『どうだった?』
キャノピーが開いて、真っ先に駆寄ってきレオンが、その開いた縁のところに手を当てて興味深そうにカイトに聞いている。
で、そのカイトは言うと、飛行中やけにテンション高かった反動か、レオンの声に僅かに瞳が反応する程度で、自力で動けない。
そんなカイトの様子を見て、ヘルメットを外し、操縦席から立ち上がったが声をかける。
「大丈夫・・・そうに見えないよな」
と言うと、下の整備員に向かって何かを言った。
やがて、ガラガラガラ・・・と、梯子が届き、座席から梯子の台のところに移動すると
『レオンは先に地面に降りてて』
と、覗き込んでいるレオンに対して英語でいい、カイトには
「カイト、手・・・」
そう言って伸ばしたその手が、彼に触れた瞬間、止まる。
無理も無いか・・・
いきなり、ほぼ実戦並の動きで飛んだようなものだしな・・・
縁に座りなおすと彼の頭にポンと手を乗せてが、
「怖かった・・・よな。ごめん」
と、謝った。
海神の背に乗って
「マスター・・・」
そう言った自分の声は、驚くほどに小さくて、そして震えていた。
重そうな服を着ているのに、更に自分を背負って、彼が梯子の階段を一歩一歩、しっかりとした足取りで下りていく。
そして自分よりも小さいはずの背が、少しだけ大きく感じて、なんだか少し・・・照れくさい。
まだ、頭の中・・・いや、メモリ・CPUともに、さっきの出来事の整理がしきれていない。
だけど、今自分を背負ってくれてるこの背中は、彼のものだ。
だから思わず顔を動かして、子供のように頬擦りをしてしまい、衣擦れの音がかすかに響く。
スリ・・・
そして、その重そうな服の感触は少しザラザラしていて、髪の色もいつもとは全然違うプラチナの色だったけれど、それでも、マスターの背中だ
から、安心・・・できる・・・
「マスタァ・・・」
『LEON。
この後、頼める?』
カイトを医務室の一角にあるベッドに寝かせて、付いてきたレオンにが頼む。
『了解。
ボーカロイド同士だし、後は任せて』
『悪い』
が言うと、レオンが不思議そうな顔をした後、少し困ったように微笑って、言った。
『ここで俺にそんなことを言うのは、君だけだ。』
と。
「マスター・・・は?」
見慣れない天井が見える。
ここは・・・どこ?
『ここは、医務室。
言っとくけど、君はここで最初に医務室で寝かされた初のボーカロイドだな』
と、レオンが冗談めかしてそんなことを言う。
つまり、今は慣れたとは言え、自分は違ったということをレオンが遠まわしで言ったのだが、カイトは気付かない。
『君のマスターは、今反省会中・・・というか、結果の報告をしているところさ』
「マスターは・・・勝った・・・の?」
カイトは、レオンに結果を聞く。
これが『模擬戦』であるということは、彼の中のデータから解かっているけれど、それでも勝敗まではカイトには分からない。
『もちろんさ』
と、レオンは答えたが、それは彼にとっては『愚問』に等しい問いだった。
上がってしまえば、彼のフィールドがそこにある。
過去に一度だけ対戦相手として、自分のマスターが乗った機体の後ろに乗ったことがあるけど、ワザと喰いつかせてそして・・・あんな信じられない
ものを、翼端に積んであったハリボテミサイルに正確に当ててきて驚いたことがあるから・・・
無線で『信じられない!』と彼に言った自分のマスターに対し、彼は
『うるさいなぁカーター。
空戦で弾切れしてたら、パイロンくらいしか当てるものないだろう?
それとも、ヘルメットが良かったか?』
と平然と言って、初期の設定だった弾切れのハンディを乗り越えたから。
だけどそれは自分だけの記録だから、KAITOに今教えるのは、なんだか少しだけ、悔しいと、レオンは思う。
こんなにも大事にされているんだ。
普段でも、沢山歌を歌わせてくれているんだろう。
ある意味、『実験的』に買われた自分とは違って、彼(KATIO)は個人が持つ私物だから。
『私物』
いやな言葉だ。
でも、それをに言ったらきっと、彼は怒るのだろうな。
とレオン考えて、クスリとKAITOに気付かれないように、静かに微笑う。
だけど、『きっと』・・・?
違う。
こんな自分の状況にすら不満を洩らしていた彼のことだ。
『きっと』なんかじゃない。絶対怒る。
だけど・・・
「マスターは・・・なんで・・・あんな怖いこと・・・」
壊れるかと思った。
空と海と大地がグルグル回って、自分の位置が把握できなかった。
自分が今どこの高さにいて、どこにいるのかすら、分からなくなった。
急に地面が見えたかと思えば、急に目の前に空が、広がった。
落ちる!
