「アイスはまだかな?」
「ちゃんと 謳ったご褒美。あぁ、アイスはまだかな」

「アイスはまだかな? アイスっが欲しいな」
「いい 子っ に しってた ご褒美 あぁ、ダッツはまだかな」


……朝っぱらから何を謳っとんじゃオノレは。


 朝っぱらからノリノリなカイトの声には起こされ、布団の中から僅かに顔を覗かせて、恨めしそうな顔でそこに立っていたカイトを半目を開いて見上げている。
 昨日は余りにも遅く帰ってきたために、皆の相手をすることができなかったから早めにスリープ状態から起こしてやろうと考えていたところに、この朝っぱからビッグバンドジャズの名曲中の名曲『SING SING SING』の音楽に乗せた恐らく勝手に作っているのだろう歌詞に乗せてノリノリで、だが同時に頭の中で再生された伴奏とは合わない調子で歌っているカイトに起こされては不機嫌になっていく。
「ちゃんと拍の『裏』を取れ。それじゃただの促音だ。この馬鹿」
 心で思ったことが珍しく声に出た。そのことに『しまった』と思ったが既に遅かったらしく、しっかりとその声を聞き取ったカイトがこちらを向いていて笑顔で
「おはようございますマスター!」
 と言った。
sing song singing
「なぁメイコ。なんでカイトはあぁなったの」
 どうやらその歌詞が気に入ったらしいカイトは、ご飯作るからと言って台所に立っている間も何をするにしてもそのリズムラインを鼻歌で歌っていることにいい加減嫌気が差したのか、がダイニングテーブルの方に座って近くを通り過ぎたメイコに理由を聞いた。
「あぁ。昨日なんかネットで自分が沢山いるって言って、最前列で踊ってたのよ。それでね」
 と言って、昨日起こっていたことを教えてくれた。
 なるほど。と思って納得していると、ミクとリンが起きてきて『おはよう』と見事なハモリで挨拶すると、
「おはようミク、リン。あれ、レンは?」
 と聞いた。
「レンはまだスリープモードみたいです。昨日お兄ちゃんと一緒に行動してて疲れたみたいで」
 と、チラリと自分が休む部屋の方を見てリンが答える。そのとき台所の方からカイトが歌を止めて聞いてきた。
「マスター、珈琲はいつものブラックですか?」
 それに「うん」と答えようとしただが、少し思い直した様子で、
「少し砂糖入れて」
 と答えてカイトの朝食ができるのを待った。
 その間休んでいるかといえばそうでもない。「ワタシ手伝う!」と言ってカイトの手伝いをしだしたリンにリビングに置いてあるネットブックの電源を立ち上げて情報を見ているミクとメイコ。
 恐らくこの服がいいとか考えていて、フリーのものをダウンロードするつもりなのだろう。そんな中、が誰ともなしに口を開いた。
「あ、そうだ。昨日さ、時間取れなかったから今日一日歌う? なんか朝からカイトのテンション上がってて驚いたんだけど今日は『仕事明け』だから一日休みろヨテーらし」
 と欠伸をしながら誰ともなしに言うとカイトを手伝って出来た朝飯をテーブルに運んでいたリンが、真っ先に反応した。
「じゃ、さっきからカイト兄ぃが歌ってるアレ歌いたい!」
 と。
「リン、それはいいんだけど、あれ、リズム合ってないんだわ。だからアンマリ……」
 その言葉の続きを言いかけたを遮る形でカイトが台所から卵を焼きながら驚いた様子で言う。
「え、僕のリズム間違ってますか?」
 と。
「だから、布団ん中でも言ったろ。ちゃんと拍の『裏』を取らないとただの促音にしかならないって」
 と顔だけカイトに向けてそう言うと、リンに手を差し出すように求めた。そしてそんなマスターとカイトとリンのやり取りにネットブックを眺めていたミクとメイコが興味深そうにこちらを見ている。
「カイト、火止めろ。リン、一定速度で手を叩いてみて。テンポ120で」
 と指示を出すと、リンの手が叩かれる音がリビングに響く。
 それにしても、なんで朝っぱらからこんな『音楽の授業』よろしくな状況に? などと思いながらも、リンの手を叩くその合間に、は同じように手を叩いてみせた。
「リンが120一定で、俺がその逆の120で叩いてて俺の手のところが120の『裏』にあたる。まぁ分かりやすく言うと、常に八分音符を心がけろってことだな」
 と、手を止めたところにメイコが入ってきた。
「でも、それじゃ120を八分音符で、ということですか?」
 と。だがそれは首を振って違うことを示した。
「正しく言うと、八分音符で捉えろとはまた違う。所謂、『縦乗り』ってやつ。もっと分かりやすくいうなら、それぞれの音符の頭に64分の1休符かそれ以下の休符が入ってるようなもんだね。こればっかりはちょっと難しいかな」
 と言うと、全体的に沈んだような空気に包まれる。こういう『音符にない休符で乗る』というのは、自分たちには難しいことだから。
 そしてそんな空気を察してか、察しなかったのかレンが起きてきた。
「オハヨーマスター」
「おはようレン。昨日散々だったんだって?」
 と話はレンに流れていく。
 やがてが沈んでるカイトを呼んだ。
「まぁいいや。とりあえずカイト、飯!」




