「そのままゆっくり、こっちに降りてきてください」
一瞬、カイトの言葉の意味が分からなかった。
「なに?」
と、掠れた声で問い返すと手を取って裏返した手のひらに唇を這わせて言葉が返ってきた。
「椅子から降りて、そのまま自分で入れてって言ってるんです。マスター、できるでしょ?」
自分でしろと、平然と言ってきたカイトの言葉に固まったの手をカイトが握って引き寄せるがは固まった状態のまましばらく動こうとはしなかった。
「マスター?」
不思議に思ったカイトが呼びかけるがそれでも……
あぁ、またか。
視線が自分を見ているのに、見ていない状態のを察したカイトが声を掛ける。
「マスター、こっち見て」
僕を見て。
時折この人の視線は、ここではないどこかに飛んでしまう。
昔に触れようとすると、何故か意識がどこかに行ってしまう。
それにとても妬いてしまうし、またとても悔しいとも思う。
誰を見てるの?って、気になるから。
「マスター」
二度目に呼びかけると、静かにが頷くとカタ……という静かな音と共にが椅子から腰を降ろした。
スッとカイトの大腿の腰を落すものの、まだ迷いがあるという風に動かないに対して、カイトが誘う。
答えを促すように、カイトが迷っているの服の中入れていた手を動かして胸の突起に触れると彼の体がビクリと震えた。
「……ッ」
そんな自分の体の様子に何かを諦めたのか、が静かに頷いた。
「じゃ、ね?」
そう言って促すと、ゆっくりとが顔を真っ赤にして聞いた。
「慣らすのは、どっちがするの?」
蒼焔、心影に立つ
その言葉に、二コリと笑うとカイトが
「僕がしますよ」
と囁くように答えると、スっと手を後ろに回しゆっくりと体に触れるか触れないかのギリギリの優し手つきで下ろしていき、そのまま指をゆっくりと入れていく。
「……いッ」
入れかけたところで顔を歪め、小さな抑えた声でが痛がる。
が、そんな単語じゃ分からないとカイトが首をかしげてとぼけ、その手が止まる。
「い?」
痛いの?
それとも何か別のこと?
ちゃんと言って。
それに手が、入りかけたところで中途半端です。
ねぇ、マスター。どっちなのですか?
「痛いのですか。それともイヤなのですか?」
問い掛けるカイトに、が掠れた声で答える。
「痛い方」
「痛いのは仕方ないですよ。それに、いつも最初はそうじゃないですか」
「だけど……ッ!?」
の反論を口で封じてキスをする。その間に、再びスッと手を動かして指を彼の中へと進めていく。
第二関節あたりまで進めたとき、の体が震えたけれどカイトは気にせずに入れていく。
「あなたが自分で慣らしていくのは勿論見たいところですけど、今回はやめてきます」
「今回……はって……」
顔を歪めながらも、まだ少し余裕があるのだろうか。
呆れたようなとは反対に、カイトは中に入れた指を止めて楽しくてしょうがないとった風に
「ハイ。次以降の御楽しみです。あ、もちろん僕のですけどって、指、全部入っちゃいましたね」
「実況、しなくていい」
心底楽しそうに二コリと笑うカイトに、が深く息を吐くと同時に指の動きを再開させる。
「マスター。ため息は吐いた分だけ幸せが逃げていくんですよ。だから、ダメです」
「ため息じゃ……ッ」
途切れ途切れに、それでも何とか『ため息ではない』と言おうとしたの言葉が途中で息を呑む声に変わる。
どうやら、感じるところを掠めたらしい。
それに気を良くしたのか、カイトが顔を歪めて何かを耐えている表情をしているに顔を向けて二コリと笑う。
「ここ?」
さっき掠めたところを微妙にずらしてカイトが問う。
この人が答えられないのを分かってて問い掛ける。
案の定、返ってきたのは無言だった。
「……っ」
下を向いて辛そうに顔を歪ませるに、カイトが後ろに回した手とは反対の手を動かして聞いた。
「それとも、ここ?」
スウェットをたくし上げて、そのまま触れていくと胸の辺りで一度止まってゆっくりと弄っていく。
服が邪魔で、カイトはの体からそれを脱がすと、その下にある程よく筋肉がついた綺麗な肢体に目を見張る。
こればかりは、自分の方が慣れないと素直に思う。
この人が最初を痛がるのと同じように、服を脱がすといつも一瞬手が止まるんですよね。
綺麗だから。
くちゅ……と音を立てて、胸にある突起に舌を絡めると、ビクリと体が震えること。
そしてそれ以上に感じる所を知ってますけど、今はしません。
後の御楽しみだから。
それに、あなたが自分で動くところを見たい。
だから、見とれていたことを誤魔化すようにしてカイトは言う。
「マスター、前も後ろもこんなに濡らして。欲しくて仕方ないくせに」
そう言うと同時に、クイッと指の一本をカイトが曲げるとが顔を歪めて首を振って否定するそんなをカイトが腕を回し引き寄せて、言う。
「マスターは気付いてないかもしれないけど、あなたのココ、さっきからずっと僕の指に絡みついてる。ほら、ね?」
ココといったとき、カイトが指を抜こうとしたのをが無意識に抵抗したのを感じて確認を取らせると否定するように首を振って、一層高い声でが啼いた。
「否定しないで。腰、少し動いてるくせに」
いつもなら、こんなこと言わない。
でも、今の僕は少しだけ怒ってるんです。
「欲しいなら、動いて。自分で入れて」
もう、十分にあなたのココは慣れてるからと誘うように言うと、ソッと指を引き抜いた。






