白鯨考察

鯨だ 

--side井上さん--

関東大会での青学対氷帝戦で私は信じられない光景を目にした。

白鯨…。
 
「もう一人、アレを打てる人を……知っている」
思わずそう言ってしまった。
すぐさま芝が、
「えぇ!?井上さん。本当ですか?」
と聞き返してきたが、私は言うわけにはいかなかった。
あの時、駆け出しの記者だった私に、彼は
『言わないで下さい』そう言ったのだから…

10年程前、私は先輩記者に連れられて『彼ら』の試合を見に行った。
 

「先輩。本当に、彼らはこんなところで試合をやるんですか?」
「ん?あぁ。見ていれば分かるさ」
「記者さん。約束違うじゃないですかー。誰も連れて来ないって」
「いいんじゃない?、どっち?」
「スムース」
「残念」
そう言って、彼らの試合は始まった。
その『彼』は、青学のテニス部にいる時とは、全然違う顔をしていた。
「ったく。お前手ぇ抜きすぎ。」
そう言ってポイントを取っていく、当時2年だった菊丸君。
「じゃ、俺からのリクエスト。、『アレ』打て」
「へ??な…なんで…」
 
決めればその君の勝ち。
そして……
俺はそこに、鯨を見た。
 

あの時、私はかなり食い下がったような気がする。
だけど、
『記事にはしない。』
そういう条件で自分は試合を見ているのだと、先輩にそう言われて黙った。
後になって、その『君』が異例のレギュラー入りをしていたことが分かり、質問をぶつけてみた。
 

『アレは、俺の唯一つのカウンターなんです』
『井上さん。今は全国大会の出場が掛かっている大事な時です。すみませんが、このまま内緒にしててもらえませんか?』

あれから、10年近く経った今。

今、再び鯨が私の目の前を飛んだ。
しかも、今度は『白鯨』という名前を得て…

「井上先輩。試合見てるんですか?」
そう言う芝に相づちを打って、
「それよりも、不二君の『白鯨』が打てるもう一人って一体誰なんです??」
「コッこら!芝、声が大きい」
 
 
この試合は私たちの様な記者だけでなく、おそらくプロのスカウト達も見に来ているのだ。
「だって、先輩が言ったんですよ?『知ってる』って。言ってくれるまで聞き続けますよ?」
あのなぁ〜。
「自分で考えろ。お前もよく知ってる人だよ」
「え?まさかリョーマ君?」
「違う。俺がアレを見たのはもう…」

「井上さん」
と、いきなり後ろから声が掛かった。
‥‥先生」
イカンイカン。危うく『君』付けしそうになった。
「彼、やっぱりすごいですね。俺なんか返し技なんて、たった一つしか持ってなかったのに」
君ねぇ‥‥
その『たった一つ』が、さっきのじゃないか!
「え?先生はテニスやってたんですか?」
「まぁ。中学、高校と。」
おいおい。際どいな。
それとも、芝の勘が悪いだけか?
「ねぇ、先生?」と早速質問している芝に、少し驚いたけど、
「さっきの不二君の技、もう一人打てる人がいるって聞いたんですけど、まさか先生じゃないですよね?」
その言葉にもっと驚いた。
オッ?意外に鋭いのか??

「…本気で言ってますか?あんなの無理ですよ」
君。君、人を煙に巻くのがうますぎるよ。
「あ、不二君。勝ちましたね」
「ゲームセット。ウォンバイ青学 不二! ゲームカウント 6−1!!」
「次は手塚君ですね。あれま。色々集まってきましたね」


ヤバクないか?
元全日本選手がここにいたら…それだけでも話題になる
 
それにさっきからこっちを見ている連中がいるし…
「じゃ、俺はちょっと席を外しますね」
「え?試合、見ないんですか?」
「えぇ。長くなりそうなので。それじゃ」
そう言って彼は去って行った。

彼の言った通り、手塚君の試合が長引くものとなる。



そういう認識が会場を覆いだした頃だった。
「先輩、『白鯨』を打てるもう一人って、やっぱり先生なんじゃないんですか?」
そう…言われた。
まぁ、この時点で認めない訳にはいかないだろう。
芝は、ほぼ確信している。
「……。なんで分かった?」
「何となくですけど…ただの先生じゃなさそうさですし…」
「それに、手塚君の肘のこと、知ってたんじゃないかなぁって」
確かに、知っていただろうな。
例え手塚君が言わなくても。彼ならすぐに気づいただろうから。


氷帝の跡部君。
彼の弱点を見抜くインサイト。
はっきり言ってすごい
だが君の場合は……
「芝、それは後で話す。今は手塚君の試合だ」
そう言って私は話を打ち切り、手塚君の試合を見続けた。

アトガキ
2017/07/17 書式修正
管理人 芥屋 芥