しばらく抵抗も忘れて、ただ、頭が真っ白になった。
 
どうしようかと思った。
衝撃で、体に命令がいかない。
ただは、壊れた人形のように呆然と上にいる男を見上げるだけだ。
レンズ越しの世界
「お前は、死んだ俺の父親の愛人の息子。俺様にとっては腹違いの弟だ」
言葉がなかった。
急激な変化に、頭が追いつかない。
シュルッという音がして、自分の手が上に持ち上げられていることすら、の感覚にはなかった。
自分の腕が自由にならないということが分かったのは、どれくらい経ったあとなのだろうか。
ギシっという音がして、自分の腕が縛られていることに気付いたときには、時既に遅しの状態だった。
「ちょ・・・ちょい待ち!な・・・なにす・・・ん」
キスされている、と気付いたときには、唇が離れていた。
「俺がお前になにしようと、お前はなにもできねぇよ。」




カチン・・・ときた。
「お前、ふざけるのも大概にしやがれ。大体俺、お前の名前知らないし、いきなり兄って、急に言われても困るって」
いきなりそんなこと言われたって、困るものは困る。
大体、会ったのだってだだの偶然だ。
じゃぁ、次に再開したら実はその失礼ヤロウは己の兄だった。
んな、小説にもならねぇ話、誰が信じる?
「っち。しょうがねぇ。名乗ってやるよ。俺様の名前は跡部景吾。聞いたことくらいあるだろ?」



・・・
 ・・・・・・?
はっきり言おう。
「知らねぇな、そんなヤツ。」


そう言うと、目の前の「跡部景吾」の顔が変わった。
「なんだと?お前ホントに知らねぇのか?跡部財閥だぞ?」
「だから!知らねぇっつってんの!大体あんたの世界って、俺にとっちゃ向こう側の世界なんだから、お前なんか知らねぇよ!」
「テメェ!俺たちのどこが『向こう側』だって?」
あ・・・
こいつ、なんか勘違いしてるのが何となく分かった。
『向こう側』って聞いて、もしかして・・・
「お前等の世界はな、たまに俺がファインダー越しに見る世界なんだよ。だから俺にとってはリアル(現実)じゃねぇの!分かったか!」
一瞬の隙をついてヤツの下から逃れると、とにかくそこから出て行った。
そこから逃走劇が始まった。
昔から追いかけっこやかくれんぼに関して負けた記憶がない俺は、兎に角監視カメラの位置・映している範囲を想定して廊下・部屋の裏・・・と逃げ回った。
多分あちこちにカメラが設置されている。
元来たルートを逆に辿ればいいなんて、そんな考えは甘い。
裏口だってひっくり返せば出入り口。
来るとき犬が少し吼えていたから、飼ってることを想定する。
昔、少しだけ色々な場合の戦術について、Wingのマスターから聞かされたことがある。
それを思い出して、兎に角逃げた。
相手はプロじゃなさそうだ。
そりゃな。
日本でプロの尾行者(チェイサー)なんか滅多にいないだろう。
 
 
 
トラップしかけるのは止めよう。
いくらなんでも相手が可哀想だ。
下手したらこちらが訴えられかねないし、捕まる。
新田原目前にしてそれだけは勘弁だった。
 
 
 
さて。
上手い具合に逃げ切れたようだ。
今俺は家路の途中なのだけど、先回りされていることを想定してるので、道順は変えてある。
着くのはキット明日の朝だな・・・
なけなしの金で自販機で珈琲を買う。
それを飲みながら、家周辺の地図を鳥瞰図で思い出す。
確か神社があったハズだ。
今日の宿はそこだな。・・・決定
 
 
 
 
 
「疲れた〜」
神主に事情を説明して、一晩だけ泊めてもらうことに成功した。
それにしても、跡部財閥ねぇ・・・
なんかもう、どうでもいいやって思うわけ。
俺には俺の人生があるし、きっとこれからもそれは変わらない。
大体俺が氷帝学園に入学したのだって、確か無理矢理だったような気がする。
俺は「金がないのによくあんなところに入れたなぁ!」ってよく母親に言ったもんだ。
確かそのとき、テニス部が全国行くとか行かないとかで何か言ってた気がするけれど、んなこと全然まるっきり興味なかったから全く知らない。
兎に角あの世界は、今アルバイトでたまに覗くファインダーの向こう側にある世界だったんだ。
俺には関係ない。
俺のフィールドは、轟音と喧騒と強烈な風が吹き付ける世界なんだから。
 
 
 
