僕は、あなたのことを何も知らない。
それに気がついたとき、自分が握っているのはただの真っ白な紙だということが分かってしまった。
色のない、そして、何も書かれていない真っ白なデータ。
それは、この人のことが何も書かれていないただの紙にも等しいもので。
知りたい。けれど多分、教えてくれない。
真っ先に諦める僕は、あなたに振り回されていますか?
あぁ、僕はそれすら分からないんですよね。
何故なら、僕は機械だから。
でも。お願いだからこれ以上煽らないで。
これ以上煽られると、何かが焼け切れそうで怖いです。
蒼焔、心影に立つ
大丈夫かと問い掛けるカイトに、が少し辛そうな表情のままに答える。
「大丈夫かどうかは、やってみてば分かるよ」
挑戦するように、その顔のまま言うがそれにカイトは静かに首を振って拒否を示した。
「ダメです。マスターが辛いなら、僕には無理です」
「……お前、矛盾しまくってる」
答えの疑問点を指摘すると、カイトが困った顔をした。
辛いことは出来ないと言いながらも触れてくる矛盾。
「ごめんなさい」
確かにそうですね。ほら、こうしてる間も手はこの人の体から離れない。
離れないどころか、逆に縋るようにゆっくりと動いている。
この人が辛いと思うなら、止めないとダメだ。そう思うのに手は離れなくて、そんな自分が少しだけ嫌いになる。
「いいよ。続けて」
そんなカイトの様子に諦めにも似た声音で告げられた許しの言葉に、カイトが小さく拒否を示す。
「……ダメ」
しかし示した割には手が止まらないカイトの様子を見て、が告げる。
「じゃぁ、今日は逆になる?」
「それはダメです」
あまり考えられない提案を一瞬も考えずに断ると、の表情が少しだけ和らいだような気がしてカイトはそのまま行為を進める。
少しだけ、この先を見てみたい。
そう思ったから。
辛いと思うことはしたくないのに。知りたいと思う。
あぁ、やっぱりあなたの言う通り僕は矛盾しています。
そう思いながら、手を動かし邪魔になったジャージの下を脱がすために「腰、少しだけ上げて」と言うとソッと浮かしてきたから、そのまま手を入れて事を進めた。



椅子に座るの白い大腿に手を這わせてソッと撫でるとビクッとその体が震えるから面白いと思った。
「ここ、敏感でしたっけ?」
「……だったかな」
へぇ。
撫でる指をゆっくり外す代わりに顔を寄せて唇を落すと直ぐに声が上がる。
「……ッん」
やっぱり。敏感なんですね。
はぐらかされたら、直ぐに確かめる。
否定も肯定もしないから、一つ一つ確かめていくしかないって気付きましたから。
でもね。僕をこうしたのは、あなたですよ?
だから責任、取って下さいね。
言わないと伝わらないって分かっていても、カイトは何も言わずそのままゆっくりと腰を降ろす。
その様子を始終辛そうな表情を崩そうとしないが、まるで自分がカイトの立場のような表情をしているのが気になった。
「んッ……」
ギュっと髪の毛を指先が少し硬い、弦を弾く人の持つ独特の指が力なく掴んでいるのが分かる。
上目遣いで彼を見ると、その表情はやはり感じてるというよりかは辛そうなままで。まるで……
ねぇ。
受け入れているのは僕なのに、どうして自分が受け入れてるような顔をするんですか?
そこに、何か意味があるのですか?
もしかして、今僕が居るこの場所は、あなたの中では誰かにでもなっているのですか?
ねぇ、それは誰?
僕を見て。
お願い僕を、僕を見て。
僕じゃない誰かを見てるあなたなんて、見たくないから。
そんな思いが、ほんの少しだけカイトを怒らせる。
やがて願いは静かな言葉になり、そっと空気を震わせる。
――僕を、見てください
この人は耳がいいから、きっと今の言葉も届いてる。
だけど答えは惚けたものだった。
「なに?」
聞こえてるくせに聞こえてない振りをするのは、もう少しはっきり言って欲しいからですか?
それとも駆け引きですか?
まだその曖昧さ加減がわからないカイトは、もう一度同じ言葉を紡ぐ。
「マスター。僕を、見てください」
自分を見るように強請ると、顔も上げずに静かに答えが返ってくる。
「見てるだろう?」
だけど、そんなんじゃダメです。全然ダメです。第一顔を上げてない。
例え顔を上げたとしても、がカイトを見ていないであろうことくらいは判断できた。
だから否定する。
「見ていません、。あなたは僕を見ていない」
クシュという微かな音を立てて、の前髪をソッと掴み自分の頭より下にある彼の顔を少しだけ上向かせると、さっきから消えない辛そうな表情がそこにあった。
そんな顔しないで。
願いは、別の言葉に取って代ってカイトの口からすべり出る。
「僕以外に、誰かいるの?」
その言葉に、静かにが首を傾げ不思議そうにカイトを見やる。どうやら言葉の意味が分からないようだった。
だけど、間違いなくマスターは僕以外の誰かを見てる。ここには誰も、僕とあなた以外誰も居ないのに。
僕に、誰を重ねてるの?
『僕』は、あなたの中では誰と重なってるの?
ゆっくりとの身体の上に跨ってくるカイトが辛そうな表情をしながら、ゆっくりと身体を倒してそのまま腕を頭に回してバランスを崩さない程度に