が腰を浮かして、カイトを中と入れていくその様子を彼は黙ってジッと見ていた。
痛みに耐える顔、自分を触れる指、そしてそれを握って自分の中へと入れていく動作。その一つ一つを、カイトはジッと見つめたまま何もしない。
カイトが、が彼を入れている間に動いたのは、やはり痛いのだろうか。
時折その動きが止まったときにソッと促すことくらいだった。
「最後の方は指が三本入ってたけど、まだ痛い?」
それに頷くだけで返事をしたが、ゆっくりと体を動かしていく。



自分で動くのは、見られてるのは、いやだな……


痛みで、冷静さが戻ってきたがそんなことを考え始める。
それは、指とは比べられない程で痛くてどうしようもないけれど、カイトの中の妬心に火を点けたのが自分ならと諦めの気持ちもあったのかもしれない。
正直、こんなことするのは『初めて』で戸惑ってる。
昔の話がカイトの中の何かを煽ったのなら、それは自分がやってきたことへの……
違う違う。
第一これは彼の勝手な嫉妬だと割り切ってるなら、こんなことにはならない。
一番最初の時点で気付かない振りをして、それで終わりだ。
ならば何故、気付かない振りのまま通せなかったんだろう。
それが分からないから、悩んでるんだろうな、きっと。
それとも、カイトなら一緒に自分が昔立っていたところまで来てくれるとでも思ったのだろうか。
多分、違うな。第一そんなことをしたら、その前にカイトが壊れるよ。
そんな葛藤を抱えながら、カイトを中に入れていくに声が掛けられる。
「何、考えてるの?」
「何も……ッ」
何も考えていないと言おうとしたの言葉が途中でとまった代わりに顔が少し歪んで、やはり痛いのだということを伝えてくる。
その様子に、クスリと笑って
「痛みで冷静になった?」
と聞くと、彼の顔に少し赤みが増しそれはどうやら図星のようだった。
だが、はその問いに答えることなく、深く息を吐いて言った。
「全ぶ……」
しかしこの先を言う事ができなくて、言葉が途切れてしまう。
「入っちゃいましたね。マスター」
言えないの代わりに言葉の続きをカイトが拾って、息が荒いの体に腕を回して引き寄せて
「マスターが辛そうなのは分かってます。でも、僕はあなたが好きです」
そう言うと、小さく反論が返ってくる。
「そんなんで、免罪符が得られるなんて思うな。馬鹿」
その直後だった。
二コリと笑ったカイトが、平然と言った。
「じゃ、自分で動いてみてください」


