過去をくれないなら、未来を下さい。
この先ずっとの、未来を下さい。
この願いを、誰か聞き入れて……下さい。



あぁ、僕は、色々求めてばっかりです。
蒼焔、心影に立つ
真正面から自分に向けられる感情というのは、今でも少しだけ苦手だとつくづく思う。
だからって向けられたものまでを否定するつもりは無いんだけど……でもやっぱり自分にそれは合わないといつも思う。
だからきっと、俺はお前には何もやれないと思う。
真正面から向けられる感情が、少しだけ怖い。
怖い上に苦しくなるから逃げたくなる。
だからごめん。俺、お前に何も答えられないかもしれない。



しばらく天井に向けていた視線を外し体を起こして立ち上がり、床に落とされたスウェットを拾って着ると、ベッドには戻らずそのままに静かに机に向かって手を伸ばた。
すっかりスクリーンセーバーが起動していたパソコンの画面を戻すべくマウスを動かして
ソフトを立ち上げ、カイトが完全に休止状態になっていることを確認してホッと息をつく。
この頃のカイトは、少し変だ。
そのくらい分かってる。だけど、どう対処したらいいか分からない。
早めに手を打たないと、これ泥沼になったらそれはそれでメンドク……まぁ、それはそれで面白……それは違うって。
まぁ良いけど。
とにかく、俺がどうするかを早めに決めないとなぁ。
面倒だけど。
と、やる気と後ろ向きの気持ちが交互にやってくる自分に苦笑いしながら、彼はそのまま静かに部屋を出て行った。







