「何やってんだよカイ兄ぃは・・・」
三人掛けのソファを独占して寝込む青い髪の兄に呆れたように声を掛けたのはレンだ。
その手には、メイコから渡された苦くて臭いアノ薬の瓶と水の入ったコップがあった。
ついでに言えば、レン以外、今この家には居ない。
出かける時にマスターの残した
『眠ってるから、静かにね』
の言葉に、メイコがネットの海で遊んでくるからと、連れ出したのだ。
確かにあのアイスを、途中で止めなかった自分が悪い。
業務用アイスの残り、約3kgを、一気に食べた自分が悪いのだが・・・
・・・うぅ"・・・せめて水なしで飲める『糖衣錠』にして下さい。マスター・・・
Take care of yourself
「効いてきた?」
レンが、聞いてくる。
「・・・うん。
 少し・・・楽」
モゾッと掛けられた布団の中で動いて、カイトが答える。
「カイ兄ぃさ・・・
 ちょっとは限度っていうものを知ったほうがいいよ?」
なんて、大人な意見をレンが言う。
うぅ・・・耳が・・・イタヒ・・・
「分かってる・・・」
「ならいいけど。
 じゃ、オレもネットで遊んでくるよ。
 マスターが帰ってくる前までには戻ってくるから」
そう言って、瓶と受け取ったコップをテーブルの上に置いて、レンがマスターの部屋へと足を向けるその後ろから、カイトが声を掛けた。
「レン。
 ・・・その・・・ありがとう」
と。
「別に、お礼なんていいよ。
 オレに頼んだのはマスターなんだから」
と、少し素直じゃない返事が返ってくる。
それでもカイトはお礼を言った。
「うん。
 でも、ありがとう」
と。
それに右手を上げて左右に振って
「じゃ、お大事に」
というと、今度こそ本当にマスターの部屋のドアを閉めた。
 
 
 
 
何か、音が聞こえる。
その音に引き寄せられるように、ゆっくりと意識がはっきりしていく。
やがて、この音の正体が何なのか、ハッキリと理解できた。
この音は、ギターの音だ。
でも・・・どこで鳴って・・・
それは、疑問にするには、あまりにも身近な場所。
・・・『二階』か・・・
そう思い、カイトはゆっくりとソファから起き上がって、階段をまだ少しフワフワした足取りで、上っていった。
 
 
 
 
「じゃ、曲はさっきのでいくから、適当に何か入れて。メイコ」
「はい」
名前を呼ばれたメイコが返事をし、がギターを抱え、そのボディをコンッコンッと軽く叩いてカウントを取る。
そこから鳴り響いたのは、情熱的な音。
『何か入れて』と言われた割には、メイコは最初の方のイントロの部分では何も入れない。
やがて、主旋律と共にメイコの情熱的な声が、入った。
 
マスターと、アイコンタクト・・・してる?
マイクも使わず部屋一杯に響くメイコの声に、の奏でるギターが重なって、情熱的なハーモニーを作っていく。
が主旋律を弾いたのは、最初だけ。
後はメイコに預けてしまい、自分は裏方に徹する音を奏でていく。
メイコの表の旋律と、の裏の旋律が時には離れ、時には近づき、そして絡まって重なって、一つの『曲』を奏でていく。
マスターを見るメイコの瞳は、情熱的で、まるで挑むようで、それを見返すの瞳は、冷静に受け流すようで、でもしっかりと受け止めている。
まるで・・・まるで・・・
 
 
ドアのところに座っていたレンが、その様子を見て思わず呟いた。
「スゲェ・・・」
と。
 
 
 
 
 