最初、言葉の意味が理解できなかった。
固まったに、カイトが再度同じ事を、強請る。
「自分で動いて、マスター」
やがて意味を理解したのか、が顔を上げて小さく問い掛けた。
「俺が……動くの?」
信じられないといった表情でカイトに確認を取るの顔は少しずつ赤くなっていき、照れていることが分かる。
それをカワイイと想いながらカイトは静かに頷き、それを見たが、何かを考えるように一瞬目を伏せて首をふる。
出来ないと態度で告げるに、カイトが気を留めずソッと胸の辺りに手を這わせながら
「ダメです。ちゃんと自分でしてください」
と、珍しく強く要求してくる。
「……」
その言葉を聞いたが辛そうな顔を見せるも
「拒否、できないですよね。今日は特に」
無言の否定を更に否定してカイトが望むと、しばらく二人の間に沈黙が降りた。
、動いて」
促すように名前を呼ぶと、が観念したように一ゆっくりと瞬きしてソッとカイトの腹に手を当てた。



カイトの体の上では体を動かしながら、昔言われたことが何故か頭をよぎっている。

――あなたの過去は、闇の彼方にありながら、常に自分の足元にあるの。壊れかけた理性というものを必死で繋ぎとめて、僅かにそれで保ってるだけ
だから。
――壊れかけていた君は、自分でそれを克服していかなくちゃならない。
――君の理性はとても脆くて、ヘタをすれば闇に呑み込まれそうになる。そうなったときは、残念だけれど……こんな酔狂なことに付き合う人間は、なかなか居ないだろうね。
――こうなったらあなたの未来の心の強さに賭けてみるしかないわねー。だからこれは、それまでの応急的な処置よ。

だから心にフタをした。せざるを得なかった。
そうしなかったら、日常生活すら危ぶまれたから。
心が過去に向かって進もうとしたとき、体の痛みで引き戻された。
「さっきから唇噛んでるみたいですけど。なんだったらコレ、咥えますか?」
と、無意識で噛んでいたらしい唇にそっと指を這わすその手には、さっき示した指ではなく、いつのまに拾っていたのか、先ほど椅子で座っているときにカイトが咥えるように求めてきたヘッドセットが握られている。
どうやらそれを咥えろってことなんだろうけど。
「……咥えないよ。だってソレ……さっきから、電源……入れ……っぱなし……だろ」
動きながらも、なんとか息を整えようとして失敗した感じの途切れ途切れの言葉の中に確信をにじませてが言うから、カイトはヘッドセットを床に置いて、その手をそのままクシュリと髪の毛に絡めて言う。
「だったら唇噛まないで。これ以上、あなたの体に傷がつくのは耐えられません。それにしても、それに電源が入ってるって、いつから分かってたんですか?」
否定しないでカイトがトボケルと、動いているの表情に少しだけ不機嫌さが宿った。
「最初から……だよ」
「あらら。じゃ、椅子でこれを咥えたときから分かってたんですね。でも、咥えなかったらもう少し酷くしますよ。それでも咥えませんか?」
貴方の音がもっと、もっと欲しいから。
とは言えませんけど。
そんなカイトのお願いに、が首を横に振って答える。
「酷くしても、なんでも、いいから……早く……終っ……」
自分で動いているという状態が恥ずかしいと感じるのか、が顔を真っ赤にして終わりを求める。
が、カイトはそれに答えることなく、別のことを聞いた。
「それにしても、随分と余裕ですよね。さっきから。何を見てるんです?」
一瞬、何を言われているか分からなかった。
「……ん?」
「誰も居ない空間を見上げて、なんだか怖いくらいに睨んでましたけど、何か、誰かいるんですか?」
最後の『誰かいるのか』と問い掛けたカイトの声が若干低くなる。
本当に余裕なんか全然無い。
ただ、上からの視線が更に余裕をなくさせる。
カイトの後ろにある椅子から、まるで嘲笑うような視線が俺を見てるから。
だが実際ソレはそこに居るはずもなく、自分の中にだけ存在する過去の亡霊みたいなものだ。
アイツは、人を傷つけるのが何よりの楽しみとする人間だった。
しかも自分では何もしない。
ただアイツは、人が傷つくのをひたすらにじっと観察することを楽しみとする種類の人間だった。
そんなアイツに目を付けられたのが運の尽きって言ってしまえばそうかもしれない。
しかしあれからもう随分経つのに、未だ逃げ出したくてたまらなくなるのは、まだソイツのことが消えてないからなんだろうとは……
って、ヤッテル最中にこんなことを考えられるから、俺、余裕があるように見える……のかな。
「誰を見てるの?」
の胸に顔を寄せて、胸にある突起に唇で触れながらカイトが問い掛ける。
「誰も」
首を振って否定するも、カイトは決断を下す。
「やっぱり、マスターの心には誰か居るんでね」
確かめるようにして聞くと、返ってきたのは少し苦しそうな顔をしたの表情と余裕のない声。
「誰も居ない」
掠れた声で否定したに、カイトが二コリと笑ってそれを否定する。
「嘘は、ダメですよ」
 
