マスター・・・
そういうの、スパルタっていうんです。
ちょっと、想像つかなかった。
まさかマスターがこんなにスパルタだったなんて・・・
ちょっとだけ、ほんの少しだけですが、なんだか、ボク、逃げ出したいです。
Severe but Happy!
「休憩!」
そう言ってがギターをスタンドに置いて、思いっきり腕を伸ばし伸びをした後、椅子の上で今度はグルグルと上半身をネジって
「あぁ”・・・疲れたぁ!」
と言うと立ち上がって今度は首をグルリと回す。
二時間位、ビッシリと詰め込まれた。
情報回路がおかしくなるんじゃないか? と、そう思えるほどに。
でも、そんなボクでもマスターが疲れているなら、と思い提案してみた。
「良かったら、何か作りましょうか?」
そう発音するカイトの声は、二時間前と比べて随分と滑らかになっていた。
「いいよ。
 それよりも、充電はまだ保つの?」
提案したカイトの言葉に断りを入れ、が質問を返す。
「ちょっと、厳しいかもしれません」
あまりの詰め込みすぎで、バッテリー消費が半端無い。
しかも詰め込んだ影響で、中の回路も許容範囲ギリギリまで温度が上がっている。
そう思ったとたん、急にアレが食べたくなってしまった。
「マスター・・・あの・・・アイスはありますか?」
というカイトの質問には、階段を下りて行こうとした足を止めて彼を振り返った。
「アイ・・・ス?」
「はい。ボクはアイスが大好きで・・・体の冷却も兼ねているんです」
そう言うと、何かを思い出すように天井を見上げて
「確か、冷凍庫に一個だけあった気がするけど・・・まぁいいや。とりあえず、下に移ろう」
そう言って、とカイトは階段を下りる。
それにしても、ここはマンションなのに、どうして『二階』があるのだろう?
そんな疑問が浮かんだが、直ぐに冷凍庫に入っているというアイスのことで頭が一杯になる。
アイス・アイス・アイスクーム
「これでいい?」
渡されたアイスに手を伸ばして、カップの蓋をあけてスプーンですくって食べる。
充電しながら食べるアイスクリームは、また格別の味をしている。
しかもそれが歌った後のアイスだから、また一段と美味しく感じる。
バニラだぁぁ

「嬉しそうに食べるんだな」
コーヒーを入れているが対面タイプの台所から、コーヒーとラーメンにお湯を入れながらカイトにそう言う。
すると
「はい!」
と、カイトは自分でもびっくりするくらいの声量と笑顔で答えてしまったから、すぐに驚きの表情になった。
よほど、『歌』とその後のアイスが嬉しかったらしい。
「・・・そっか。
 しかし、あれだけ声を出してまだそれくらいの声量が出るなら、もう少し練習詰める?」
そう言って、がコーヒーの入ったカップを持って、ソファの上に座り充電しているカイトに歩きながら聞いた。
「え?」
カイトは固まる。
流石にあれ以上詰め込まれたら、回路がパンクしてしまいそうだ。
「冗談だよ」
カタンという音をさせて、マスターがテーブルの方の椅子に座って感想を洩らした。
「でも歌ってるとき、いい表情してたよ」
そう言うの表情もまた、二階にいるときとは全然違う、優しい顔だったから、ついつい
「あ・・・ありがとうございます」
照れてしまう。
「さてと、俺もカップラーメン食ったら、ちょっとだけ休んで・・・十四時から再開な」
そう言うと、再度ラーメンを取りに台所へと向かい、また戻ってきて、今度はラーメンを食べ始めた。
 
 
 
 
 
「マ・・・マスター・・・?」
時間を過ぎてもマスターが部屋から出てこないから、少し気になってカイトはドアを開けてみた。
ドアを開けて飛び込んでくるデスクのところにはの姿はなく、一歩・二歩と恐る恐る入っていくカイトはベッドの上に彼の姿を発見した。
「眠ってる」
ど・・・どうしよう。
このまま寝かせた方がいいんだろうか。
それとも・・・
カイトは迷った。
昨日ボクはここで眠らせてもらった。
じゃぁマスターは一体どこで寝たんだろう?
もしかして、眠ってないんじゃ?
あぁ・・・どうして昨日・・・
どうしよう・・・
謝らないと・・・
後で気付いても遅かった。
現にマスターは・・・
「顔真っ赤だけど、大丈夫?」
「・・・え?」
「あー・・・時間過ぎてたんだな。
 ちょっとウトウトするだけだったんだけど、し過ぎだ」
時計を確認すると、ベッドから体を起こして、腕を上にあげて伸びる。
「さて、再開するか」
そう言って立ち上がって、ドアの方へと足を向けたところにカイトが言った。
「あ・・・あの・・・マスターは、昨日・・・どこで寝たんですか?」
答えを聞くのが、少しだけ怖い。
もしも眠ってないって言われたら・・・
「ん?さっき君が充電してたソファの上だけど?何、もしかして眠ってないって思ってた?」
「・・・はい」
小さく答えたカイトに、小さくがため息を吐く。
「あのねカイト。
 俺は君一人にベッドを占領されたからといって動じるような、そんなヤワな人間じゃないから心配すんな」
そう言って安心させるようにして笑うと、思いついたように
「そうだ。
 このまま練習再開するか、それとも、ちょっと気分転換に買い物でも行くか、どっちがいい?」
と聞いてきた。
「・・・それは・・・マスターの好きに・・・」
「カイトが決めて」
「え?」
「嘘だよ。
 買い物に行こう。丁度アイスも切れたし、今晩の俺の飯もそろそろ無いし」
そう言うとはクローゼットからジャケットを出して、それを羽織った。
 