「カイト?起きてたの?」
ドア口に立つカイトに気付いたメイコが、俺の名前を呼ぶ。
その声に反応して、ドアの横に座っていたミクが立ち上がりドアを開けて、心配そうな表情で聞いた。
「お兄ちゃん。起きて大丈夫?」
「あ・・・うん。
 大丈夫」
本当は、まだ少しだけ辛かったけれど、妹に心配は・・・あまり、されたくないから、ここは少しだけ強がってみる。
「それよりも、皆、さっきまで何をやって・・・」
自分の体のことより、何より知りたいこと。
自分が眠っていた間に何があったのか。
そりゃ、確かに『個』がある以上、違った情報を持っていても別に・・・拘らないけど・・・でも・・・『歌』のことだけは・・・ちょっと・・・例外だから・・・
「さっきまで、選んでみた曲をそれぞれ歌ってたんだよ」
問いに答えたのは兄弟の誰でもなく、だった。
「え・・・らんでみた・・・曲?」
ミク達に向けていた顔を上げて、奥にいるメイコとマスターの方へと視線を向けると、さっきまであった、あの情熱的な空気はもうすっかり消えていて、そこにあったのは普段のマスターとメイコの姿。
「うん。
 しばらくは早く帰れるからって・・・あれ?言わなかったっけ?」
そう言えば、そんなことを言われたような気がする。
そのために確か、夜・・・色々なCDを聞いて・・・あ・・・あの時か!
 
 
 
「み・・・皆・・・歌ったの?」
ショックだ・・・
「うん。
 メイコ姉さんも、ミク姉ぇも、リンもソロで歌ったよ。当然オレも!」
答えたのはレンだけど、その言葉はグサグサ刺さる・・・よ・・・レン
だって、一番長くこの家にいるのに、俺は・・・まだ・・・ソロで一曲をフルで歌わせてもらってない・・・
「カイト用に選んだ曲もあるけど、今回は・・・保留」
無情にもそう言ったのマスターは、ギターをケースに入れて片付け始めている。
ヒドイ・・・
しかも、俺が寝込んだ日にするなんて・・・
あんまりだぁ!
そうは思えど、事態は好転しない。
「じゃ、先に下に降りて、ゆっくりしてて。
 今日は、皆、お疲れ様」
そう言ったマスターが、ギターケースの蓋を閉める。
そうだ。
マスターはこれからここを片付けるんだっけ。
「カイト?降りないの?」
三人が降りていく中、一番最後に残ったメイコが足を止めて俺に言ってくる。
「あ・・・うん。
 片付け、手伝うから・・・メイコは、ゆっくりしてていいよ」
その言葉に重なるようにして
「カイトもだよ」
そう言ったのは、
「え?」
「『カイトもだよ』って言ったの。
 体、まだ本調子じゃないのに無理すると、また倒れるよ」
そう言いつつ、その手はシールドを巻いていく。
シールドの端の金属の部分が、カタンカタンと床に当たって音が混じる。
金属がフローリングの床を滑る音が、そこに響く。
「でも・・・」
「だぁめ。
 メイコ。
 カイトと一緒に降りて、ゆっくりしてて。
 片付けは俺がするから」
そう言うと、本格的に片付けに入っていく。
「わかりました」
それにメイコが素直に答え、俺を連れて降りた。
 
 
 
 
「・・・楽しかったぁ・・・」
リンが、さっきの余韻を思い出しながら床に座ってレモンをかじる。
「たのしかったぁですぅ・・・」
と、半ば寝言のように呟くのは、ソファに座り、ネギを持ってメイコにもたれかかってる状態のミクだ。
レンはマスターの座るテーブルに近いところの床に座って半分眠った状態だけど、なんとか起きている。
俺はというと、そんなマスターの向かいの椅子に座って、ゆっくり・・・している。
でも、本当は・・・かなり・・・
「・・・ト
 カイト?聞いてる?」
「へ?」
気がつけば、リビングにいたのは僕と・・・マスターだけ・・・
「あれ?
 マスター・・・皆は?」
そう聞くと
「皆は、もう寝ちゃったよ。で、残ってるのは俺とお前だけ。
 俺もそろそろ寝るからって、さっきから話し掛けてるのに、お前全然反応しないし・・・」
そう言われて、慌てて入ってきた音声のチェックを掛ける。
そこにはさっきから・・・正確には二十秒前から、確かにの声が入っていた。
『カイト。そろそろ俺も寝るけ・・・ど・・・おーい・・・カイト?聞いてる?
 おーい、カイトォ?おーい、聞いてるかぁ?こらぁ・・・反応しろぉ』
と。
アトガキ
VOCALOID KAITOメインのオール夢
ちょっとレン要素が高くなってきた・・・か?
2008/03/14
管理人 芥屋 芥