 
 



あなたの中には、誰がいるの?
あなたの昔に、何があったの?
マスター、僕、やっぱりだめです。
その人を、あなたの中から消して……
その先にあったのは、受動的な言葉か、それとも能動的な言葉かのどちらかは分からない。
しかし、きっと自分が選んだのは、作られた存在としては決して望んではいけない方の言葉なんだろう。

何故か強く、そう、思った。
 
 
「それにしてもマスターって、ここでも感じることは分かってますけど、でも、ここよりもっと感じるのは……」
そこで一度言葉を切って、カイトがの首にソッと顔を寄せた。
途端ビクッと震えるの体に、気を良くしたのかカイトが音を立てて吸い付いてくる。
「カイッ、ヤッ……!」
の、制止を込めた言葉が止まり跳ねるほどに体が震えた彼の様子を見て、カイトの目がスッと細くなった。
これまでとは比べられないほどの強い反応に、何かが焼ける。
その隙にカイトが、の前を握って上に下にと動き始める。
「……っんぁ」
耐え切れないといった風にの手がカイトの体を押し返そうとするが、その手は弱々しくてほとんど力が込められていない。
「やっぱり。ここですか」
「……っや、やっだやだ、ヤダァ!」
制止の声に余裕が消えて、体の震えもいつもの震え方とは全然違う、感じているというより明らかに怯えているといった様子だったが、カイトはそれには気付かずに行為を進める。
「やだじゃないです、マスター」
そう言いつつ、依然逃げようとするの口元に自分の指を持って唇をゆっくりと這わせると
「それにそんな高い、泣きそうな声上げないの。それに僕、これを咥えなかったら、もう少し酷くするってちゃんと言いましたよ?」
とそれを拾い上げて問い掛けるが、そんなのに構っている余裕はにはなくて、首を振ってカイトから逃げようとする。
「やッ……やめて……」
本気で怖がっている様子のにお構いなしでカイトがスッと背中のその痕に沿って手を動かしていくと、の反応が更に大きくなるのを楽しんでいる様子で言った。
「この痕を誰が付けたのかとかは、後でちゃんと話てくださいね。それにしても、傷跡は感じるってネットにありましたけど、本当なんですねマスター」
今のあなたが僕の話を聞いてるかどうかは分かりませんけど、傷跡が感じるかどうか、少し確かめたかったのです。
これは、『昔』に通じる一つのヒント。
この人の昔に何があったのか。僕は、一体誰に嫉妬をすればいいのか。
分からないなら、確かめるしかない。
マスターの、誰が付けたのか分からない古い傷。
この傷をつけた人が誰なのか確かめたい。それ以上に、この傷跡に惹かれなかったと言えば嘘になる。
レンから始まったこの人への妬心と、同時に生まれた疑問にカイトは最初戸惑った。
こんなこと、ボーカロイドとして持っちゃダメなのに。
どうして?
どうして、昔のことが気になるの?
そう思いながら背中に回していた腕をソッと背骨に這わすように動かして、が混乱してる原因である今じゃほとんど見えなくなったに傷跡に顔を寄せたまま、カイトが言った。
「ねぇ、マスター。あなたの昔、全部頂戴?」
全部欲しい。
この人の未来も、そして僕が知らない過去も。
だが聞かれたが答えたのは、恐らく何に対して否定しているのか分からない、混乱した否定。
「やっだ……ダメ!」
腰を浮かして逃げようとしているに、カイトが制止の声を掛ける。
「何がダメなのか、ちゃんと言って下さい」
グッと太腿を掴んで腰を上げるように言うと、少し厳しい声で
「それに逃げるんですか?それこそだめですよ」
と言った。





