目の前でマスターが困惑している。
 僕はその前で、ただただオロオロするばかり。
 マスターを困らせてしまった。
 僕は、悪いボーカロイドだ。


 ごめんなさい。


 小さく呟いたその声は、届かないと思っていた。
 でもそれは、確かに届いていらしい。
Soundless Voice
「説明書もないし、こんなのどうしろってんだよ」
頭を抱えてが再度椅子に座って、ベッドに座るカイトと名乗った青年を見ながら呟く。
「カイトって言ったっけ。
 とりあえず、君・・・えっと・・・君は一体何者で、このディスクとどんな関係がある?」
彼の絵が描かれているCD-ROMと見比べながらが問うと、
「ボクハボーカロイドトイッテ、ウタウタメニツクラレタアンドロイドデス」
とカイトは答えたが、舌足らずな発音、しかも強弱も抑揚も何もない声で、しかも表情がこれまたぎこちない笑顔で言うものだから、その姿は少し無気味だ。
「ちょ・・・っちょっと待て、待て待て。
 ってことは、君は歌うロボットということか?」
「・・・ハイ」
一瞬遅れてカイトが答える。
ロボットという言葉がの口から出たとき、ほんの少しだがカイトの表情が曇ったのを彼は見逃さない。
だが今それを置いて、は次に進んだ。
「じゃ、カイト。
 君はまず言葉の発音をしっかりしないと・・・そうするには、一体どうすればいいんだ?」
がカイトに聞く。
もし、彼が本当にこのディスクから出てきたボーカロイドという存在なら、まず役割と意味を与えないと・・・
歌うために作られたと、カイトは言った。
なら、まずこの抑揚のない声と発音をどうにかしないと始まらなさそうだ。
は現実的な答えを出したが、このディスクに付随していたであろう説明書がなければ流石にどうしようもない。
ならば彼に直接聞いた方が早い。
そう判断して聞いたのだが、
「でも今日は諦めて明日にしよう。時間も時間だし」
と言って、続きは明日にやることにした。
上の階に行けば確かに完全防音の部屋があるにはあるが、流石にこんな草木も眠る丑三つ時に音を鳴らすほど常識外れな行動はできないし、それにこんな時間に演奏なんかしたら、確実に機材の上で寝ることになりそうだったから。
幸い明日は日曜だし、残している仕事も今のところはないし、珍しく予定が入っていない。
そこまで考えて彼に言うが椅子から立ち上がると、その動きに合わせて視線がくっ付いてきた。
そんなに見られると、ちょっと照れるんだけどな・・・
そんなことを考えながらもの足はそのまま部屋を出て行こうとする。
「今日はもうそこで寝ていい・・・」
そこまで言って、言葉が止まった。
彼の腕が伸びて、のジャージをほんの僅かに引っ張っていたから。
がそこに視線をやると、カイトが慌ててジャージから手を放すと同時に俯いてしまったから、彼は足を止め、再びベッドに座るカイトの前に立ち、聞いた。
「どうした?」
しばらく沈黙が降りる。
ハヤクナニヲカイワナクテハ・・・
やがての、ため息とも言える空気の流れを感じたカイトは彼がこのままこの部屋を出て行くものだと判断した。
マスターヲ、オコラセテシマッタ
ハヤクボクガコタエナイカラ・・・アキレラレテシマッタ・・・
そう思い更に下を向くカイトが次に感じた感触は、頭に何か暖かいものが触れている感触だったことに驚いたカイトが顔を上げるとその真正面にあったのは、真っ青な瞳だった。
一瞬、カイトの中の情報処理が追いつかなくなる。
・・・ドウシテ?
サッキマデウスイミドリイロヲシテイタノニ?
が膝を折り、カイトの顔を真っ直ぐに見る。
初めて間近で見たマスターの顔は、とても優しかった。
それにその目の色はとても青くて、真っ直ぐ見ていると本当に引き込まれそうで、カイトは少し怖くなって俯いてしまう。
「カイトは悪くないよ。
 さっき俺が困ってたのは、カイトに対してじゃないから。
 だから大丈夫。な?」
そう言って、安心させるようにフワリと笑う。
それすら自分が彼にそうさせているように感じて、小さく、本当に小さくカイトが呟く。
「・・・」
「ん?何?」
キキトッタ?
イマノツブヤキヲ?
コノヒト・・・イッタイ・・・?
でもそんな驚きは心の中に仕舞って、今度はハッキリと聞き取れるように
「ゴメンナサイ」
と、さっき呟いた言葉を言った。
でも、その言葉を聞くと目の前のマスターが少し悲しそうな表情をして
「なんで君が謝るのか分からないけど、こんな時間だし、もう寝よう。
 それとも、一人じゃ寝られないとか?」
その質問には、小さく首を振って答えた。
「ここ使っていいから、後は大丈夫だね?」
この質問にも、首を小さく下に動かして答える。
コンナヘンジヲシテイテハ、ダメナノニ・・・
そう自分を責めているカイトに対し、立ち上がった
「いい子だ」
と言って、髪の毛を少しだけクシャっと優しく弄る。
何気ない仕草だったが、カイトの顔を上げさせることにはどうやら成功したらしい。
「やっと顔上げたな。おやすみ、カイト」
ゆっくりと離れていく手を視線が追いかける。
もう少し、触れられていたいと、そう思ったから。
だが、無情にもはそれに気付かず、足をドアの方へと向けて歩いていく。
ナニカヲイワナイト・・・
そう思ったが、出てきたのはありきたりな言葉だけだった。
「オヤスミナサイ」
ドアが閉まる寸前に呟かれた言葉は、果たして届いていたのかどうかは分からない。
けれど、少しだけ振り返ったマスターの顔は、ほんの少しだけ笑顔だったように思う。
「イイヒトダッタラ ウレシイナ」
希望を声に出してみて、そのままベッドの中へと転がるようにして倒れ込む。
掛け布団に顔を埋めて、目を閉じる。
マスターの匂いがする・・・
 