 
「さてと。明日は気合いれて撮るぞ」
築城にあるF-1の最終年。
それもあるが、同じくT-2の最終年でもある。
特別塗装が来るか、ノーマルで来るか。
それによってエプロン側にいくかどうかも決まる。
ネットで検索したところ、どうやら周辺の情報じゃ特別塗装が着ているようだ。
こりゃ会場側に行ったほうがいいかもしれない。
南が使えなくなる来年(2006年)今年は存分に撮るべきだろう。
心落ち着かせ、ベスト!と思える写真が撮れますように。
と、写真の神に祈ってみる。
「へぇ。鹿児島行きか」
な・・・なんでコイツ、こんなとこに居やがる?
「俺様の情報網を甘く見るな。テメェなんかよりよっぽど網があるんだぜ?」
帝王然とした姿に、周りが引いていく。
こいつには、万人を従わせるという何かがあるようだった。
「あんたのやってることはストーカーそのままだぜ?」
「フン。兄が弟の行動を見ていて悪いのか?」
そういやこいつ、初めて会ったときキスしてきたんだっけ。
思い出すのもいやだから・・・今の今まで忘れてた。
 
電車が入ってきた。
乗り込んでしまえばあとは勝手に運んでくれる。
三時間掛らずに大阪に着いて、山陽新幹線に切り替わる。
そして博多から特急「つばめ」に乗り換えて、熊本の八代までそれで下る。
八代から鹿児島までは、また新幹線だ。
鹿児島に着いた頃には夜になっていた。
 
 
 
おまけに今年は余計なヤツまでついてきた。
なるべく気に掛けまいとしたところで、気にならないといえば嘘になる。
しかも俺が立つたびに「どこに行く」と聞いてくる。
最後にはもういい加減ウゼェって思った。
「さて、ついたはいいが、これからどうするつもりだ?」
「兎に角宮崎方面に出ないと。」
そう言うと、跡部景吾は
「じゃ、レンタカーだな」と言って、ホントに車を借りてきた。
正直、余計なお世話だ。
ここからバスで・・・っていう、俺のルート確保が滅茶苦茶になる。
「誰が借りて来いって言ったよ!俺はちゃんとルートを確保・・・」
「俺の金だ。ガタガタ言うな」
ちょっと不機嫌そうな感じ。
渋々乗り込んでとりあえず十号線を宮崎方面に向かって車を走らせる。
「慣れてやがるな」
助手席に座った跡部が言う。
「そりゃね。何回か車でこっちに来てますから。」
と言っても志布志から船で来ることがほとんどだったけど。
それでもこの鹿児島市内やその周辺を何度か車で走ったことがあるのは確かだった。
「高速、乗らないのか?」
しばらく走って、また跡部が口を開く。
「都城で乗る。それまでは下だ。どうせ明日の三時くらいにまでにつければいいから、途中の隼人や国分で飯食えばいいよ」
 
 
 
 
「どう?そっちの天気。晴れてる?」
近くの食堂でご飯を食べた。
周りには県外の車が少し多いような気がするし、案の定電話で
「そうそう。明日晴れるかなぁ」といった声が聞こえてきた。
 
 
 
 
「大体出るのは三時だな。それまで車で寝る。おやすみ」
そう言って先に店を出てしまった。
「ホントはここでレンタカー借りる予定だったんだ。ここの上にある空港までバスで来て・・・っていう予定立ててたんだけどね。あんたが勝手に動くから予定全部パーだ。」
それだけは言わせて貰う。
立てた予定を、最初にぶち壊されるのはあまり気分の良いものじゃない。
跡部はあやまらなかった。
ま、こいつは謝るなんてことは絶対にしなさそうだからな。
期待してないけど。
 
 
 
 
「あんたさ・・・ここの寒さナメテただろう」
正直に言おう。
鹿児島は寒い。
最初俺も来た時びっくりした。
それも半端な寒さじゃない。
そりゃ、北陸とか真に雪国の寒さなどに比べると、「暖かい」そうだが、それでも寒い。
風が冷たいのに加えて、霧島から吹き降ろしの風といったら・・・
耳が凍る。
「フン」
そう言って平気そうにしているが、寒がってるのを俺は見逃したかったけど・・・
「ほらよ」
そう言って、予備の毛布を渡してやる。
東京駅で、散々「なぜそんなに荷物が多い?」と聞かれたが、今になって身に染みたようだ。
航空祭は、ただ行って、飛行機見るだけじゃない。
一種の強行軍なんだ。
重たい五キロ以上あるレンズ担いで、カメラ・防寒対策用品・無線機・他いろいろなものを持っていかなくちゃならない。
はっきりって、こんなこと、好きじゃなきゃ逃げ出す。
結局、お礼も言わず、黙って跡部は毛布を受け取った。
こんな礼儀知らずなやつが俺の兄?だと思うと、正直ゾッとする。
何にって。
こんなヤツと同じ血が俺にもあるんだと思うとって意味だ。
アトガキ
痛い話しから一転。逃げ出し,東京駅で捕まった主人公。相手は跡部様〜でした。
で,一緒に新田原行ってしまいましたね。
さてさて・・・どうなることやら・・・
って,管理人の趣味丸出しです,これ。
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