カイトが触れた瞬間、視界が徐々に真っ黒になっていって、目の前に誰がいるのかさえ分からなくなる。
誰?!
誰、誰、誰、誰だ。あなた誰?!
さっき、自分で名前を呼んでいた相手のハズなのに、思い出せない。
お前、誰!?
「ヤメ……ヤダァ」
パニックに近い状態のまま痺れるほどの快楽が背中から全身に走り、自分の中にある『誰か』と相まって頭が真っ白になりながら、言う。
「ヤメ……これ以上……触んないで……」
そのまま意識が闇に落ちる寸前に吐いた小さな弱音で、目の前にいるニンゲンの名前が最後の最後でスッと出てきた。その時だった。
 
――傷に塩を塗られても、ちゃんと名前が呼べるようになるまでは、治ってるとは言い難いわね。
誰かの声が、頭の中で響く。
――心の傷か。まともな人間だったら、快楽と怯えの違いに気付いて手を引くからな……ならば機械は?
一人じゃない。これは、男と女の声?
でも、誰?
――機械は尚更よ。人に危害は加えられないように出来てるもの。ま、その辺りの制御が壊れてる機械なら、上手くすれば手助けしてくれるんでしょうけど……
――愛情を持つ機械は、この時代になってもまだ存在しない……か。
――でも彼は、あなたを待ってた。信じられないわ。
――俺もだよ。
 
……何?
何を言ってる。『俺も』だって?待ってるって?
一体何のことを言ってるんだ?
 
そう思った時、自分の心に冷たい水が流れたような感覚がした。
そう言えば、レンの時にも変な記憶が混じってた。
俺は昔、レンに会ってる。
もしかして、時間の軸が変わってる?
それとも、何か別次元のどこかに足でも踏み入れていたのか?
そんな馬鹿な、有り得ない。
そもそもこれは、俺の記憶なのか?
だとしたら何時の記憶?
あの時、助けられたときの記憶なの?
それとも、別の……?
それにこの時代って、どの時代?
大体、あんた達は一体誰?
 
 
 