 
 
 
 
ガチャと別のドアを開けて、そこにある予備のベットから掛け布団だけを取り出してリビングにあるソファへと運んだ後電気を消した後も、の目は冴え渡っていた。
「雛鳥の『すり込み』か・・・さて、どうしたモンかね」
そう呟いてみるが、何がどう変わるものではなく・・・
冴えてしまった頭をなんとか鎮めるためにそこから立ち上がり、台所でホットミルクを作る。
牛乳を弱火で温め、カップに移し、飲む。
それほど熱くもなく、かといって冷たくもない丁度良い温度の牛乳はすんなりとの喉を通り、やがて気持ちが落ち着いた彼はまだほんのり暖かいカップを流しに置いて、再びソファに戻り眠りについた。
 
 
 
 
 
「おはよう」
目が覚めると、そこにあったのはマスターの顔。
でも、昨日入ってきた情報と一点だけ合致しない場所があることに、カイトはすぐに気がついた。
アレ?
メノイロガ・・・ヘンダ
そう思ったが今度は早く返事を返さないとと思い、急いで
「オハヨウゴザイマス」
と言うとマスターは
「おはよう。体の調子どう?えっと・・・ご飯は何がいい?」
そう聞いてきたから、
「デンキデ ボクハウゴクノデ デンゲンガアレバイイデス」
と答えると、
「そか。じゃぁ、適当なプラグから取っちゃっていいよ」
と言った次の言葉に、カイトは驚いた。
「今日は上で歌うから、充電が一杯になったら上がっておいで」
ウタウ?
ウタエルノデスカ?マスター
充電を準備する手を止めて、一瞬前の言葉が反芻すると同時に疑問がわいた。
上に上がるとは、一体なんだろう?と。
「ハイ
 デモ ウエニアガルトハ?」
そう聞いたカイトにが答える。
「リビングを見たら分かるよ。
 それとも、動けるなら上で充電するか?」
ウタエル。
ソレダケデモ ボクハシアワセダ
「ハイ」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべるカイトに、思いがけずは息を呑んだ。
アンドロイドだって?コレが?
直ぐにそうとだは素直に信じられないくらいに、その笑顔は自然だったからは驚いたが、なんとかそれを隠して
「とりあえず、上に行こう」
と彼に言って二人して部屋を出て、リビングの階段を上がるとそこにあったのは、広いフロアに防音の部屋。
いわゆる、本格的ともいえる『スタジオ』だった。
アトガキ
VOCALOID KAITO夢
まだまだ続くよ
2008/01/26
管理人 芥屋 芥