マスターが酒を飲んだところ、初めて見た。
それほどまでにこの人は、今まで、棚の中にある大量の酒を僕に見せたことがなかったから。
それにしても、酒が冷却剤のクセに酒癖が悪いメイコと違って、この人、本当に酔っているのだろうか?
なんだかメイコに合わせて『酔っているフリ』をしているように、僕には見えるのですが・・・
ねぇマスター。
本当のところは、どうなのですか?
安らぎの存在音
「マスタァ・・・もう一杯・・・」
メイコが酒を求めるが、それをマスターが制した。
「ダーメ。
 ほら、もう休まないと・・・」
そう言ってマスターがメイコの腕を肩にかけようとすると、メイコが珍しく
「やぁだぁ」
と抵抗した。
珍しいこともあるんだな・・・
カイトはそう思って、を助けようと声をかける。
「マスター、メイコは僕が・・・」
その申し出を首を軽く振ることで断ったが、メイコに言った。
「メイコ、それ以上飲むと、パソの中で休むことになるけど、いいか?」
その一言で、彼女の抵抗は止まる。
凄いです、マスター・・・
流石にこの一言は、立場が同じ俺では言えない言葉だ。
逆に俺の方がパソコン送りなんてことも考えられる訳だから・・・
やはり、マスター専用の最強の言葉なのかもしれない。
抵抗が止まった彼女の腕を掴んで肩に乗せて軽々と背負うと、はそのまま立ち上がって、三人が寝ている部屋とは違う部屋へと連れて行く。
というより、この家一体いくつ部屋があるんだろう・・・?
そう思わせられる程に、この家は広くて、不思議だ。
カイトにそこで待つように言って、はメイコを部屋へと連れて行く。
肩口で彼女が
「マスタァ・・・この部屋は、専用?」
なんて聞いてきたから、
「暫定的処置だよ。明日部屋割り決めるまでのね」
と答え、そのまま彼女をベッドの上に体を置いてやると
「そっか」
とメイコが呟くように答え、さらに言葉を紡ぐ。
「マスター。私ね・・・マスターがマスターで良かったなぁって、思ってるんです」
と、メイコが言う。
「どうして?」
「だって、マスターって不思議な人ですから」
と、真意が見えない答え方をメイコがしたから、逆に困ったのはの方だった。
「メイコ・・・それはどういう・・・」
だが、彼女はそんなの言葉を遮るようにして言った。
「今日ね、ちょっとだけカイトに妬いたかなぁ
 だって、カイトは私達よりも一週間も早くマスターに出会えてる訳だし・・・」
その言葉に、の顔に苦笑が浮かぶ。
「メイコ、『KAITO』のメモリを見たね?」
「エヘへ
 だって『KAITO』へのアクセスは、私には簡単だもの」
「そうか」
そう言って、メイコの頭にポンッと手を乗せて、軽く髪の毛をクシャリと掴む。
それは、分かっていて言わなかったことへのメイコへのお礼と、もうやるんじゃないぞ?という注意も含んだ優しさだった。
あの車の中でカイトを慰めたときとは、また全然違う優しさ。
やがて手が離れて、がメイコに言う。
「もう寝なさい」
その言葉にメイコが素直に頷き、体をベッドへと横たえていく。
「おやすみなさい、マスター」
「おやすみ、メイコ」
やがてドアは開き、一瞬だけその間から光が漏れてやがて再び暗闇へと落ちていくと同時に、メイコの意識も落ちていった。
 
 
 
 
カチャカチャ・・・
という食器の擦れ合う音と、水の流れる音がリビングから聞こえてくる。
「ありがとう、カイト」
と、流しに立つカイトに向かってが言うと、キュ・・・という音をさせてカイトが蛇口をひねり水が止まった。
「終わりました」
そう言うと、濡れた手をタオルで拭いている。
「じゃ、そろそろ俺達も寝るか。あー・・・お前が昨日まで使ってた部屋はチビ達が使ってるから・・・どうする?」
そう言って、リビング側から腕を台に乗せて聞いてきた。
「他の部屋で・・・」
『構いません』の言葉は、によって遮られる。
「その、他の部屋にはベッドがないの」
さて困った・・・
と頭を掻きながら一人ごちる
やがて、顔を上げると
「一緒に寝るか」
と、とんでもないことを言った。
「マ・・・マスター?」
「だって、お前ん時に俺がソファで眠れたのは、代わりの掛け布団があったからだし。
 その代わりの布団も、今はない。
 となると、残る俺の部屋のベッドは一つ、ここに居るのは二人。
 なら、結論はこれしかないだろ?」
そう言って、マスターは自分の部屋へを足を向けた。
マ・・・マスター・・・
その申し出は、すごく、すごく嬉しいです。
嬉しいんですけど・・・ちょっと、いや、かなり、後が怖いです。
特にメイコは簡単に『俺』にアクセスできるんですよ?
こんなメモリが残っていたら、後で何言われるか!
「そ・・・それなら僕、パソコンの中に戻ります」
キッチンから出てきて、慌てて言ってみた。
すると
「いいよ。
 大丈夫だから」
そう言って、手を引かれた。
「マスター?」
「大丈夫」
念を押されて、結局折れた。
 
 
「じゃ、おやすみ」
と、半分眠そうにが欠伸をしながらベッドの中へと入り、そして横になった。
ヘッドセットとマフラーを机の上に置かせてもらって振り返ると、既には布団の中から頭だけが出ているような、そんな状態だった。
「マスター?」
呼びかけてみるが返事はなく、モゾ・・・という布団の中で微かに彼の身体が動く音が響くだけ。
全ての音が『音楽』となって聞こえる僕たちだから、こんな微かな音も聞き逃さない。
ましてや、『マスター』の出す音なら尚更聞き逃すはずが無い。
コートをクローゼットに掛けさせてもらって(マスターが寝る前にそう言ったから)、そのままベッドへと足を向ける。
ポフ・・・
腰掛けたときに返ってきた布団の音はとても優しくて、しばらく残響に浸っていたいと思わせられる程の・・・
その時だった。
フワリとした、暖かな感情が流れてきたのは。
この感情・・・『MEIKO』?
どうして『MEIKO』が?
今まで『MEIKO』が俺にメモリを開いたことなんてないハズなのに・・・
そりゃ確かに、彼女が俺に簡単にアクセスできるように俺も彼女にアクセスできるけど、でも俺からやったことは一度もなく、いつも遣られっ放し。
でもそれはテスト段階の時から、『私がしっかりしなくちゃ』という重圧にも似た彼女の強い責任感を、遠いどこかで感じていたから。
『ごめん、メイちゃん・・・』
ゼロとイチだけの電子の世界で、そんなことを思いながら、俺は生まれてきたから。
いいからあんたはそこで寝なさい
メイコが、メモリの奥で呟く。
ありがとう
そう応えると、微かに彼女が笑った気がした。
良かった。
 
 
 
布団の中は、既に暖かかった。
暖かい。
でも暖かすぎると逆にアイスが食べたくなってしまうから、ほどほどにしないと・・・
などと考えている間に、カイトの意識は落ちていった。
まさか、翌朝、とんでもないことになっているとは、露ほどにも考えないで・・・
アトガキ
VOCALOID KAITOメインのオール夢
まだまだ続くよ!
2008/02/02
管理人 芥屋 芥