誰もこの人に近づかないで下さい。
例えそれがこの人と同じ『人』でも…・・・必要以上に近づかないでください。
そう願うけれど、願うだけでそれは言葉にされずに消えていくんですよね。


機械である自分が、人に命令なんてできる訳がないから。
それでも、そう願わずにはいられない。
こんな感情をあなたに持ってしまった僕は、異常ですか?
でも、止まらないんです。
ねぇ
僕は、一体どうすればいいですか?
僕は、一体どうすればこの思いを止められますか?
僕は今、とても苦しいです。
蒼焔、心影に立つ
「ただいま」
最近、家のドアを開けるのが少しだけ楽しくなってる自分がいる。
開けるといつも笑顔で迎えてくれる彼らに、自然と仕事の疲れなんか吹っ飛ぶからかもしれない。
だけど、一番の楽しみはちゃんと一人一人とじっくり話せる時間だろうか。
とは言え、今日は帰りが遅くてリン一人になってしまったが。ま、明日は今日に時間を取るはずだったレンのフォローだな。
それと……これは、その時でいいとは思うけど、カイトをどうするか……なんだよねぇ。
と、最近出てきた悩みの種であるカイトのことが頭を少しだけよぎるがここはあえて考えないようにしては別のことを考えた。
そういえば今日、レンにしては珍しく凄く残念そうにしてけど。何かあったのか?
と、時間も遅いからと告げたときのレンの落胆した表情を思い浮かべつつ残りの仕事を片付けていると、薄ピンクのスウェットを着たリンが話し掛けてきた。
「ねぇねぇマスター」
「ん?」
そう言いつつ興味深そうに手に持った本を見て聞いてくるのを、机に向かって作業をしていたが顔を上げて彼女を見る。
「あのね。これ、何なのかなってずっと気になってて」
リンが手にしていたのは少し古ぼけた感じの箱で、少し大きめのそれを見せられてはそれが何なのかを思い出すまでに少しの時間を要した。
「卒業アルバム……それ、どこから?」
そんなの、彼らが目に付くようなところに置いてたっけ?
そんな疑問を抱きながらも、はリンに聞いた。
「これね、今日メイコ姉ちゃんが掃除の時に見つけたんだけど、でもドッコにもマスターが載ってなくて不思議だねーって言ってて……それで今日は私だけじゃん?だから確認よろしくねーってメイコ姉ちゃんが」
そこまで言ってリンはアルバムを箱の中から取り出すとそれを広げて見せてきた。
「どこ探してもマスターの姿ないの。ねぇマスター、ここに本当に映ってるの?」
不思議そうな顔で問い掛けてくるリンに、は少し笑うと
「そうだね。って、あぁそうか。ねぇリン。その本の中に時折リンと同じ髪の色をしたやつが写ってない?」
と逆に問い掛ける。
「わたしと同じ髪の色……あ、ホントだ、居る。けどけどマスター、どうして?」
興味津々な様子でページをめくると自分と同じ金色の髪をした少年が黒髪の少年に混じって写っている写真が時折張られていてリンは不思議がる。
何故自分と同じ金髪の少年が写っているのか。だけではなくて、どうしてそれがこの目の前にいるマスターと何か関係があるのだろうかといっ疑問を投げかけるリンには答えた。
「それが俺だよ」
「ほぇ!?」
途端に元気一杯の疑問の声……でなはく、驚きの表情と声に一瞬で変わった声が漏れる。
「本当なの、マスター」
「うん。本当だよ。それ、高校の奴でしょ。うん。俺、高校までその、リンと同じ髪の色だったから……まぁ、そういうこと」
一言一言ゆっくりと、少し照れているのだろうか、はにかむような表情で言うにリンが当然の疑問を口にする。
「じゃ、じゃぁどうして今のマスターの髪の色は茶色なんですか?」
その問いに、更に苦笑いが濃くなって
「うー……まぁ、色々あって染めてるの。ほら、金髪って目立つでしょ。あ、リンはそのままでもいいんだけど、その……まぁ、なんていうか、

その……」
リンも同じ金色だったことを何とかフォローしようとして苦心しているを見てリンが『しょーがないなー』といった表情を一瞬浮かべて
「マスターって、大変なんだね」
と、笑顔全開で許してくれた。
「ありがと、リン」
そんなリンの気遣いというか、スットボケた様子にがごめんねの意味を込めた苦笑をしつつ小さくお礼を言うと
「じゃ、そろそろ時間だから。ねぇ、このことレンやお姉ちゃん達に教えてもいい?」
カイトのことを「達」の中に含めた言い方でリンが問う。
「いいけど、明日ね」
答えたに力いっぱい元気よく「ありがと!」と返事すると、部屋のドアを開けてリビングに居るカイトを呼んだ。
「お兄ちゃん、終ったよ」



