「大体この人は俺のものなの。だから勝手に触るんじゃない」
 その言葉、モトイ宣言が響いた後、かなり奇妙で居心地の悪い沈黙が部屋を支配した。
 誰も何も動かない、いや、動けなかった。
 そのあまりの衝撃的な宣言に、レンは元より彼等のマスターであるの表情は固まっていて微動だにしない。
 そして彼の後ろにいるカイトは、そんなマスターの様子にハッとした表情のまま動けないでいる。
 やがて、その衝撃? から立ち直ったが、後ろに立つ固まったままのカイトを見上げて、静かに言った。
「……カイト、お前それ、逆じゃない?」
Reunion
「……へ?」
 間の抜けたカイトの返答に、呆れた様子でが見上げると、そこにあったカイトの顔はキョトンとしていた。
 どうやら、今自分が言った言葉の意味に対し、本気で疑問を抱いていないように見えたのだ。
「だから、それ逆だよって言ったの。俺がお前のものじゃなくて、お前達が、俺のもの……だよカイト。だから、それは逆」
 あまり使いたくない言葉だが、それでもは言葉に乗せた。
「それともお前、本気でそう思ってるの?」
 に間近で見上げられてそう問われて、カイトの動きが止まった。
「あ……」
 どうやら自分がとんでも宣言をしたことに対して、さっきまで自覚がなかったようで
「あ、あの……マ、マスター、あの……その……」
 と、意味にならない言葉が顔を真っ赤にしたカイトの口から出る。
 それを見たが小さく静かにため息を吐いて言った。
「まぁ、分かったんならいいよ」
 と。
 そして未だ固まっているレンに顔を向けて
「さてレン。今日は皆電源から落としてるからそろそろ……」
 気を取り直すように膝の上に座るレンに対してが言うと、レンが少し俯いた。
「レン?」
「カイ兄ぃと、一緒に落として……」
「レン?」
「カイ兄ぃと、一緒に落としてよマスター」
 小さな声でレンが頼む。
 が、それには首を振って否定を示した。
「カイトは一週間前に落としたところだから、それは出来ないよ。レン」
 それは、定期的に行われる調整と調節。
 何故カイトだけが先なのかは、彼と彼等がここに来た時期がずれているから。
 パソコンで言うならば休止ではなく、シャットダウンする日。つまり、完全停止状態にしてのメンテナンス。
 勿論奥の方までは踏み込まないけれど、それでもソフト面での調節は、やはり必要だ。
「……大丈夫だよレン。寝ていれば終わるから」
 ようやくカイトが口を挟む。
「……カイ兄ぃ、は……マスターに変なことするなよ?」
「その台詞、そっくり返すよ。……レン」
「カイト」
 言葉の応酬になりかけるのをが止める。
 そしてレンに
「大丈夫だから。な?」
 と言うと、彼はレンの頭の上に手を乗せて、クシャとその髪を優しく掴んでその指に絡ませた。
 ここまでされて了解しないわけにはいかなくなったレンは
「……分かった」
 と渋々といった表情で了解の言葉を言う。
 と同時にが机の方へ少しだけ体を向けると腕を伸ばして、マウスを持った。



 ドサッ
 倒れてきたレンの体をが支えると、後ろにいたカイトが動いた。
「連れて行きます」
 そう言うと、レンの体をから引き剥がすようにして抱えて、そのまま部屋を出て行った。




 部屋を開けて、カイトは抱えていたレンを先に部屋で落ちていたリンの隣に降ろす。
 すると彼はすぐに彼女の方へと体を向ける。と同時にリンもまた、レンの方へと向き直る。
 その様子は、まるで鏡に映った彼等自身のよう。
 彼等の苗字そのものを表現しているようにしか見えなかった。
 そんな彼等に向けて、カイトが言う。
「お前にはリンがいるじゃないか。なのにマスターまで欲しいなんて、欲張りだよね」
 レンが何をしたかは、マスターに聞けばいい。
 膝に乗って迫っていた時点で大体想像は付くけれど。
 それでも聞くことができるかどうかは、さっきの発言が後を引いていなければきっと聞ける……はず。
 そんな決意と気弱な思いとを交差させながら、カイトは彼等の部屋を出ての部屋へと足を向けた。
 カチャカチャカチャ……
 戻ってきたカイトがドアを開けると、が真剣な表情で机に向かってキーボードを打っている。
 どうやらウィルス関係のソフトを走らせているようで、なんだか体がムズムズする。
「KAITO・MEIKO共に異常なし。良かったな」
 部屋に入ってきたカイトを振り向かず、が声をかける。
 今この瞬間に起動しているのは自分だけ。
「……はい」
 ねぇマスター。
 さっき、レンに何をされていたんですか。
 聞きたいけれど、やっぱり聞けない。
 ギシッ……
 と、足を投げ出してベッドに座ったカイトがの背中を見る。
 声を掛けたいけれど、さっきの自分の大きなかん違い発言が後を引いて掛けられない。
「あの、さ。その、黙ってジッと見られると気になるんだけど」
 え?
