……歌うために、僕はここにいる。
歌うために、僕は創られた。
歌うために僕は生まれた。
歌を……歌を下さい。
マスター……
Please song for...
それは、一枚のCDを何気に拾ったのが始まりだった。
学校の廃棄処分の不燃ゴミの中にあった、何の変哲もない真っ白なプラスチックケース。
それに何か引っ掛かるものを感じた青年が、処分品として業者に納入している作業着姿の男に聞いた。
「これ、頂いちゃっていいですか?」
と一応確認のため聞くと、男は作業を中断させずに答えた。
「あぁいいよ。この箱に入ってるのは卒業生の違反没収品ばっかだからな」
そこで言葉を切ると、青年に向き直って
「それに、本人にも親御さんにも処分の許可取ってあるって連絡はもらってるよ」
と言って、業者に箱を次々と渡していく。
こんなに違反品があったのか、と青年は半ば感心した。 やがて、CDが入っている箱に男の手が伸びてきたから慌てて
「それじゃもらいます」
と言って箱からそれを抜き取り、バックの中に入れて青年は家へと帰っていった。
家に帰り、パソコンの前に座って昼にもらってきた白いパッケージを開ける。
とそこには、何かのキャラクターの絵が描かれたCDが一枚入っていた。
その表面には、大きくデフォルメされた青年と少年の間辺りの男の絵。
そして描かれている文字はこれまたデフォルメされた『KAITO』の文字。
「カイト?」
てっきり普通のCDかと思っていたのに、形は同じでもこれはCD-ROMだ。
しかも恐らくだが、何かのアプリケーションソフト。
青年は一瞬考えて、机の上にあったパソコンを起動させる。
「もしウィルスとかだったら、生徒の成績全部吹っ飛ぶな。コリャ」
などと、バックアップを取っていることは棚に上げて面白そうにそう呟く。
そしてソレは、彼のパソコンの中へとインストールされていった。
音楽が聞こえる。
主旋律は、ピアノ?
だと思うけど、違う。
CPUに流れている主旋律は確かにピアノだけれど、違うところからも音が聞こえる。
これは……外部?
外部から、ギターの音が聞こえる。
こちら(パソコン)で流れている主旋律を壊さないような、控えめなギターの音が響く。
心地よい、裏の旋律。
『作られた存在』とは言え同じ音楽をしているから、今彼が生み出している音がどれくらい上手か、分かる。
やがてCPUの中の歌手が歌いだす。
どうやらジャンルはジャズの、有名なシャンソンの歌だったようだ。
と、繋がっているインターネットから勝手に情報を取り出して確認する、
この歌、歌いたいな。
そう思っても、マスターがアイコンを押してくれないと僕は起動できない。
だから待つ。
でもパソコンと生音が奏でる『音』が、余りにも綺麗だったから……
音が混じる。
不協和音だったソレはやがて合いだし、強弱がついていった。
人の発する「あ」という音の連続だったが、確かにソレは歌だった。
やがてギターの手を止めると、ソレもピタリと止まる。
CDは相変わらずパソコンから流れているが、今のは……一体?
不思議に思い、ギターを置いて机の上に置いてあるパソコンを青年が見る。
どこも異常があるようには思えない、さっきと変わらない画面。
CPUも、CD-ROMの情報を読み込んだあとは静かなものだった。
動いているのはCDと、メモリーの部分だけ。
ならば、先ほどの人の声らしき音はどこから鳴っていた?
不思議に思った男が、今日入れたばかりのソフトのことを思い出し、アイコンにカーソルを持っていった。
あ……起動、するかもしれない。
あんな音を出す人が僕の『マスター』になるなんて涙が出そうだ。
この中じゃ、水分は禁物なのに……
うっすらとした影が部屋の中を移動する。
パソコンが置いてある部屋に置いてあるベッドのところへ、影はゆっくりと移動していく。
やがてその影は、ある一つの形へと変化していった。
青い髪に、その髪と同じ系統の青のラインの入った白を基調とした服がはっきりと見える。
やがてその体から、青く長いものが伸びる。
それは首に長いマフラーをし、白い服を着た男の姿へと変化していった。
唯一機械的とも見えるのは、その耳につけられたマイクだろうか。
起動ボタンが押された。
そして次に聞こえてきたのはこの人の声だった。
その時『僕』の意識は完全に起動し、この人が今自分の『マスター』であることが仮認識された
創られた存在である『僕』を、前のマスターは最後に拒絶した。
『やっぱ俺、お前に頼らず自分の力でバンドやるから……ゴメン』
マスターガソウイウナラ シカタガナイ
ステラレテモ シカタガナイ
それに、前のマスターの記憶があるのは今この時だけ。
今はこの人が、僕の新しいマスター
認識が完全に完了すれば、前のマスターのことは消えてしまう。
僕を捨てたマスター
でも、一緒にいて、とても楽しかった。
思い出は消える。
この人の登録が終われば、昔のことは消えてしまう。
おかしい。
水分は厳禁なハズなのに、なぜか流れようとする。
やがてゆっくりと、僕は彼に手を伸ばす。
その手が彼に触れるか触れないかのところで、彼が目を覚ました。
「そこに居るのは誰だ?」
――オンセイニンシキ カンリョウシマシタ――
「えっと……これは……どういうことだ?」
いきなり現れた、青い髪と白地に青のラインの入ったコートを着、更に青いマフラーを身に付けている青年をベッドに座らせた。
で、部屋の主たるは、椅子に座って机に腕を乗せ、頬杖をついている。
その顔はいつになく真剣、というよりも困惑が先にきている表情をしていた。
――頭と胃が同時に痛くなってきた
そんなことを思いながら、青年は彼に質問している。
誰かの気配がして目が覚めると、真っ先に視界に飛び込んできたのが青だったから驚いた。
『青!?』
と思わず叫んでしまったくらい、その衝撃は大きかったらしい。
やがて落ち着きを取り戻し、今に至るのだが……
その会話が全くもって要領を得ないことに頭が痛い思いがする。
「だから、僕はあなたをマスターと認識……」
先ほどから似たような質問をしているのだが、返ってくる言葉はその一点張り。
しかも声の抑揚も音の強弱もなにもない、機械的で無機質な声で話すその青年の言葉を信じるなら、彼はを『マスター』=主人と認識したというのだ。
マスター?
ちょっと待てぇ!
「ストップ!」
慌てて止める。
自分の言葉が止められたことを不思議に思ったのか青い髪の青年は少し首をかしげたが、言葉を発するのを止めた。
そんな彼をマジマジと観察して、は気づいた。
コイツのこの格好って……まさか?
「君、名前……あー……俺は。聞く限りは先に名乗っとかないとな」
そう言って椅子から立ち上がり、彼の前へと足を進める。
「君の名前、教えて」
彼の視線が自分から外れない。
まるで子供みたいにジッと見つめてくる彼に、少し居心地の悪さを覚えたがそれでも何とか耐える。
しばらくそのまま沈黙が降りる。
そしてゆっくりと彼が口を開いた。
「カイト」
アトガキ