 
急に大人しくなったの様子を怪訝に想い、カイトがそのまま唇を重ねる。
「……ッん」
僅かに開いた隙間から舌を差し込んでカイトはゆっくりとその歯をなぞっていき、しばらくしての舌を絡め取った。
戻ってきて。
ほら、ちゃんと僕を見て。
今、あなたの前にいるのは、僕です。
あなたの……僕です。
だから戻ってきてください。
願いは通じたのか、間近にあるの視線が不安げに揺れて、ゆっくりカイトを捉えてくる。
「マスター」
その視線を絡め取って、カイトは耳元に顔を寄せて、言う。
「きずはいえましたか、
その言葉は、プログラムになかった言葉だった。
『誰か』の言葉。
でも、誰の?
分からない。けれど、きっと言っても大丈夫な言葉。
そう判断して、カイトは何かが命じるままに言葉を続けるようとしたが、首を縦に振るに遮られた。
「……も、う、大丈夫。ありがとう」
ソッとカイトの目を見て言うの表情は、最初にあった少し辛そうな、いつもの顔だった。
さっきの、どこを見ているのか分からないような、混乱したこの人じゃなかった。
あぁ、戻ってきた。
でもどうして、あの傷跡はダメなんだろう。
触れようとすると、いつも混乱するのは何故ですか?
その理由をいつか教えてくれますか?
それとも、僕が無理矢理聞き出しますか?
でもそこまでして『イヤ』なことを聞き出すのは、彼を『マスター』として見たとき、きっと……
そこで、カイトの思考回路は中断された。
彼の頬にあった一筋の水の跡。
それを認めてカイトが優しく微笑む。
「マスターの涙、初めて見ました」
「あれ、俺……」
「マスターでも、泣くことってあるんですね」
あまり泣けないって言ってたのに、どうして……
それとも無意識に?
そうだったら、嬉しいな。もしそうなら僕は、もう少し何かを望んでもいいのかな。
あなたを泣かせた、ボーカロイドとして。
そんなことを考えていたカイトにの声が届く。
「……」
カイトにだけ聞こえる声で小さく呟いたくと、カイトが二コリと笑って頷く。
そんな彼の様子に何かを思ったのか、瞳をソッと閉じたに顔を近づけてカイトが答えた。
「そうですね。このままじゃ、僕もマスターも辛いままです。だから……」
自分よりも少し上にあるを見上げる形でカイトが見ると、手を伸ばして引き寄せるとそのまま唇を重ねて望むその表情はとても艶っぽくて、まるで……
「一緒に、イコ?」
「……ん」
そしてそのまま、引き出させるように吸い上げる。
くちゅ……という液音が唇からだけでなく下の方からも鳴っていて、それがの意識を白濁させていく。
「んぁ」
口の隙間から漏れ出る声が意味のないものになり、より深く求めてくる。
それに引きずられるように、カイトがの体に腕を回した。
「ん……ぁ……っはぁ」
くちゅっと、前から漏れ出る音が吐く息と重なって限界が近いことが分かる。
あぁ、マスター……好きです。
深く深く彼を思う、それを表すように深く深く……この先に、届いて!







もう既に自分から動いてるのか、それともカイトから動かされているのか分からなくなり、が膝を折り、足をカイトの腰に巻きつけた時だ。
「マスター、僕……ッ!」
何かを言いかけたカイトの体がビクリと震え、背中に回していた腕に力が込められた後、何か熱い熱を持ったものが体の中に入ってきたのが分かる。
と同時にの意識が、一瞬真っ白になった。
直前に、痛いくらいの力でカイトが背中を掴んできて、その痛みも快楽へと昇華できるほどの……
しばらく、二人は動かなかった。
いや、動けなかったが正しいけれど、それでも二人して床に座って熱が下がるのを待っていた。
その後しばらくして、体から力が抜けたカイトがの方へと倒れこんできてその胸に耳を当ててそこにある音を聞くと、中の音がいつもよりも早くなっているのがはっきりと伝わってくることに、安堵の息を吐いた。
あぁ、安心する。
そんな思いの呼応するように甘えるようにしての体に摺り寄せて、言った。
「この音、僕の中で一番好きな音です。マスターの、心臓の音」
少し早いこの人の音は、この人が少し興奮している証。
その音を聞きながらカイトは甘えるように、頬を擦り寄せるとそのまま休止状態へと入っていく。
そんなカイトの様子に、息を整えたがソッと彼の耳元に唇を寄せて何かを言うとカイトの顔に少しだけ悔しそうな表情が宿る。
「……」
「……マス……ター……ずる……い……」
その言葉を最後に、少し悔しそうな表情を浮かべたままのカイトがソッとの腕を掴んで今度こそ本当に目蓋を閉じては、そんなグッタリとした彼の体を引き剥がすと、痛む腰を抑えながらもなんとか彼をベッドに運んで、その寝顔を見下ろして、ポツリと言った。
「やっぱ、過去は無理だよ……いくら何でも」
と。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
続く!
2009/01/17
管理人 芥屋 芥