それからの三日間、マスターは夜遅くに帰ってきて、朝早くに出て行くようになった。
その間僕は、家にただ独り、残される。
こんなことは、慣れている。
だって、皆が来る前はこうやって過ごしていたんだから。


あぁ。
そうか。
この家で『独り』の経験があるのは、僕だけだ。
だからあの時、
『カイトはお前達より長くここに居るから、独りの時の勝手が分かってるし・・・
 それに、俺が居ないことに・・・その・・・お前等は大丈夫なのか?』
暗に、『耐えられるのか?』と三人に聞いたその言葉で、妹弟は言葉を失った。
メイコは、確かに耐えられると思うけど、マスターにベッタリの妹弟達には、多分、無理だろう。
ならば最初から僕の『ワガママ』が無くても、マスターは僕をここに残すつもりだったのかもしれない。
と、初めてカイトは三日前のの言葉を、振り返っている。
海神の背に乗って
役割分担・・・という言葉を、メモリの中程から引っ張り出してみる。
うん。
確かに俺じゃ、パソコンの中でも三人の面倒を三日間も見るのは、少しばかり荷が重い・・・か。
いや・・・出来ないことはないけれど・・・でも、多分、疲れてしまうだろうから。
メイコには皆、慕っている中にちゃんと彼女の怒りの線引きを理解しているのに、俺相手だと限界知らずに暴走する・・・から・・・
それにそれが最初から分かっていたから、あんな無茶なことをマスターに約束させたんだね。
と、カイトはそんなことを思いながら、ソファに身を沈めていく。
こういう察しの良さでも、彼女の方が数段上手らしい。
敵わないよな。メイちゃんには。
と、素直に彼女に白旗を上げつつも、ズズスッと身体は三人掛けのソファの手すりから体がずり落ちていって、天井が目の前に拓けていく。
この広い家に、今自分独り。
慣れてるから、大丈夫。
でも早く会いたいな・・・
「マスター・・・」
無意識にそう呟きながら、いつの間にか入力されていた新しい音楽データが、カイトのCPUを駆け巡る。
あの人、こんな曲聞くんだ。
と、少しだけに近づけたような気がして、カイトの顔は緩くなり、暗転した。
バサッ
と、布か何かが擦れる音で目を覚ますと、いい匂いが漂ってきて、思わずそれに頬を寄せてしまう、と同時に、センサーが傍に誰かいることを察知して、それに釣られてぐるりと視線を動かすと、左斜め上にスーツを着たマスターの姿が見えた。
「あ・・・
 お・・・お帰り・・・なさい」
どうやらあの後ぐっすりと休んでしまったらしく、そして今体に掛けられているのはマスターの掛け布団だ。
それが分かって、しかも起きて帰りを待ってなかったことに対して、申し訳無い気持ちで一杯になる。
何故なら昨日も一昨日も、ちゃんと起きて待っていたから、なんで・・・今日に限って・・・
とか、そんな、些細なことなのだけれど、それでもカイトにとっては大きなことだ。
そして、そんなカイトに対してが告げる。
「そのままでいいから、ゆっくりしてて」
と言って台所に足を向けたときに、その服から微かに漂ってきたのは、嗅ぎ慣れない異臭。
「マスター・・・なんだか、変な匂いがします」
この匂いに名前をつけるなら、一般的に言うならば、ガソリンの匂い。
でも、それも少し違うような、そんな気がカイトにはする。
初めて嗅ぐ匂いだから、それにこんなことは今までなかった出来事だから、少しだけ、興味を持った。
「マスターから、初めての匂いがします」
体を起こして、カイトが言う。
そして、それを簡単に
「だろうな」
と、肯定した。
「マスター?」
そんなカイトの問いかけに彼は答えずに、冷蔵庫を開けて買い置きしてあった缶珈琲を取り出して、そのままテーブルに歩いてくると、それをテーブルに置き、椅子に座って背もたれに体を預けて、そのまま天井を見上げて一息大きく息を吐いた。
そんなの様子を見てカイトが、彼は疲れて帰ってきているのだということにようやく気付き、慌ててソファから起き上がり、言った。