「お休み、リン」
「お休みなさいマスター!」
休止が近いのに元気一杯のリンを見てリビングからやってきたカイトが不思議がる。
「何かあったのですか?」
その問いかけに答えたのはリンだったけれど、その表情は二人で何かを隠している様子で、それが楽しくて仕方が無いといった表情だった。
「えっへへ、なんでもないよ。じゃ、明日ねカイトお兄ちゃん。それじゃマスター。今度こそお休みなさい」
「はいお休み」
ウキウキといった楽しい感じでリンが足取りも軽く自分の部屋へと戻っていくのを不思議そうなまま眺めているカイトに、ドアが閉まった後少ししてからが声をかけた。
「入らないの?」
と。
パタンと静かにドアを閉めると、がそのまま机には向かわずに本棚に並んだCDの中から一枚取り出してデッキにセットして静かに流す。
「マスター。さっきリンと何かあったのですか?」
カイトは部屋に入るとベッドに座り、さっき感じたリンとマスターの間で流れた何かが気になって質問を投げかける。
「明日、リンから話があると思うよ。それと、今日の掃除ありがとう」
リンが教えてくれた今日の掃除のことについてお礼を言うと、カイトの顔が僅かに赤くなるのを見るともなしにみやってそのままが椅子に座る。
「いや、あの……そんなの、いつものことですから」
そんなことよりも、リンと何を話していたのかが凄く気になるから。
「それよりも、一体何を話していたのですか?」
気になって仕方が無い。
自分の知らないところで、マスターが笑ったりしてる。
仕事は仕方ないにしても、せめて家に居るときは、なるべくこの人を見ていたいって、ずっと思ってる。
けど、それを言ってしまうと、なんだか何かが壊れそうでとても怖いと思う。
手を伸ばしたいけれど、伸ばす勇気がほんの少し、違うなぁ。大分自分には足りなくて。
でも、伸ばしたら伸ばしたで、最近じゃ抑えられなくなってる。
触れたい。でも、触れられない。
触れたら最後、止められない。
止められる自信が、僕にはない。
この矛盾を、どうにかしたいのに!



「何って、今日の掃除で出てきた卒業アルバムのことでね。俺が写ってないから不思議がってて。それで」
そこで言葉を切ると、は顔をカイトに向けて
「でも、カイトって俺の髪の色のこと知ってたのに、なんで……カイト?」
気付いた疑問を投げかけるに、カイトの中のあるはずの無い何かがゆっくりと揺れる。
確かに今日、メイコが見つけたアルバムを皆で見てた。
そこに写っていたのは間違いなくマスターで、でも自分以外には彼がマスターだとは認識できなかったみたいだった。
そのアルバムはマスターの物のハズで、しかもマスターの名前はクラスの集合写真にちゃんと載っているのにマスターが写ってないと、皆で不思議がっていたっけ。
そして僕は、マスター髪の色は本当はリンやレンと同じ金髪の人だと知ってたくせに、集合写真に写ってた一人の金髪の少年がマスターだとは言えなかった。
誰よりも真っ先に写真に写っていたその人が彼だと認識できたことが嬉しくて仕方なくて。
この人の秘密を、少しでも長く独り占めしたくて切り出せなかった。
そんな思いと共にカイトがベッドから立ち上がっての前に立つとそのまま腰を曲げて、見上げてくるその耳にそっと顔を寄せる。
そして、ソッと囁くように告げられたその言葉にの表情に驚きと真剣さが宿る。
「今からはダメだよカイト」
「どうして?」
触れてしまえば、止められないって分かってるのに。
触れていたいと願う。
それ以上に、この人の生きている証を聞きたいと思う。
音に始まる僕達だから、あなたの音が必要なのです。
ねぇマスター、お願い。
「明日も仕事だし……ごめん。今日は無理」
尚も断るに、カイトはあえて強引に提案した。
昨日もその前も無理って言われて、僕はそろそろ限界です。
「じゃ、せめて口でやっていい?」
前に、レンがあなたにしたみたいに。
その言葉に、一瞬の顔が真っ赤になる。
「っ……」
まさかの予想外なカイトの言葉に絶句し、一瞬全てが止まったように動かなくなったの隙をついてカイトが動く。
床に膝をついて右腕を伸ばし椅子のアームレストの端を掴んでの体を固定すると、着ているジャージの上からソッと触れて掴んで上目を使っ

て見上げるとそこにあったのは滅多に見ることができないの、余裕のない表情(カオ)だった。
「放せ、この馬鹿」
そんな、いつもとは違う彼の様子にカイトは少し不安になる。
こんな声や表情をするんだという新しいものを見ることができた嬉しさよりも、不安が勝るなんて。
それに今のこの人の声、震えてなかったか?
音に敏感な自分たちが、それを間違えるわけは無い。もう一度確かめようとして内蔵レコーダで再生させると確かにその声は震えていた。
「マスター、大丈夫ですか」
まだ何もしていない。
なのに震えた声を出すなんて絶対におかしい。
いつも余裕があって、例え僕が中に居てもいつのまにかリードしてる、完全な受身では終らない人なのに。
そんな人がどうして今こんなにも余裕がないの?
まるであの時と同じ印象をカイトにもたせるの様子に、カイトの不安は更に募る。
レンがこのこの人に何かをしたあの時、思わずこの人は僕のモノだって宣言してしまったことがある。
その時、自分の中で何かが揺れた。
当然その言葉は直ぐにこの人に取り消されてしまったけれど、でもそれは違う。
その時の言葉は、今でも自分の中で燻ってる。
ずっと消そうと思ってた。
でも何時まで経っても完全には『0』になってくれなくて。
最後の最後に残る『1』以下の何かがカイトの中にある何かを揺らす。
『0』と『1』以外の何かが、まるで波のように揺れて仕方が無い。
あの時から、何かが変わった。
そしてその時、初めてこの人の弱さを知った。
あまり泣けないのだと明かしてくれて、どこかに引きずられて行ってしまったこの人を見た。
引き戻したときに教えてくれた、『昔のこと』という言葉。
ねぇ、僕の知らない昔に何があったの?
あなたは何を抱えてるの?
それは僕には言えないこと?
ねぇ。僕、あなたのこと何も知らない。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
時間が掛りました。ごめんなさいです。
2009/01/09
管理人 芥屋 芥