うわさの人
噂が、流れていた。
あの人、先生がテニスをやっていたって、そんな噂。
どこから流れたのかは分からなかった。
けど、やっぱり何処からともなく流れてくる噂だった。
「いい加減テニス部に顔を出せ。噂が流れておるぞ、お前」
再三言っても聞かないに、半分呆れた顔で言う竜崎先生。
だけど
「知ってますよ。でも・・・テニス部に顔出すために教員になったわけじゃないって、何度も言ってるはずなんですが」
と、困ったような顔で言うのはだ。
知っていても、知らぬ顔を通すに、何もいえなくなるのだ。
昔からそうだった。
その強情ぶりは。だが、性格が少々複雑なところも重なって変な状況でその芯が折れたりもする。
 
 
「やっぱり、そうかなのかな・・・」
と、部室で言うのは大石だった。
「屋上で会ったとき左手、異様に大きかったかっすから、テニスしてたのって聞いたんすけどね。ハッキリ答えてくれなかったんすよ」
というのは越前だ。
これじゃ、俺にまで疑惑の目で見られるのは必至だよ。
だって不二は俺が、兄ちゃんの昔を知ってるって知ってるし・・・
「ねぇ、英二は知ってるんでしょ?」
ほらきた!
「あ・・・う・・・ううん」
否定した俺に対してすぐに乾が反論する。
「そんなことはないはずだよ、英二。何故なら君の一番上のお兄さんはここの先輩で、先生とは同期のハズだからね。何か知ってるんじゃないかな。」
う”・・・なんでそんなことまで調べてるの、乾?
手塚・大石・乾・不二・河村、それに越前の視線が一気に俺に集中する。
なんでこうなるんだよぉ、と泣きそうになりながら本当のことを言うしかなかった。
「う・・・うん・・・そうだよ。先生は、テニスしてたよ。それもすごく上手くて・・・格好いいんだ」
最後の言葉は余計だったかもと思ったけれど、出た言葉は引っ込められない。
「へぇ、英二見たことあるんだ。」
「一度見てみたいな。」
「だ・・・だめだって!」
口々に言う皆に対して叫んだ俺に、また視線が集まる。
白けた空気が、部室を充満する。
視線が痛い・・・どうしよう・・・
しばらくして、
「どうして?」
と、素朴な疑問を不二が言う。
「だ・・・だって、先生はもう、多分ラケット握らないから。」
「握らないって?」
「どうしてそういうこと、英二知ってるの?」
「そ・・・それは・・・」
困った。
でも言っていいのかなぁって迷う。
だって内緒だよ?って・・・
こんなこと、兄ちゃんの心の部分なんて俺が言ったって分かったらきっと、いや確実に俺嫌われる。
そんなのは嫌だ。
でも・・・不二怖いよ。
その時だった。
ガチャ
と部室の扉が開いたのは話の中心となっていた・・・兄ちゃん。
 
 
 
「あ・・・ごめん。邪魔だったかな。」
雰囲気を察して兄ちゃんが言う。
その時俺と視線が合った。
助けて・・・
その思いが通じたのか、手を振って俺を呼んだ。
「菊丸、ちょっと」
 
 
 
 
「どうしたの」
そのまま教室へと足を向けて歩く俺と兄ちゃんに、兄ちゃんの方から声が掛った。
「噂流れてるの、兄ちゃん知ってる?」
足を止めて俺は言う。
「どんな?」
聞き返すその声に、俺は知ってることを確信する。
兄ちゃんが、テニスやってたかとか、できるとか・・・そんな噂。」
下を向いて言う。
「知ってるよ?それで?」
聞き返す兄ちゃんの声が優しい。
「兄ちゃんが態度ハッキリしないから、さっき・・・俺・・・」
全部言わなくても分かってくれる。
だから
「英二、ごめん。迷惑かけたね。」
頭を二三度ポンポンと優しく撫でられる。
「うん」
「悪かった。」
「うん」
俺が答えると、「じゃ、ちょっと言いに行こうかな」といって、振り返って元来た廊下を戻ろうとする。
それを見て声を掛ける。
「言いにいくの?」
「うん。だって、英二がさっき怖い思いしたんだし。誤解は解いておかないと。」
そう言って歩みを進める。
「俺ね、自分にどれほど噂とか批判とか立ってたって全然気にしない。だけど、それが他人に向かったり、その人が傷ついたりするのは見てられないんだよ。わかる?」
「うん」
「そういうこと。もし、彼らが俺に対して何かあるなら、直接俺から聞いたほうがいいだろう?」
「うん」
さっきから俺、「うん」しか言ってない。
でも・・・
一つ一つの言葉が心に沁みていく。
「相変わらず兄ちゃんって、強いよね」
そう言うと、キョトンとした表情をして「そうか?」と言って、そっぽを向いた。
 
