空へ
「どうして飛行機の技術者になったの?」
5、6年程前、母にそう聞いた覚えがある。
彼女を亡くしたショックで何も出来なかったオレに、元気を与えようと母も考えたのだろう。
どこかの空軍基地で、飛行実験か何かで連れて行ってもらったときだった。
ユーロファイター、タイフーン
後に、そんな名前が決定するその試作機は、力強い音と共に上空へあっという間に飛び去ってしまった。
オレはとんでもない音に圧倒されて、動けなかったのを覚えてる。



それ以前のヨーロッパは、西や東の情報を手に入れようとスパイやら、秘密警察が暗躍した時代でもあった。
それから逃げるように、一度父の故郷である日本に来た。
ま、それで居着いてしまったワケだけど。
兎に角、その機体は一度ドイツの影響で計画中止にまで追い込まれた。
ロシアが崩壊して、東西のバランスが崩れたから。
ヨーロッパの東側は次々に資本主義に変わり、その最大の象徴であったベルリンの壁が民衆の手で壊されたのが1989年。
そして、それがユーロファイターの運命を決めた。
計画が再開されたのは1992年。



「何も変わらないのなら凍結すること無かったにね。」
って、母はぼやいてたけど。
「名前が変わるんでしょ?」というオレの言葉に、「空力的には何も変わらないから、同じよ。」 と少しうれしそうに言っていた。
その後母はドイツに渡り、設計局の一員となって働いている。
父は父で飛行機の操縦者だ。
ちなみにオレも、これは生徒には内緒だけど飛行機を操縦する免許を持っている。
父が、母とどういう風に知り合ったかは分からないけれど、オレの一家はつくづく飛行機に関係してるんだと思わされる。
彼女と出会ったのも、考えてみれば空が縁で出会ったようなものだったから。
実際オレも彼女も空が好きだから、それは仕方ないのかも知れない。



彼女の命日が近づいている。
だけどオレがそっちに行くのは、もう少しだけ待ってくれるかい?

「先生、おはよう。」
今日も、生徒達が挨拶してくる。
オレも「おはよう。」と返す。
空は、繋がってる。
今日も一日がんばるから。
まだ、あなたのところには行けない。



いつか自分の中で踏ん切りがついたら、そのときは操縦桿を握ろうと思う。

・・・あなたの夢だった先生をがんばってるから。
今はそれで我慢して。
今日もオレは、空を眺めながら生きる。
途中で止めることはできない。
だからこそ、あなたには隣に居て欲しかった。
もう、あなたが居なくなって6年が経つよ。



それでも出会えて、良かったと思う。
願うなら、もう一度空へ・・・
あなたが愛した、あの青く澄んだ空に、もう一度・・・
アトガキ
先生が,テニスその他一切を放棄して,教職に進んだ本当の理由です。
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