は黙って試合を見ていた。
青学の生徒達と話すこともなく、ただ後ろから試合を見ていた。
そして・・・
立ち上がり不二たちがいるフェンスに移動した。
最初に、その存在に気付いたのは不二だった。
気配を感じさせるときと、全く感じさせないときを使い分けることができる
「先生。」
普段は見せない厳しい表情。
無表情と言ってもいいかもしれない、その顔。
振り返って自分を見てる不二に気付いたのか、その存在感が増した。
途端、周りの部員も気付き始める。
「彼は・・・乗らないね。この試合。」
そう一言言ってフェンスに腕をかけて試合を見ていた。
不思議に思った大石が思わず
「先生?」
と声を掛けた。
「『乗らない』とは?」
乾が疑問に思ったことを口にした。
「跡部が時間を費やして手塚を攻め急がそうとしてる。ことに対して・・・手塚は乗らないだろうって言ったのさ」
「それ・・・どういうことにゃ」
菊丸の質問にはは明確な答えはせず、ただ「見てればわかるよ。」とだけ言って試合を見ていた。
先生として、そして元部長として出来ること
「青学の部長としての勝利を選んだんだ。」
ラリーの応酬が続く。
もう30分は打ち合いをしてるだろうか。
そんな中、はおもむろに腕を上げると一瞬目を閉じてその手を耳に持っていった。
そして何かを掻きだすように動かして・・・素早くそれをポケットにしまってしまう。
その動作が一体何を表すのか、部員達には分からなかったが・・・
「昼行灯・・・名前返上ですか?先生。」
その動作の『意味』が分かったのは、どうやら過去を知っているというより調べた乾だけだった。
「返上?誰が?」
大人の余裕で乾に返す。
「『耳栓』を外すとき、先生は本気になる。違いますか?昼行灯・・・先生」
「俺の事なんかより、今は手塚を見るほうが先だろ?違うかい、乾。」
その間にも、頭に響く音が・・・耳障りなくらい響いてる。
普通の人間には聞こえない音が。
ボールが宙を切るときにでる風切り音。
試合のときでも滅多に外さなかった『散音機』
その・・・『聞こえすぎる耳』が拾う・・・音
 
 
 
そして・・・後一球と迫って手塚が腕を上げたとき・・・
「この試合・・・やはり負けだ。」と
小さく・・・本当に小さくは呟いた。
 
 
 
ざわめく部員たちや、止めに入っているレギュラーたちの喧騒の中で、誰かが歩く音を拾ったは、その誰かを探してキョロキョロとしていた。
振り返った彼に、その目線が合いそして彼らの無事を確認する。
『なんじゃ。耳栓外しとるのか。集中してない今じゃ10分が限界だろう。付けといたほうが無難だぞ。』という、呆れの言葉付きだったが・・・
河村がおもむろに学園旗を持ち上げ、叫び、手塚が振り返ったとき、一瞬と視線が絡む。
が小さく頷くと、手塚も小さく礼をした。
それが全てだった。
手塚の肩のこと、最初にラリーしたときに見抜いていた
だが、あえて何も言わずにいたこと。
そして、それは手塚にも伝わっていたこと。
部長にしか伝わらない思い。
全てを承知でコートに立つ手塚を、は止めない。
その覚悟を、彼もしてきたのだから。
 
 
 
「お前・・・止めなかったね。」
「先生は・・・止められました?」
暗に『俺は止めませんよ?』という意味を込めて聞きかえす。
耳栓をしたの耳には、先程のような頭が痛くなるほどの音は入ってこない。
一息ついて、
「正直私でも止めたかどうか分からん。かといって手塚の肩をあのままにしとくわけにもいかんだろ。」
「ですね。」
そこで会話が途切れた。
「この際だ。に頼むか。」
いきなり出た名前に驚いたのはだった。
“迷医”先輩・・・ですな?」
なんだか、名医の名が違う気がするのは気のせいとして・・・
「まぁ。あの人ならなんとかしてくれるハズです。おそらく、ですけど。」
「そうとなれば、大学病院の手配、父兄の許可・・・いろいろやるこがあるから、私は今日が終われば一度学校に帰る。、お前は手塚の腕のケアと説明を頼む。」
「了解(ダ・コール)」
と、フランス語で言ったに、「日本語を話せ。」と竜崎先生が頭を小突くのは毎度のこと。
 
試合後、病院からの帰り車の中。
「・・・というわけなんだ。どうかなって思って提案してるんだけどね。」
表情が暗い。
もし、失敗すれば一生肩がダメになるくらい彼も分かってる。
「治る確率はないわけじゃない。それに賭けるか・・・このままゆっくり治療するか。」
辛いが、事実だ。
は現実を突きつけている。
まだ、人生15年(自分だって25年だ)しか生きてない少年に。
「ゆっくり治した場合は当然何年も掛るわけだから・・・」
そこまで言って、手塚が一言。
「受けます」
短く言った。
「・・・分かった。竜崎先生が色々と動いてくれているから、連絡は入れておくよ。」
そう答えるやるしかには出来ない。
車内には、重い沈黙が流れた。
「あらあら。わざわざすみません。国光を送ってくださって。」
「いえいえ。病院の帰りですから。」
「良かったらどうぞ上がっていってください。丁度結夕ご飯の支度が出来ましたの。」
嬉しい申し入れだったが、急いで帰らなければ、先約に申し訳ない、というか・・・
まぁ、小言がうるさいだけなんだがね、あの人は。
と思いながら、
「今日はすみませんがこれから少しやらなければならないことも残っておりますので・・・」
といって辞退させてもらった。

「10分だけでも上がっていってくれませんか?」
予想外の申し入れだった。
まさか、手塚からの申し入れがあるとは予想してなかったからである。
まぁ・・・10分ならと了解したに、どこかホッとした風な手塚。
部屋に」と案内されて、まず驚いたのは自分の部屋とは違い、すっきりしていることだった。
ドアが閉まる。
どこか居心地悪そうに立つの後ろから声が掛った。
「どうぞ、座ってください。」


続く?
アトガキ
続きは裏行きです
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