「どうしたカイト。
 最近お前元気ないぞ?」
まぁ・・・元気がないのは、ここ一週間では『当たり前』になっているのだが・・・
しかし今日は一段とその元気の無さの割合がデカイ気がするとは感じたから、少しだけ踏み込んで聞いてみる。
こう言うときの思考回路は、ほぼ教師になってるな・・・と、は自分で自分のことを見てみるが、それでも、今はやめない。
「どうしたの?」
じっくりと話を聞く体勢にするために、完全に椅子を回転させて彼の座るベッドの方へ向ける。
下を向いたままのカイトは、しばらく黙ったままだった。
それを辛抱強く、彼が自分から顔を上げるのを待つ。
その時、急かしているような空気は相手をさらに追い詰めるから、なるべく穏やかな表情で、待つ。
今やってるの、急ぎの仕事・・・なんだけどなぁ・・・
心のどこかで苦笑するが、今は優先順位が逆だ。
この際、後回しだな。
と。
だが、五分経ってもカイトは顔を上げないから、やがては黙って椅子から立ち上がり、ベッドに座るカイトの前に立って、驚いたカイトが顔を上げる間もなくしゃがみ込むと、視線を下にもっていった。
「マ・・・マスター?」
驚いた彼が、小さな声で彼なりのの名前を呼ぶけれど、それには聞こえないふりをして、が口を開いた。
「今週ずっとなんだけど・・・さ。
 お前、俺に何か言いたいことあるんじゃないのか?」
その言葉に、カイトが更に下を向こうとうするのを、腕を伸ばしてが止める。
「マ・・・マスタ・・・」
クシャ・・・
指に絡まる髪の音が、静かにそこに響き、スルリとほとんど何の抵抗もなく、髪が指からほどけていく。
「言いたいことがあるなら、いつでもどうぞって言わなかったか?俺」
その言葉に、カイトの頭がコクリと頷くような、項垂れるような、よくわからない動きで返事を返して、ボソボソと何かを言う。
が、それをハッキリとは聞き取った。
「お前・・・それで遠慮してたの?」
が少し呆れた様子でその言葉に答えるが、当の彼の表情はなんだか泣きそうだ。
・・・一体何をそんなに怯えてんだ?
「お前さ・・・何でそこまで遠慮するようになったんだ?」
元々遠慮する奴ではあったけれど。
だけど、ここまで酷くなかった・・・
そこまで考えては一つの結論が見えてきた。
もしかして・・・コイツ・・・引きずってんのか?
と。
「お前・・・もしかして、俺が怒ってるって思ってる?」
どうやら図星だったらしく、途端に、体が揺れるほどに動揺が走った。
「お前なぁ・・・」
と、は呆れたようにカイトに言う。
「怒ってない、怒ってない。
 全く怒ってない。
 お前、遠慮するのにしても、その『仕方』間違ってるぞ」
そう言って、今度は右手よりも少し大きな左手で、カイトの前髪にさっきよりも器用に指を絡ませて少しだけ引っ張る。
「それに、気にしてないレンを少しは見習えよ?お兄ちゃん。
 で、お前は俺に何が言いたい?」
と、真っ直ぐ下から視線を合わせて聞いてくる。
レンの名前が出たとき、少しだけ顔が歪んだことについては、この際は見なかったことにしてカイトの言葉を待った。
そのことが伝わったのか察したのか、顔を少しだけ上げたカイトが、今度こそ思い切った様子で、言った。
「マスター・・・僕・・・海に・・・行きたい・・・です」
と。
「う・・・み?」
「はい。
 すごく、広いところだって、ネットで見てから、少し見てみたいなって・・・
 でもマスター・・・忙しそうだし・・・だから・・・」
「あーあー・・・分かったから。
 まぁ・・・最近忙しいのはホントだけど・・・でも、お前ら海に連れて行くと、潮で・・・ダメにならないか?」
その言葉を聞いたとき、カイトの表情が少しだけ傷ついたように暗くなる。
どうやら、潮の存在を忘れていたようで、そして、自分たちがそれに人よりも影響されやすいと、分かったからか。
塩分は、水よりも電流を通しやすい上に、錆びさせやすい。
そこを心配したがカイトに、とても言い難そうに、言う。
実際こんなところで人と、彼等ボーカロイドの違いが出てくるから、少しだけ居た堪れない気持ちになる。
普段は、全然感じない『差』なのにな・・・
でも、確かに最近は彼等に水仕事をやらせてない。
そんなことを考えながら、はカイトの言葉を待つ。
何を言いたいかくらいは、表情で大体分かるけど、でも、ここは彼の言葉を待つジッと、待つ。
「ですよね。
 マスター・・・
 無理を言って・・・ゴメンナサイ」
本当は行きたい・・・けれど、潮は、ダメだ。
謝るカイトに対して、の表情は少し、明るい。
どうして?
「マスター・・・何を・・・」
考えて?
の言葉は、彼の言葉によって遮られる。
「許可が下りれば、いけるかも」
と言い、
「え・・・?」
と言ったきり言葉が出ないほど驚いているカイトに対して、の表情はますます明るくなるばかり。
そして不安がるカイトに向かって、少しだけ安心させるように微笑むと、
「ただし、限定一人だけ・・・だけどな」
と、言った。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
海神と書いて『わだつみ』
2008/04/27
管理人 芥屋 芥