「さてと。とりあえず、ンダンダンダンダを覚えたほうがいいのか?」
 と全員で上の防音の効いた部屋に入ると、言ってさっきリンに言ったようにミクとメイコでそれぞれテンポ120でタイミングをずらして手を叩かせると、それに合わせてタイミングを取る。その際、
「俺がミクのタイミングでアクセントを入れるから良く聞いてろよ」
 といって簡単な楽譜を残る三人に渡すことも忘れない。
「じゃ、俺のタイミングで入るからミクとメイコは俺が止めろって言うまで手を叩いててね」
 そうやって、ジャズのタイミングの取り方は始まった。
 軽くギターを流し終えると、は部屋にあったスティックを人数分掛ける二本を取り出すとその部屋からはしばらくバチの叩く音だけが響いてきていた。いや、実際は防音の部屋なので外には響かなかったのだが。
 やがて
「分かった」
 と、最初にそう言ったのはメイコだった。
「分かった?」
 と聞いたにメイコが「ハイ」と答えるとその正解を彼に耳打ちて、何故カイトが『合ってない』と言われたのかを答えた。
「正解」
 の言葉をから貰うと、嬉しそうにしかし正解を全部与えるつもりはないのか、オープン会話では核心部分は避けたけれど。
「嬉しいです。それに確かにアレじゃカイトが合ってないです。うわぁ。凄いですマスター」
 としきりに感心した様子で言うと一抜けたとばかりに後は自分で手を叩いたり何なりして自己練習。
 そんなメイコに悔しいと思ったのか、カイトが情けない表情をしていたがそこはあえて皆スルーする。
 次にわかったと言ったのはミクとリン・レンが同時だった。
「はい! ワカリマシター」
「おぉ。ナルホド」
「……分かったぜ」
 と次々にマスターに耳打ちして正解を貰い抜けていく兄弟たちを尻目に、カイトは一人涙目だった。
「がんばって!」
 仲間からの励ましの声が痛いようで、一人懸命にバチ同士を叩くカイトに何を思ったのか、が言う。
「違う違う。二拍目にアクセントを持ってくるの。それだけでも随分違う」
 と言って、床に置かれたバチを取って実演してみた。
 途端カイトは「え、えぇ?」と驚いて混乱した様子にが『こりゃ時間掛るかも』と判断すると正解を出した優秀な生徒達に下で待つように言った。
「メイコ、悪いけど皆連れて下に行って待っててくれないか? カイトが出来たら呼ぶから」
 と言うとメイコが頷き返して
「じゃ、呼ばれるまで適当に何かして過ごしてますね」
 と答えて、兄弟たちと共に下のリビングに下りていった。



「違う。そうじゃない。ンカンカンカンカ、で。お前のは、カンカンカンカン。違い分かるか?」
 と言いつつ自分の発する『カ』の言葉と同時にバチを鳴らす。
「……はい」
 マンツーマンでの指導。ここまで来て分からない自分ではない。
 ですが、この人やはりスパルタです。タスケテ……メーチャン……
 だが晩成型というべきなのかなんなのか、理解しだすと早かった。あっと言う間に朝の間違に気付いたようで、カイトの表情は明るくなる。
「分かりましたマスター! 僕間違ってました。」
 そしてリビングで待っていた兄弟をが呼んでくると、朝カイトが部屋で歌っていたそのままの歌詞を全員で歌う羽目になったのだが喜んでいるのは一人だけだった。






「っアイっス っはまだかな? っアイッスッが欲しいな」」
「っちゃンっと ぅたったご褒美。あぁ、アイスはまだかな」
「っアイス っは(ま)だかな? っアイッスッが欲しいな」
「いい ッ子 に ッしッてた ご褒美 あぁ、ダッツはまだかな」








(誰よ! こんな歌詞考えたの!)
(いやぁぁぁぁ!)
(リクエストするんじゃなかった……)
(俺なんでこんな歌歌ってんだろう。カイ兄ぃ)
アトガキ
VOCALOID KAITOメインのオール夢
2010/01/27
管理人 芥屋 芥