 
パタン……と冷蔵庫の扉を閉めて、取り出したガラスポットから水をコップに移して飲んで一息つと、シンクの流し台に手を掛けてポツリと独り言を呟く。
「どーっすかなぁ」
まさかこんなことで迷うとは思いもしなかったけど、本当にこの事態をどうするか迷う。
カイトだけが問題ならここまで悩まなかったのに……
「なんだかレンが絡んでるっぽいんだよねぇ……どーすっかねぇ」
自分の中に変な記憶が混じってることは分かる。
というより、リンとレンを買おうとしたときから何かが変だった。
あの時から何かがオカシイ。
でも、一体なんなんだ?
一時期の、記憶が吹っ飛んでいたあの時に医者や看護士たちの会話を無意識に聞いていたかもしれないのに?
まぁそんなのは今更確認したってどうしようもないけどな。
と自分の中に生まれた思考の回廊に、迷い込みそうになった足を引っ込めると彼はそのままシンクから手を放して、キッチンから出るとそのままソファに寝転がって電気を点けた蛍光灯をジッとしばらく見上げていた。
蛍光灯の明かりが少しずつ視界から消えていき辺りが暗くなって、その代わりに手が伸びてくる。
ヤバイな。ちょっと触発されてる。
それから逃げるようには眠ろうと目を閉じようとしたら、急に視界が……青……く?
「……カイ……ト?」
青の色を持つのは、この家じゃ彼しかいない。
でも、彼は今休止状態で眠ってる……はず?
「はい。何だかうなされていたみたいなので、起きてきちゃいました」
覗き込んだ体勢から膝を床につけて顔を近づけると、二コリと笑ってソッ額に手を乗せてくる。
少し冷たくて気持ちがいいそれは、の表情を少しだけ緩ませた。
「気持ちいい?」
「うん」
少し体が火照っているから、冷たいカイトの手は程よく緊張を解いてくれるから素直に肯定する。
「良かった」
安心したように言ってその手を頬に持ってくると、カイトがそっと包むように優しく触れて言う。
(機械に気を使わせてどうするよ……)
そう思って、少し踏み込んだことをいってみることにした。彼らには、言葉じゃないと伝わらないから。入力されたものしか理解しないなら、言うことでしか伝わらない。
感情がある。それだけで、随分ニンゲン扱いしてきたけど……
「カイト」
「はい」
思い切り勢いをつけて顔を上げた彼は、まるでヒナ鳥みたいだ。って、カイトは鳥……か?
あぁ、そう言えば確かに彼を最初に拾ったときの第一印象って確かに鳥みたいだなって思ったっけと、少し昔を思い出しては言葉を続ける。
「俺、このままここで寝るからお前は部屋に戻って……」
「ヤダ」
戻って寝ろって言おうとしたの言葉を遮ってカイトが否定してきた。
「カイト。駄々こねないの」
「ヤダ。それにマスター。こんなところで寝てると風邪をひきますよ?」
意地でも戻れって言う事か、それともここで一緒に居たいのかは分からないが、兎角今は一人になりたかった。
抉れた傷に自分で塩を塗ったから、今はとにかく一人になりたい。
体だけならここまで疲れない。でも、今は心も辛いと思う。
だから少しだけ強引にはカイトを戻らせる。
「風邪ひいても何でもいいから、カイトは部屋に戻って」
「ヤダ。だってマスターが風邪を引くと、僕たちはどうすればいいか分からないですから」
「……一人になりたい」
「マスター?」
ここまで拒否する彼を少し珍しいと思いつつも、は彼を説得しようとした。
「一人にさせて、頼むわ」
「ヤダ」
「カイト」
いい加減怒るぞ。
彼らは、人の感情の機微を読み取れないと思ってた。
でもそれは間違いだったようだ。
「……じゃぁせめて、うなされている理由だけでも教えてください」
今度は、がカイトの顔を見上げる番になる。
まさか知ってるとは思わなかったから。
軽い衝撃を受けているに構わず、カイトは言葉を続ける。
「僕ね、ずっと知ってます。夜、マスターが苦しそうだって。でも、気付いてないかもしれないって思ったら、言えなかったんです」
うなされてること、知ってて黙ってたのか。
それとも言えなかったのか。
そのどちらとも判断が付かなかったけれど、何かが心の中で折れた気がした。
「……知ってたのか」
「はい」
答えるその顔は、辛そうなのと申し訳無いって思ってるのか、あるいはそのどちらもなのか分からないほどに複雑な表情をしていた。
だからっていう訳じゃないかもしれない。 しかしカイトには何故か教えてもいい気がした。 だから話した。
多分、これから先も癒えない傷のこと。
そして、その特殊な状況で顕著になるソレに付き合ってくれる酔狂な人なんて居ないから、最初から諦めていること。
ソファに横になったまま話すのは失礼かなとは思ったが、それでも今は体を起こしたくない。
ちょっと、疲れすぎだ。
そして、大体のことを話し終えた後に出てきたカイトの言葉の意味が、最初何に対して言っているのか分からなかった。
「やだ……」
「?」
「やだ……僕、ヤダ」
