「マスター……」
 眠ってるマスターの頬に少しだけ唇を寄せる。
 気付かない。
 そのまま触れる。
 まだ、気付かない。

 ねぇマスター。
 オレさ。
 マスターのこと、本気だよ?
Reunion
 眠ってる彼の頬に顔を向ける。
 その耳元で、その名前を小さな声で言うと、一瞬の間、ほんの少しだけ体が熱くなる。
 なんで?
 分からない。
 ただ、なんとなく、この人を初めて見たとき、ただ、懐かしいと思った。
 なんでかは分からない。
『リンはさ。何も感じないの?』
 そう問うとリンは
『何が?』
 と、キョトンとした表情でそう返してきたから、多分、そう。
 多分そう感じているのはオレだけなんだって、そう思った。
「マスター……」
 そう彼の耳元で呟くように言うと、ゆっくりと彼の目が開いて間近でまともに視線が絡まって,そしてその目の色は、黒い色じゃなかった。
「レン? どうしたの?」
 寝起きで頭が働かないのか、ゆっくりと尋ねてくるマスターに
「目の色が、ヘンだよ? マスター」
 と言うと
「ん……?」
 なんて、ぼんやりとした声で答えてきたから
「だから。目の色がなんかヘンだよ? なんか、金色っぽい色……してる」
 と続けて言うと、マスターはベッドから立ち上がって部屋の棚のところに置かれてた小さな鏡の前に立って
「あー……コンタクトずれてんだな」
 と、まだ頭が働いていないような声で言って、そっと指で直す、かと思ってたのにそのままケースを探して、そこに、仕舞う。
「マスター?」
「ん?」
 呼びかけに答えて振り向いた彼の目の色にレンは驚く。
 薄い、緑色の目の色をしていた。
 しかしレンは、初めて見たはずの彼の瞳の色を、懐かしいと思った。


――ドウシテ?


 答えなんて出ない。
 ただ、懐かしいと。そう、思う。


――ナンデダヨ


 少しイラついた問いかけた声にCPUから返って来た答えは、『分からない』だった。
 そして、分からないまま声を掛けたから、次の言葉が続かない。
「なんか、簡単に仕舞うんだね。大事な物じゃないの? ソレ……」
 やっと出た言葉は、そんなある意味どうでもいい事だった。
 だけどマスターは答えてくれた。
「あぁ。うん。確かに大事は大事だけど、コレに度数は入ってないから」
 そう言うと、そのケースを机のいつもの場所に置く。
「度数が、入ってない? 伊達なの?」
 『伊達眼鏡』という言葉を、ネットで見たことがある。
 度数の入っていない眼鏡のこと。
 なら、マスターがしていることは……
「伊達コンタクト?」
 と言うと
「う〜ん。ちょっと違うけど、似たようなものかな」
 と答えて、そのまま椅子に座ってしまう。
 キュイ
 響いた、椅子がきしむ音。
 その音に顔を上げたレンが、ゆっくりと移動して彼のその膝の上にまたがるようにして乗った。
「レン?」
 近くで見たその瞳の色に、やはり見覚えがある。
 その目の色を、知っている。
「どうしたの? なんかヘンだよ? レン」
 不思議そうに見返してくるその目を、知ってる。
 分からないのに『覚えてる』
「レン? お前だいじょ・・・」
 の『大丈夫か?』の言葉はそこで途切れた。
 触れるだけの軽いキス。
 その瞬間に瞼の裏に見えた、身に覚えの無い記憶に少し。混乱する。
 だけど、ダメだ。
 止まれない。
「レッ……?!」
 名前を呼びかけた声をレンが奪う。
「……ッん」
 
 
 
 
「止めな……」
 と、の制止の言葉が言い終わる前に
「イヤだ」
 とレンが答える。
 
 
 
「レン!」
 部屋の中で、レンの名前を厳しい口調で呼ぶの声に反応したのは、リビングのソファで一その部屋が空くのを待っていたカイトだ。
「マスター?」
 
 
 
 
 
「マスター、ねぇ。キモチイイ?」
 とレンが聞く。
 しかしは,答えない。
 その代わり
「レン」
 と名前を呼ぶだけ。
 はレンに対して、『止めろ』とも、何とも言わない。
 ただ、ずっと辛そうな顔でレンのことを見ているだけ。
 そこにコンコンッと、誰かがドアの外からノックする音が響く。
「レン、時間……」
 時計を見てが言う。
「分かってる。でも、こういうの見せたらさ。カイ兄ぃはどんな顔するんだろうね」
 と言いつつレンは膝の上に乗って、の着ているシャツのボタンをゆっくりと外していく。
「レン、いい加減に……」
 いつもは冷静なの声が、僅かに熱を帯びているのをレンは気づいた。
 が、その時ドアが開いてそれは中断させられた。
 