と本気で思った瞬間反転し、目の前に広がったアオイ空。
そのままその空に吸い込まれるんじゃないかって、今度はそんな考えが自分の回路の中を駆け巡って・・・
「あんな・・・怖いこと・・・どうして・・・」
『KAITO。
彼が君に与えたのは、全て恐怖だったか?』
レオンが、カイトの言葉を遮って、発言する。
その声は少し低くて、レオンが真面目に話しているのだろうことを伝えてくれた。
「レオン・・・さん?」
『ここだけの話。
彼は君を後ろに乗せるために、オレのマスターにオレのデータを君に渡すように言ってきた。
それは、彼が君を壊さないようにするための、彼なりの対策だった訳だけど、その結果、模擬戦が交換条件として組まれたのさ』
と言うと、肩をすくめてレオンが今度はおどけた表情になって、更に言う。
『とは言っても、直前で翻ることなんてよくあることだから、本決定だって分かって、あの時彼は驚いたんだよ』
レオンの言葉と共に、視界が広がっていく。
ようやく、今になってCPUとメモリの整理が終ったようで、さっきの空での出来事が記録されている範囲で、再生されていく。
右斜め下に広がる海と浜と・・・そして、少し視線を上げると広がっていた少し雲が広がる大空と、初夏特有の強い日差しに、ただただカイトは言葉を無くす。
こんなに・・・青いの?
空は海の藍を反射して、青い・・・
海は空の蒼を反射して、青い・・・
空と海の間にあって、ここまで『青』が際立っているなんて・・・知らなかった。
「見れるかどうかは分からないけど、少し上で雨が降ってたみたいだから・・・
もう少し上がってみようか」
前の席からがそう言うと、どんどん機械は空に上がっていって・・・
一番高い雲を、抜けるときに、ソレは、見えた。
「うわぁ」
色の層が逆転した虹が、そこに現れた。
いつも、ネットで上がってくる虹の写真の順番じゃなくて、完全に順番が逆転した色で出来た虹が、太陽の周りをグルリと囲っている。
初めて見るその虹に吸い寄せられるように視線を向けていると、世界が、また、反転した。
ここから先は、あまりにも映像が速く流れてしまっていて、カイトとしては認識が不充分だったけれど、それでも、空と大地とその境界の世界を飛んでいたことだけは、認識できる。
KAITOとしてなら、きっと全部記録しているのだろうけれど、カイトはそれを覗く気にはなれなかった。
理解できない方が、なんとなく、『人』っぽい・・・し・・・
人というものがどんなものか未だ解からないけれど、でも多分、初めての人は耐えられないだろうから。
だから自分もそれに倣って・・・少しでも・・・人に・・・
そんなカイトの考えとは別の流れで、レオンが手を伸ばして彼の額に触れて
『まだ熱いな。
だけど、動けないほどじゃな・・・』
言葉を途中で止めたレオンが振り返ったその視線の先にいたのは、さっきまで話題に上がっていた本人だ。
「あ・・・マ・・・マスター・・・」
どう接していいか、分からない。
この人が僕に見せてくれたのは、確かに、レオンさんの言った通り、『恐怖』だけじゃなかったから。
焦るカイトを意識的に無視して、が言葉を言う。
「具合、どう?」
と。
さっきのレオンの話を聞いてなかったハズはないのに、それに干渉することもなく、がカイトの額に手を当てる。
「動けるなら、この後のレセプションに参加してくれだってさ」
聞かれたカイトが
「わかりました」
と答えると、今度はレオンに向かって
『LEON。君、何か歌ってくれるかい?』
そう聞かれたレオンは、多分、これが彼の本当の笑顔なのだろう表情で
『喜んで!』
と答え、カイトに向かって合唱を申し出る。
『KAITO!君も一緒に歌おう!!』
レオンにそう言われたとき、何かが、プツリと切れた。
そして、その異変に一早く気付いたが彼の名前を呼ぶ。
「カイト?」
「・・・・・・マスタァァァ!」
思わず、泣いていた。
彼が泣かれるのは苦手だって分かっているのに、それでも止まらない。
だから、せめて顔を隠そうと手を顔に当てて・・・その手に、の手がスッと重なる。
「マ・・・マスター?」
呼ぶと、答えが、返ってきた。
「泣いていいんだよ。カイト」
後日、一通のやけに大きな封筒に入った郵便が、その家に届いた。
中に入っていたのは、大きく引き伸ばされた一枚の写真。
そこに写っていたのは、一本の白く長い雲のようにも見える『何か』
空をキャンパスにして、何かを描いているようにも見える、
そして、その封筒をひっくり返してみても、送り主の名前や住所は書かれていない。
だけどその写真を見る者には、その送り主が誰なのか、分かっていた。
そして、同封されていた一枚のA5サイズの紙には簡単な文が、添えられてあった。
面白くはあるんですが、ベイパー引きすぎで、記録にならないので送ります。
それにしても、まるで白い竜みたいっすよ。これ
アトガキ
2008/05/07
管理人 芥屋 芥