 
 
 
「いいかな?」
と前置きして、先生の顔になって話し出す。
「確かに俺、テニスをしてました。あの噂のことは知ってたけど、わざわざそういうのに反応するっていうのはちょっと、説明が面倒だなぁと思ったから何も言わなかったということと・・・あとは、もう多分皆の前じゃラケット握らないと思うから、かな。」
「何故ですか?」
疑問に思ったのだろう。手塚が口を開いた。
「ん〜なんでって。そりゃお前、別に俺は青学に対してテニス部に来たっていうワケじゃないんだよ?だから、そこはそこ、それはそれってこと。わかった?」
「なんですかそれ・・・」
と、納得がいかないような様子で不二が言う。
「納得いかないなら、とことんまで説明するよ?でも今からお前等練習だろ?多分この後二・三時間くらいかかりそうなその説明、聞く気か?」
顔が笑ってるよ、兄ちゃん。
つまり、「言う気がない」ってこと。
 
 
 
 
「あーあ。上手くはぐらかされちゃったなぁ」
そうぼやくのは不二だった。
「仕方ないよ。先生が言う気ないんだもん。俺たちがいくら探ったって多分何も出てこないよ。」
大石が不二に答える。
「でも、どこか中途半端だよね」
「ま・・・ね。でも、あの人どこか不思議っていうか、謎なところがあるからね。」
大石と不二の会話に手塚が注意する。
「お前等、グラウンド10周してこい」
と。
渋々といった感じで不二が言う。
「「・・・はい」」

多分、不二たちの言う通りこれ以上何も出てこないよ。
なんでって、兄ちゃんて、物凄く自分の心ってものを隠すの上手いんだもん。
その奥を探るのって、俺には無理だったね。
でも、それでいいとも思ってる。
このままで、俺はちょっと悔しいけど満足・・・だからかな。
だって、さっきだって助けてくれたし。
兄ちゃんて、ホント屈折してると思う。
だけど、冷たく見えて多分すごく熱いんだろうなぁって、ちょっと思った。
フェンス越しに歩いてる兄ちゃんを見て俺は自然とそこに視線が吸い寄せられていく。
あ、気付いた。
でもちょっと怒った顔してる。
その唇がゆっくりと動く。
『れんしゅうにしゅうちゅうしなさい』
だって。
ちぇ
一瞬だけ視線を外して、また見ると竜崎先生に話し掛けられている。
ちょっと早くて、今度は唇を読めなかった。
でも、なんとなく嫌がってるのだけはわかった気がする。
だって、顔が困ってるもん。
「英二、何見とれてるの。手塚が睨んでるよ」
乾が後ろから声を掛けてきた。
「あ・・・あぁごめん。」
ホントだ。ヤバイヤバイ。
 
 
 
「で、結局認めたわけだ」
「仕方ないでしょう。菊丸に皆どうやら詰め寄ってたみたいだし、それを聞いて気付いたら部室に入ってました。」
ちょっと後悔の表情で言うに対し、竜崎先生は呆れ顔だ。
「相変わらず後先考え奴だよ、あんたは。」
「その言葉、身に染みます。でも、あのままいけばきっと菊丸・・・いや、英二はずっと疑われることになる。だから、これでよかったんですよ。それに、気になる奴はきっと調べますよ。だって、卒業アルバムとかまだ残ってるんでしょ?ここの図書館。」
確認するようにが言う。
「そうじゃなぁ。まだ、お前の頭がクリーム色だった頃の写真がな」
「げ!あーーーー・・・マジデスカ。」
目を泳がして、明後日の方向に視線を向けて言う。
「なんじゃその言い方は。まだあの頃お前は頭も染めてもいなかったし、カラーコンタクトもしてなかっただろうが。だからそのまんまの写真がまだ残っとるぞ?」
と、まるで懐かしむように言う竜崎先生に対して、の表情は暗くなる一方だ。
「あー・・・処分してください。どうせ俺は外人でしたよ・・・」
「処分なんぞせん。ったく、相変わらず目立つことが嫌いだの、お前は」
 
 
 
 
頭を軽く下げて、兄ちゃんが駐車場に歩いていく。
でも、職員駐車場ってここから正反対なはずなんだけど、 もしかしてワザワザ見に来てくれたのかな?
それだったら嬉しいかも。
ちょっとずつでもいいや。
少しずつ、関わっていければそれで・・・
アトガキ
二年かかって,先生主の性格を掴みました。
どうやら私自身が,掴みきれてなかったようです。でも,なんとか今回つかめました。複雑で屈折してる主人公です。
一番難しいかも・・・
攻めっぽいけれど,彼は受けです。しかし,心理的に強い受けって一体・・・
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