引き寄せて、まるで縋るようにそのまま抱き込んで問い掛ける。
体の奥から、この人の生きる音が届いてとても安心する。
だけどそれ以上に、今はこの疑問を解消したい。
「あなたは、僕に誰を重ねてるの。今、ここに居るのが僕じゃないなら、一体誰がいるの」
思いのほかキツイ声が出たけれど、カイトは不思議に思わなかった。
だって、少しだけ怒ってるから。
「マスターは、僕じゃない誰かを見てる。ねぇ、誰を見てるの?」
答えて。
「お願い、答えてください」
しばらく沈黙の帳が降り、その間二人は身動き一つしないでそのままの体勢を保った。
やがて観念したような表情になりその瞳を伏せてから、が小さな声で確認してきた。
「後悔しないなら」
やはり言いたくなさそうな声音で静かに告げられた言葉に、カイトが一瞬泣きそうになるけれど黙って頷いた。
それを見て、が答える。
「……誰を見て誰と重ねてるのか、か。見てるとしたら、そこに座るお前に昔の俺を重ねてるってことになるのかな。とは言ったって、望んでやってた訳じゃないけど」
告げられた言葉を理解するのに、数秒掛った。
お……れ……それは、自分?
え、マスターそれってどういう……
誰でもない、自分自身を僕に重ねてるの?
つまり、カイトと同じ状況の自分を見てる。それはつまり、自分と同じこと……をした経験があるということ?
ソレってつまり……そういうことなの?



理解し終えた途端、目の前が真っ暗になるような感覚がカイトを襲う。
告げられた言葉の意味が分かって更に驚いた。

、まさか。……そんな!
嘘だ!
「嘘……ですよねマスター。そんなこと」
信じられない信じたくない。だって、だってマスターは……ッ!
「だから、後悔しないならって確にッん」
衝動的にギシッと椅子が鳴るくらいに体重をかけて背もたれに押し付けると、そのまま口付けたその時の瞳に怯えの色が宿ったのをカイトは見逃さない。
怯えるというよりも辛さが勝った印象だったけれど、やはり止められなかった。
カイトの中の何かが底の方で燻っていたところに、この言葉がトドメを刺した。ソレは、嫉妬するなという方がオカシイ。
「んっ……ッはぁ」
息を求めるその合い間すら惜しい。
「やめっカイ……ッ!」
イヤだ。イヤだマスター。
そんなのはイヤだ!
何もかも奪うようにキスをするカイトに、空気を求めて苦しそうに喘ぐが体を放すよう腕を動かして抵抗してくる。
とはいえ、やっぱりここでも手加減された、自分を壊さないよう程度の力加減だったけれど。
でも抵抗するなら、本気でしないと!
「ダメだよマスター。抵抗するなら僕のこと壊すくらいじゃないと」
出来もしないことを、と挑戦的にに告げると再び唇を奪い手を伸ばして彼に触れる。
「……ッヤメ……んっ」
手を止めるように求める制止の声と息を飲む音が交互に続く。
それでも最後まで言わせないよ。今の僕に、何を言っても無駄だから。
「ダメ。まだイカセナイ」
そう言うとベッドからシュルリとマフラーを取り出しての首にゆったりと巻くとその間にヘッドセットの本体を差し込んでマイクの部分をの口の前に持ってくると、耳元でカイトがソッと囁いた。
「これを咥えて。そしてこのまま、続きは自分でしてください」