「何がいや?」
まるで子供みたいに首を左右に振ってイヤだといってくるから、ソファに横になったままのは体を起こそうとして驚いた。
ギュゥっと、苦しいほどに手を伸ばして体にすがり付いてくる。
「……ッ?!」
「ヤダ……僕、いやです」
驚いたが体を強張らせるが、それでも構わずに更に力を掛けてくる。
いい加減、苦しい通り越してちょっと痛い。
「放せってば」
「ヤダッ!」
無理矢理剥がそうとしたの力以上の力で抱きついてきた。
「カイ……ッ」
「マスターの中に、誰かが居るのイヤです」
名前を呼ぼうとして途中で止まったの言葉を遮って、カイトが言うその言葉には本来機械に在るはずのないものが含まれていた。
それは、時折カイトの口から出ていたものだったけれど、こうもはっきりと示したことは、多分これが初めて……そこまで考えて、以前にもあったことを思い出す。
違う。あの時もだ。
『この人は、俺のもの』
あの時はカイトにソレは違うよって半分冗談交じりに指摘したら顔を真っ赤にしてたけどでも、今は違う。
あの時はてっきりレンに対抗してるのかと思ってた。けど、今は……
明らかに、ソレは俺に向かってる?
しかし何故?
「誰かって。あのねぇ。さっきも言ったとおり、もし居たとしても今後消える可能性は少ないし、大体ソイツは、もうどこにも居ないから……」
無理なんだと、最初から諦めるように促すに、カイトが反論する。
「でもその人は、今でもマスターの中にいるじゃないですか。僕はソレが許せないんです」
許せないって、ソレをお前に決められたくないなぁ。俺。
しっかし、このカイトの反応は……これは、欲か?
頭の中の冷静な部分が、カイトの反応を分析していく。
そして結論が出た。
「お前、俺に消せて言いたいのか?」
「やっと気付いたんですか?」
まるで鈍感といわれているようで、は不機嫌な顔を隠さない。
「僕ね、マスターのこと、とても好きです。あ、でも普通の感情ではないっていう意味ですからね」
腹のうえで二コリと笑うカイトに、が確認する。
「それって、恋情?」
「さぁ。どうなんでしょう。よく分かりません。でも、離れたくはないかな」
よく分からないのか。
あぁ、そうか。もしかしたら漠然とした感情しか備わってないのかな?
そう思ったが、思わず本音を言ってしまう。
「でも俺、お前みたいな暑苦しい奴は苦手なんだけどな」
と言ってしまって後悔した。
確かに真正面から感情をぶつけてくる奴は暑苦しくて苦手だとは思えど、否定したくなかったのに……
そんなの後悔をよそに、カイトは見当はずれなことを言ってくる。
「え……。マスター僕のこと苦手……ごめんなさい。僕、気付かなくて……あ、あの、どうしたらいいですか。このまま体を放したら、マスターは暑苦しくないですか?」
そう言ってスッと体を、しかし名残惜しそうにソッと放す。
そんなカイトの様子に、妙なところで素直だな、お前。と、半ば関心しつつは言った。
「そうじゃないよ。ただ、お前みたいに真っ直ぐに感情を表現できる奴って、なんか、羨ましいって思ってさ」
これは本当。
自分の、ここに来る前の習慣として在ったのは、感情は殺すのが当たり前だったから。
そして、そんな少しの感情の裏の裏を読み取らなければ、自分の命が取られる世界だったから。
だからここに来た時の自分は、かなりヒネクレタ性格だった……と今なら思える。
ま、今でも素直さっていう奴が自分の中にあるのかって問われたら微妙なのだが。
「僕が、真っ直ぐですか?」
だから、意外そうに逆に質問してきたカイトに、が意表を突かれた形になった。
「違うの?」
「マスター、それ何の冗談ですか。僕、真っ直ぐに見えますか?」
心底不思議そうに問い返してくるカイトに、の心は少々疲れた。
……コイツは天然か、それともこれはワザトなのか?
判断しかねているに、カイトが
「マスター?」
と不思議そうに見つめてくる。その目はやっぱりには『真っ直ぐ』にしか映らなくて、なんだか心が痛かったけれど、それでも言葉を彼に向けた。
「まぁいいや。寝よう」
今日は、体はそうでもないけれど心が疲れた。
そりゃ体も痛いことは痛いけれど、でもそれは抑え込めるから。
だから少し一人で、寝させて。

そう思ったのを最後に、の意識はそこで途切れた。




「マスター」
最初は、彼が寝ていることを確認するかのような静かな声でカイトがを呼ぶ。
「起きてますか?」
そして眠っていることを確認すると、安堵の息を吐いて、一気に言った。
「ねぇ。僕ね、お願いがあります。せめて僕と二人きりのときは、あなたは僕のもので居てください」
せめて、二人きりのときは、あなたを僕に下さい。
過去を貰えないは分かりましたから。でも未来なら……きっと……
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
2009/01/30
管理人 芥屋 芥