榊先生の憂さ晴らしの方法とは?
「まさか、一回戦敗退とはな‥」
氷帝戦が終わった後、の携帯が鳴った。
『今日、迎えに行く。9時からは空けておけ』
一方的に電話の相手は、用件だけを伝えて来た。
そして、反論の余地無く切れたのだ。
8時を少し過ぎたくらいに、鳴り出した携帯に出る。
「予定が変わった、今から行く」
そしてしばらく経って鳴った、玄関のチャイム。
内心(なんで分かった?)と思いながらも、出る。
「様。ご主人様がお待ちです。」
言われては焦った。
誰だ?
「あ、あのもしかして」
「さっさと来い。服はそのままでいい。」
彼はそこにいた。
しかも、を上から下まで見ながらあきれた様に・・・
「さ・・・榊先生・・・」
車の中で、はとても居心地が悪そうにしている。
「まったく、予定が入ってる時くらい準備したらどうなんだ?」
と、さっきから榊の説教が止まないからだ。
そして、着いたのは‥‥‥
には、ただ『高級』としか映らない店。
いかにも慣れた風で店員に指示を出している榊。
その間もはただボーゼンとしているしか出来なかった。
そして終わったのだろう。
店員がの方に来た。
(なんで、オレんとこに来る?)
なんて呑気にしていると、いきなり腕を掴まれて奥に連れて行かれた。
女性だが、凄い力だった。
「な‥‥‥??!」
大声で叫ぼうかとも思ったが、ここはビルそのものが店なのだ。
ま、女性に対して強く言えないのも関係しているのだが‥‥
それに、こんな高級なところで叫ぼうモノなら、後で榊先生に何を言われるか分かったモノじゃない!!
そういう自制心と、防護心とが働いて結局は大人しくしていることにした。
(しかし、なんでこの店員さん‥‥こんなにニヤニヤしてるんだ?)
そして、連れて行かれたのは奥の部屋。
そこでは、まな板の鯉になった。
「じゃ、この服でいいかな?」とその店員さんが言って、
そこにいたスタッフの人たちが頷いた。
そして‥‥
いきなり「目をつむってて下さい」と言われ、目を瞑ると。
イスに座らされた。
そして、髪を整えられた。
(軽く切られたかも‥)
そう思っていると、次は「この服を着てください」と言われて渡された服に、もの凄く不安を覚えた。
だって、こんなの。
凄く良いヤツなんじゃないのか?
「あ‥あの。オレはこんなの着れないんですけど‥」
「着方‥ですか?」
「はぁ。それは多分大丈夫なんですけど‥‥」
そこで店員さんは察してくれたらしく、笑顔で言った。
「大丈夫です。安心してください」
言って出ていってしまった。
鏡を見たとき、は、
(コ‥コレは‥‥‥オレか?)
と、本気で思った。
「ずい分時間がかかったんだな。」
また、車での移動だ。
「一体、オレをどうしようっていうんですか?」
「ま、来てみればわかるさ」
(また、はぐらかす。全く、この人の意地の悪さは変わってないな。ホント)
そして、着いたのは‥‥‥一軒のバーだった。
そこは落ち着いてて、なんとなく、
(気に入るかも)と思った。
席に着くなり、
「リクエストだ。『レフトアローン』を」
と、リクエストした。
「なんで‥また?」
「そう言う気分だ」
なる程ね。
「氷帝が‥‥‥一回戦で負けるなんて、思って無かったですよ」
「それを言うなら、お前が青学で先生をやっていることの方が驚きだ。」
「ご注文は?」
と、絶妙のタイミングで聞いてくるマスター。
「オリジナルの銀河を。お前は?」
「う〜ん、そうですね。マスターに任せます」
「今日のお前の態度を見て思ったんだが、テニスから本当に離れてしまったんだな。」
確認するように榊先生が言った。
「・・・そうですね。でも、テニスのない生活もまた、ずい分面白いですけど。」
「そうか。」
「ところで、自分を呼んだ理由は?」
「ま、この店にいればわかる」
と、また榊先生ははぐらかした。
そして、なにやら始まったようだ。
おもむろに奥にいた人がピアノに座った。
マスターがBGMの音量を下げた。
そして始まったピアノのソロ。
うるさくなく、程良い感じだった。
「たまには、こうするのもいいですね」
「そうだろ?」
ゆっくりと時間が過ぎる。
久々にゆっくりした時間だ。
「。お前は本当に後悔してないのか?」
「‥はい。コレでいいんです。」
断言した。
「まったく、昼行灯だな。お前は」
「そうですね。あ、マスター。リクエストいいですか?」
もうピアノは終わっていたから、今度はが言った。
「『四月の思い出』を。」
それを聞いたマスターは
「何か、やり残したことでも?」
言いながら、レコードを出している。
「まぁ、初心に還って。ですかね?」
ゆっくりと過ごす時間。
その日の忙しさを忘れてしまう。
そんな夜だった。
アトガキ
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