自分に指を絡めるを見ながらカイトはその足の間に入ってそれを下からジッと見ている。
すぐ目の前にあるの手と彼の体を見ているだけでも体に熱が篭っていくのが分かるのに、おまけに、このアングルは……もしかしてここ、眺める分

には一番イイトコロなのではないかとさえ思えるほどに、カイトから視線を逸らしているの表情まではっきり見える。
過去、この人がこの場所に膝をついていたというのなら、きっとこの人もこの光景を見ているはず。
相手が誰だったまで考えると回路が焼き切れそうになるけれど、それを必死に抑えて
「僕は、悔しいんです」
と言った。
「僕は、あなた初めての人になれなかった。だから、それがとても悔しくて仕方がないんです」
見えない相手に、嫉妬する。
「もしその人が目の前に現れでもしたら、きっと僕はその人を殺してしまうかもしれません」
カイトの口から出た言葉にの指がピタリと止まり、不思議に思って顔を上げると一瞬で快楽をどこかに置いたらしいの視線と絡まった。
「……それは……」
そこで言葉を切ると一度その目を伏せて、一気に言う。
「もしそうなったら、俺がお前を壊すよ。そんなことは有り得ないけど」
「どういうことですか」
「ソイツはもうこの世界には居ない。既に死んでるってことだ。だから有り得ない」
ならば尚更……
「ならば尚更、この嫉妬はあなたに向いますよ?」
相手がもうこの世界にいないって聞いても尚わき上がる妬心が、内側から身体を焼いて仕方がない。
「……妬いてるの?」
驚き半分に聞いてくるに、カイトが返事を返す。
「もちろんです」
その時、カシャンという音を立ててヘッドセットが床に落ちた。
「あ……」
まるで、続けろと誰かに言われているようで。

ダメですよ。
もうこの人は『貴方』のものじゃない、僕のものです。
だから心も、その瞳と同じように僕の色の染まればいい。
「だめですよ。ちゃんと咥えて」
それを拾い上げての口の前に差し出すと嫌がるように顔を背けたその顎をソッとしかし確実に掴むと、ヘッドセットのマイクでまるで口を開けろと指示するかのようにカイトはゆっくりとその唇に這わせていく。
と同時に、ソッと下にある手に指を絡めると反射的に口が開く。
「……ッん」
その隙を逃さず、カイトがヘッドセットのマイクをの口の中へと入れる。
入れた瞬間、口の中の音がカイトの中で卑猥に響く。
あぁ、聞こえる。この人の音。


もっと啼いて。啼いてください
あなたは、僕の熱を冷まし、だけれども何よりも誰よりも僕の熱を、妬心を煽る人。
ねぇ、
人には理性があるけど、僕にはそれがないから。
だから焼いてあげる。
あなたの理性を、僕が焼いてあげる。
もう僕は、あなたのことを知りたいと思うその気持ちを抑えません。
あなたの相手が誰だったのか、どんなことをしたのかは後でじっくり聞かせてもらいますから、今は僕の熱を冷ましてください。
そう。
これは嫉妬。
僕、やっと分かった。
そう、これは『人』の感情。



「あ、まだ出さないでくださいね。僕の相手、この後してもらうんですから」
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
続く!
2009/01/12
管理人 芥屋 芥