 
 
 
 
 中から自分の名前が聞こえてきて、居ても立ってもいられなかった。
 レンは、一体何をしてるんだろ……?
 そう思って、中から返事が無かったけれど、カイトはいつものようにドアを開けた。
 
 
 
 
 
 
 マスターの膝の上にレンが乗っていて、マスターのシャツが少しだけはだけている。
 その光景が何を意味しているのか、理解するのに数秒掛った。
「レ……ン……は、……マスターに……何、を……?」
 自分でも、驚くほどに低い声が出る。
 へぇ。
 僕、こんなに低い声が出せたんだ……
 客観的に自分を見ている僕がそこに、居た。
 なんでだろうね。
 これは、怒り?
 
 
 
「なんでドア開けるの? マスターの許可貰ってないでしょ。カイ兄ぃは」
 そんなレンの声が響いた瞬間。カイトが静かに歩いてきたかと思うと彼はの後ろに回る。
 そして彼の背中を、椅子の背もたれごとレンから少しでも引き剥がすように腕を回してきた。
「カ、イト?」
 名前を呼んだの言葉は、この際思いっきり無視された。
「レンは、この人に何してるの?」
 の後ろから響くカイトの声が、恐ろしいまでに低い。
「何って。そんなの決まってんじゃん」
 体勢的に見て、やっていたことは一つだろう。
 ただ、が止めなかっただけで。
 何故止めなかったのか、はずっと考えている。
 喉元まで出かかっていたその言葉を、彼は必死に出そうとしていた。
 しかしその口から『止めろ』という言葉は、何故か出てくれなかった。
 まるで、何かがその言葉を出すのを押し止めているようにも感じて、ただ彼の名前を呼ぶくらいしか出来なかった。
――何故?
 自問をただ、繰り返す。
 今ごろになって、昔の記憶が巡り巡って戻ってきたから?
 違う。
 それは結果だ。
 キッカケは、もっと別のところにある。
 そう。
 あの時、倒れこんで来たあの瞬間、彼は笑っていなかったか?
 あの時、聞き取れないほど小さく紡がれたあの言葉は、己の名前ではなかったか?
 音声で人を判断する彼等が、自分のマスターを間違えるはずはない。
 ならばあの時、彼を置いていったのは……ッ!
 
 
 
 
 
 巡り巡って、今自分は彼の目の前に居る。
 だから拒否できなかった?
 だから……
「……ごめん、レン」
 その言葉で、カイトとレンの間にあった冷たい空気は一掃された。
「なんで、マスターが謝るの?」
「マスター?」
 不思議そうな声音で、同時に二人が聞く。
 二人、か。
 彼等を、機械とはどうしても見ることができない自分が、確かに居る。
 だがあの時のレンの姿は、どこをどう見ても『機械』そのものだった。
 何故リンとレンだけを置いていったのか。
 もし、彼等だけをあそこに置いて行ったのだとしたら、カイトやメイコ、それにミクは、果たして自分はどうしたのだろう。
 過去の出来事なのに、あの記憶だけが先のことのように思えて、なんだか……イヤだ。
「レン、ごめんね」
 スッと、自分の体に腕を回しているカイトの腕に手を乗せて放すようにとの意思を伝えると、スッとカイトの腕がそこから離れ、前にいるレンの背中に、今度はが腕を回した。
「ごめんな」
 
 
 あんな歌を歌わせて、自分に聞かせた。
 来ることが分かっていたから、自分はあの町に彼等を残したんだろうか。
 地図から消える町に、残した。
 そして歌を聞かせて……
 
 時のパラドックスに陥らされたような、不思議な感覚。
 確かに自分はここに居るのに……
「マスター? 自己完結しているところ悪いんですが、俺の気持ちはどこにぶつければいいんですか?」
 そんなカイトの声と共に、再び回された腕で意識と今に引き戻され、体は後ろにレンから再び遠ざかるように引っ張られる。
「カイ兄ぃさ、これくらい我慢したら?」
 レンが軽口を叩くが、それに対しての頭に顔を軽く乗せたカイトが、大真面目に宣言した。
 
 
 
 
「黙ってろレン。大体この人は俺のなの。だから勝手に触るんじゃない!」
 と。
アトガキ
VOCALOID 鏡音レン夢
レンって、公式で14歳ってあったので主人公と一回り違うので、どうしようか迷ったんですが。
フェ○で勘弁してください。限界でした!(>_<)
 
Reunion・・・巡り会う・巡り・・・とかの意味
 
あと、最後の「○○するんじゃない」の台詞は,某笑顔動画の『男女』っぽく言ってると思っていただければ幸いかと思います。
2011/10/15 加筆書式修正
2008/03/26
管理人 芥屋 芥