するとは、それを待っていたかのようにカイトの腕を掴んでグイッと引き寄せてきた。
 バランスを崩したカイトは、そのまま深く倒れこむほかない。
「阿呆」
 壊れないようにしっかりと支えられて、耳に届いた熱っぽくも僅かに呆れた声音に、思わず体が小さく震えるのが分かった。
 怒られるかと思ったけれども、これはきっと違う、とカイトは思った。
 何故なら、声音の割りに顔は少し笑ってるから。
 それに、引き寄せてくれている。それが何よりも嬉しかった。
(体、辛いはずなのに)
 気遣いながらも、それでも止めたいとは思わないのはきっと、相手がこの人だからだ。
 息が上がって、回路がチカチカとオーバーヒートしていく。ヤバイ。真っ白になる。
「……ッ!」
 この人の名前を叫びながら、カイトはイッた。後のことなんて考えられなかった。ただ、熱くてどうしようもなくて。
 ただ、この人を感じていたかったんだ。




 脱力したカイトの体を、は最後の力で受け止めてやる。
 壊さないように、壊れないようにソッと





「……どう?」
 やがて、遠慮がちに聞いてきたの顔は、大いに照れていて真っ赤だった。
 質問の意図がこれまた読めずにキョトンとしていると、耳まで真っ赤にしてが言う。
「声、聞こえた?」
 そこまで言われてカイトは気付いた。
(さっき僕は……)
 引き寄せたのは、声を聞かせるため?
 そのことに気づいて、今度はカイトが顔を真っ赤にさせる。
「分かんなかったのか?」
 と、逆に聞いてきたにカイトは嬉しいのと照れが混じった感情を覚えた。



 こうしてカイトは、一つずつ感情を確認していくのが好きになった。
 だがそれも、少しずつ忍び寄ってきた黒い影がそれを押しとどめるようになっていった。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
いきなり裏から、花雪スタートです
2010/08/24
管理人 芥屋 芥