 
 
 
「あ!ボーカロイド連れてる!」
いつも寄るスーパーにカイトと一緒に入ると、親と一緒に買い物に来ていた子供達が一斉に自分達に向かってそんなことを言ってきた。
「しかも『KAITO』だし」
兄ちゃん、もう『KAITO』なんて古いよ?」
と、近所の子供達が口々に言う。
そんな子供達の容赦の無い言葉が、彼の表情を暗くしていく。
「こらこら」
「今はやっぱり『ミク』とか『リン・レン』だよ!」
「はいはい」
そう答えたところで、レジの方から彼の母親の声が聞こえたから、
「ほら、ママが呼んでるぞ?」
と言って、促す。
「じゃーねー」
そう言って、子供がそれぞれの母親のところへ戻るのを見届けてから、後ろに立つ彼に向かって小さく
「車に戻るまでは頑張れる?」
と聞くと、小さく首を縦に振ってカイトは答えた。
 
 
 
 
バタンッ
買う予定だった物の半分も買わずに切り上げて、さっさと車に戻ってきた。
流石に、長々できるような状況じゃないだろう?
がそう判断したのが尤もな理由だが、それ以上に、泣きそうになりながらも、なんとか笑顔でいようとするカイトをが見ていられなかったというのもある。
よほど子供達の言葉が刺さったようで、レジに並んでるときから既にカイトの表情は泣きそうになっていた。
「我慢しなくていいよ」
そうが言ったのがキッカケか、どうかは分からない。
一粒の小さな水が、目から流れ出る。
「乗らないの?」
強い春風吹きさらす駐車場で、カイトは助手席のドアの前でそれに手を掛けようともせずに、涙を流しながら突っ立っているだけだった。
「カ・・・」
名前を呼ぼうとしたら、先にカイトがこう言った。
「ボクは古いから、マスターはボクを削除しますよね・・・」
と。
・・・ハァ?
この時ばかりは、は自分がとても驚いた表情をしているとハッキリと自覚した。
「ちょ・・・待てって。
 なんで勝手に決めてんの?」
「さっき子供達が言っていた『ミク』や『リン・レン』は、本当に最新だから・・・
 ボクは、もう・・・数年前のエンジンしか・・・」
それを言うならメイコも同じだけど、彼女はとても強いし、それにボク以上に歌が上手いから、マスター達に好かれているって・・・
そこまで考えて、カイトはそこから走り出した。
まるで逃げるようにして。
今日の午前中がとても楽しかったから。
昨日の今日で、消されたくない。
もう・・・消されたくないんだ!
飽きたら、パソコンから消える存在。
それが『プログラム』。
僕たちが生まれた理由そのものが、ソコから消えてしまう。
まだ歌いたいと思っていても、マスターの意思一つで『無かったこと』にされてしまう。
スパルタだとか、ちょっと逃げたいとか、そんなことは本当はどうでもいいんだ。
あの二時間は、本当に楽しかった。
楽しかったんだ!
マスターのギターの上に、ボクの声が乗る。
それがとても心地よかった。
『そこ発音弱い!後、もうちょっと気持ち込めて!』
声が飛ぶ。
『まだ伸びるだろう?最初からやり直し』
何度やっても上手くいかない。
『テンポ50で入ってみようか』
いくらなんでも息が切れそうです。
たった二時間。
だけど、とても充実していて、楽しかった。
「カイト!逃げるな!!」
後ろからマスターの声が届く。
聞き間違えるはずが無い。
それでも、足は止まらない。
「あのな・・・お前、何勘違いしてるのか知らないけど、『KAITO』が初代のボーカロイドだったなんて、朝一で調べて、こちとらとっくに知ってんだ。
 その上で今日お前と一緒に演奏したんだから、それじゃダメなのか!」
「・・・ッ!」
グイッと手首を掴まれる。
「ったく、こんな子供みたいな設定だなんてどこにも書いてなかったけどな。『お兄ちゃん』」
そう。
ボクは『00-02』
初代ボーカロイド『00』、メイコの双子の弟としてこの世に生まれてきた。
「知ってたのなら・・・どうして?」
「自分で選んだことに対して理由付けが必要か?」
だって、ボクは・・・
「何遠慮してるのか知らないけど、あんまりビクビクしてると、本当にパソコンから抜くぞ?」
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
まだまだ続く・・・
2008/01/28
管理人 芥屋 芥