「あ・・・あの!マスター!ソファ、使ってください!」
「ん?」
頭を戻して自分を見る瞳の色が、いつもの偽物の黒い色でもなく、素の瞳を晒しているはずなのに、周りの色が反射していろいろな色が混ざって、少し濁って見える。
本当はすごく綺麗な薄い緑色をしているはずなのに、どうしてそんなに濁ってるんですか?マスター。
同じ碧色でも、ミクともリンともレンとも全く違う、薄い緑の、綺麗な色。
それなのに今、それが見えなくて、少し、怖い。
「マスター・・・あの・・・ソファ・・・使ってください」
「うん・・・」
勢いが随分消えた言葉に肯定を答えてくれたけれど、彼が動く気配はなくて、カイトは更に混乱する。
「マスター・・・」
「カイト。ごめん・・・少し、静かにしてて」
その声は、いつもと変わらない声だった。
なのに、こんなにも『変わった』マスターを見るのは初めてで、どうしてよいか、分からなくなる。
それにしても、『静かにして』
常の状態でお願いされたのは・・・初めてだ。
再びソファに座りなおしたけれど、しかし重苦しく暗い沈黙がその場に下りるのは避けられなかった。
こんな沈黙は、怖い。
まるでマスターじゃない人と一緒にいるみたいに、身体全体が強張ってくる。
ジッと椅子に座って下を向いて目を瞑ったまま動かないマスターが、まるで別人のようにも見えるから、怖い。
どうして?
彼は『マスター』なのに、なんでこんなにも違う?
ワカラナイ・・・
ワカラナイヨ・・・マスター・・・
やがて、顔を上げたに対して、明らかにカイトの身体が震えたのを目の当たりにして、少しだけの表情が柔らかくなって、言った。
「そんな怯えるなよ・・・」
と言うと、さっき出して置いた缶珈琲を開けて、一口、飲む。
「さっき漂ったモノの正体は、ケロシンの匂い。
 整備のチェックとブリーフィングを少しばかりやってきたから、それで付いたんだ」
と、カイトの顔を見ながら、が言う。
「ケ・・・ロシン?ブリーフィング?」
聞きなれない言葉が二つ、出てきた。
『整備』
・・・せいび
機器を調節したり、調子を整えたりすること。
これは、分かる。
僕たちも、同じように、調節されたり、調整されたりするから。
だけど、
『ブリーフィング』
・・・ぶりーふぃんぐ
該当、なし。
『ケロシン』
・・・けろしん
こちらも当然、該当、なし。
でも、さっきの匂いが、その『ケロシン』というモノの匂いか。
うん。
憶えた。
憶えたけれど、なんだか凄く、『イヤ』な匂いに感じましたよ?マスター
「でも、マスターは・・・一体何を整備して?」
僕達以外に何かを調節するものがあるの?
何を調整してるの?
何を触ってるの?
気に・・・なる。
気になるよ、マスター。
「さぁ、なんだろ。
 それは、明日の御楽しみ・・・ってことで。
 まぁ、精密機械っちゃ機械だけど、外側が頑丈だから、あんまり精密機械扱いされない代物・・・とだけ言っておく」
と言うと、シュルリとネクタイに手をかけて緩めると、
「それとカイト。
 お前に言っておくけど・・・
 明日のことは誰にも言わないって、約束する?」
なんて聞いてきたから、思わず
「は・・・ハイ!」
って、声が裏返るほど高い声で返事をしてしまって、恥ずかしくなって真っ赤になる。
そんなカイトの表情を見て、の顔に、笑顔が戻る。
「じゃ、明日早いから、今日はもう休んでいいよ。
 先に部屋で休んでて。
 シャワー浴びてから俺も寝るから」
と言うと、そのまま風呂場へと足を、向けた。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
うわぁ・・・なんちゅう分かれ目フラグなんだ・・・


以下、要反転
この連載にRの予定なんて,なかったハズなのに・・・
あってもなくても話が読めるように05,がんばります。
2008/05/02
管理人 芥屋 芥