 その声に顔を上げて、既に振り返ってこっちを見ている彼の顔を今度は真っ直ぐに見る。
 テーブルライトで逆光になってハッキリとは見えなかったけど、その顔は少し悲しそうに歪んでいるようにカイトは感じた。
「マスター、その、さっきは、あんな事言って……ゴ……」
 ゴメンナサイ。
 その言葉を言えば、終わる。
 どうしたって僕は『人』にはなれないのだから、この人を『持つ』だとか、隣に立つだとか、そんな大それたこと考えられるはずもない。
 だけどあの言葉は、僕の本当の気持ち。
 本当は、誰にも触らせたくない。
 本当は、誰にも……
 だから,言葉にならない。
 本当は言いたくない。
 でも、言わないと……
 言わなければ。
「マ、マスター。その……」
 言わないと……
 でもイイタクナイ!
 そう。僕は、言いたくないんだ。
 と、少しだけ在るような気がする心に、このモヤモヤとしたこの気持ちに嘘をつきたくない。
 だから……
 俯くカイトに、声が掛る。
「カイト、顔上げて」
 自分を呼ぶ声がして顔を上げると、彼の腕がまるで差し出されるようにしてカイトに向けて伸びている。
「マスター?」
 意図が分からずに尋ねると、彼は黙ってその差し出した手を動かしてカイトを呼んだ。
 カイトは、さっきレンがしてたようにと言っても膝に乗れるほど彼は軽くないし背も低くない。それでも膝で立って彼の腰にすがるようにして腕を回す。
 マスターの体、暖かい。
 安心するように目を閉じると、その上から声が降ってきたと同時に、ポンと頭に手を置きながら
「さっきの言葉だけど、あれお前本気だったろ」
 と、がその言葉を紡ぐ。
 意味が分からずに顔を上げてカイトは
「え?」
 と言った。
「だから、さっきのお前の言葉。あれ本気で言っただろう? って、そう聞いたんだけど」
「マ、スタ……ー?」
 嘘だ。
 だってさっきは『本気で言ってるの?』って、そう聞いたじゃないか。
「な、んで、わか……」
 どうして分かるのか。
 そう聞くと、が小さく息を吐いた。
「あのねカイト。俺はお前よりも感情を隠すのが上手くて、常にアンテナ張ってないと見逃すような人間の相手もやってる訳。だから、お前が本気かそうでないかの判断も付けられないんじゃ、俺はこの仕事人として『終わってる』よ」
 そう言うと、首だけを机に向けてパソコンを少しだけ弄る。
 どうやらシステムを閉じたようだった。
「……ナサイ」
 ようやく言葉の半分だけを言う事ができた。
「うん」
「……ゴメンナサイ」
「うん」
 そう答えると、は優しく頭を撫でてくる。
 それに甘えるようにして更に言葉を続けようとした。
「ごめんなさ……」
 すると
「しつこい」
 と、少し怒った声が頭の上から届く。
「……ッ?!」
「返事は一回。だけどゴメンナサイも一回でいい。二回も三回も言わなくていい」
 そこで言葉を切ったの顔をカイトは見る。
「だから、それ以上言うな」
 そう言ったの顔は、少しだけ赤いように見えた。
「マスター、顔が赤いですよ?」
 そう問うと、少し困ったような表情になって
「謝られるのは、慣れてない」
 と言った。
 ダメだ。
 レンに触発されて、昔の記憶の蓋が少しだけ開いている。
 今は今だ。
 大丈夫。
 震えてる?
 頭に触れるの手が、微かに震えているのをカイトのセンサーは感じ取る。
「マスター?」
 覗くようにほんの少しだけ顔を近づけると、辛そうな彼の表情がよく見えた。
 瞳の色だけが、自分がここに来て初めて見た薄い緑色をしていて『日本人』っぽくないけれど、でもやはり何度見ても綺麗だと思う。
 そんな綺麗な瞳に周りの、主に自分(KAITO)の髪の色が反射して蒼が濃くなっている。
 マスターの虹彩は、周りの色に反射して色が変わる。
 これに気付いたのは、寝起きの彼の目を見たときだ。
 最初は驚いたけど、でもなんとなく納得していた自分がいた。
 この人なら、この色が似合っている、と。
 周りによって変化していくの瞳。
 だから、今は僕の色。
 薄い緑が少しだけ蒼へと変化しているのは、僕の髪の色に反射して僕の色に染まってる証。
 レンは気付かなかったようだけど、ずっと見ていた僕には分かる。
 僕の髪の色でしかこの色には変わらない。
 なら、やっぱりあなたは、僕のものでしょ?
アトガキ
VOCALOID レンから移行したカイト夢
う〜ん・・・・・・//
2008/03/28
加筆書式修正 2011/12/04
管理人 芥屋 芥