双想歌
06.余裕がないのはどっち?
 次に目が覚めたのは布団の中だった。
 辺りをざっと見渡してみて、ここが喜助の部屋だいうのはわかる。
――分かるが、この首に掛ってるのは一体なんだ!?
 ジャラ、という鈍い音をさせて首から延びたソレ。
 壁に繋がってるその鎖をなんとか解こうとするが、その手はヤツによって遮られた。
「逃げようたって、逃がしませんよ?」
 と言って手を掴んで笑ってる喜助を、は思いっきり睨み付ける。
「退けよ」
 だが
「いやですよ。だって退いたら、サン逃げるでしょ?」
 そういう笑って言った喜助を睨みつけた。
――コイツ……いつかシメル
 しかし、そんなことを気にもしない喜助は歓心した様子で
「繋がれてるサンって、ホントそそる」
 と、語尾に何かがついてる言い方で言うと、グイッと鎖を引っ張った。
「グッ……お……前なぁ! ッン」
 首痛てぇンだよ! の言葉は飲み込まれ、その代わり喜助が咽た。
 どうやらが吐き出すはずだった言葉という名の空気を、まともに飲んだようだった。
「格好悪りぃ……お前……」
 その言葉を皮切りには大爆笑する。
 それはそうだろう。
 失敗かつ自爆している浦原喜助など滅多に見られるものではなかったから。
 話の途中でキスをしたことへの、これは、罰?
サン……笑いすぎですよ」
 ようやく立ち直った喜助が少し怒った様子でそう言った。
「だっ……ってお前……が……」
 あー腹痛てぇ
 一頻り笑った後、呆れた様子で喜助が
「ハイハイ。あーあ。雰囲気とか何もかもぶち壊れちゃいましたねぇ……どうするんです? この状況」
 と、チラリとを見て言ってきた。
 だから彼は
――しょうがねぇなぁ
 と諦めたように息を吐いた。


「相変わらず、綺麗な肌してますネェ」
 そう言いながら喜助は、の弱いところギリギリを指先で触れるか触れないかくらいの感触で撫でている。
 それに
「そいつはぁどうも」
 と軽口で応戦するが、どうやらここらが我慢の限界か? と、頭の冷静な部分が告げた。
「相変わらず色気が無いっすよね」
 そう言って敏感な部分をソッと触れて煽ってくる喜助を睨むが、思いっきり無視される。
 代わりに出たのは、
「……んっ」
 という甘い声。
 しかしの心はどこか冷静に自分を分析していた。
――ほらな。だろうと思った。
「限界ですか? もう?」
 と喜助が聞くが、お前だって余裕ない顔してるだろうが、と熱に浮かされた頭でぼんやりと思ったが、そこは突っ込むまいとして何も言わずにおいた。 
――それにしても、なんだな。お前もヒマじゃないだろうに……
 隊長としての喜助の立場も、七席のにも仕事はある。
 それでも自分に執着してくる喜助に呆れないわけではなかったけれど、最初から執着してきていたので、それも慣れてしまった。
 それに、抜かりも抜け目もない喜助は、こういう時間を作るのが上手い。
 こういった拘束が終わった後に慌てるのは、いつものほうだった。
――今回だって、どうせ仕事終わらせてんだろうが……
 仕事、と連動して浮かんだことがある。
 今回喜助が作っていたのは仕事ではなく趣味というか、嫉妬からくるものだったな、と。
――そういえば、アメーバ野郎はどこ行ったんだ?
 気を失う前、目が覚める前は確かに感じていた気配が今は無い。
 探すように視線を動かすと、それを察した喜助が
「何探してるんです? サン」
 と不機嫌を隠さず聞いてくる。
「あ、あぁ。あの野郎はどこいったのかなぁって……」
 思って、という言葉はの喉の奥に飲み込まれた。
 何故なら、言葉が進むにつれて喜助の顔が……
――ったく。悪かったよ
 雰囲気を壊したことを視線で謝罪しながら、は目の前の男に腕を伸ばす。
 と同時に、鎖の重い金属音が耳に届いた。


――熱い……な
 熱に浮かされ頭の片隅でが思う。
 だけどそれ以上にの快楽が襲ってきて、直ぐにそんな考えをさらっていく。
 熱くて熱くて、自分を纏っている空気すら熱を持っているように思えて、涼しさを求めて手を伸ばす。
 が、絡め取られて熱の中に引き戻された。
 それが不満で喜助を睨むと、うっとりとした視線と目が合った。
「そんな目で睨んだって、逆効果ですよ? サン」
 という言葉と共に、掴んでいたの手に唇を寄せる。
 やがて、聞き慣れた音が辺りに響く。
 汗と熱がまとわり付いてうっとうしい。
 早く吐き出したくて腕が動くが、何をやっても相手を喜ばせることにしかならない。
 それを知っているは、だからこそ無理やり腕の動きを止めた。
 そんなに喜助が目を細めて
「分かってるじゃないですか。ねぇ?」
 と言う、そんな喜助を彼は睨んだ。
 喜助が焦らす場合、大抵はが自分でするところも見たいという意思表示だ。
 しかし、そんな簡単に乗ってたまるかというギリギリの攻防がそこにあった。
 やがて先に折れたのは喜助のほうだった。
「だからネ、そんな目で睨んだって逆効果なんですヨ」
 煽ってるんですか? 首元に手を置いて耳の中に舌を入れて囁くと、そのまま肩口を強く吸った。
 体を震わせるの膝裏に、空いた腕を差し入れて持ち上げるとそのまま深く熱を打ち付ける。
 熱に溺れて息が苦しい。
 だから、無意識に伸ばした手で目の前の存在を引き寄せる。
 与えられる熱に、いつの間にか弱くなってしまった。
 出会いから今までの、長い間をかけて教えられた熱に呑み込まれる。
 それがイヤで、はもがく。
 けれど、もがけばもがく程、更に深みにはまっていく。
 分かっているのに、止められない。
「……喜……ッ」
 喘ぐ息で名を呼べば、それに応える腕。それに、心のどこかで安堵しながら熱を吐き出した。



 上着を羽織、縁側に出て庭を見る。
 あの後、喜助は首に掛ってた鎖を渋々ながら外してを自由にした。
 しかし霊圧は戻らないまま、張られた結界の中から外に出られずにいる。
――しばらく出られんな、こりゃ
 そんなことを考えながら、が後ろから両手を回している喜助に聞いた。
「で、その噂ってなぁどこから拾ってきたんだ?」
「ん? 平子さんッスよん」
 と、今度はやけにあっさりと答えたのはいいが予想外な答えにが固まった。
――真子?! なんで真子が?!
「オイ、それはどういうこうことだ!」
 言葉と共に体の向きを変えると、喜助に向かって鼻っ面を合わせて言う。
「だって、平子さんこう言ってましたよ? 『が見合いしたら、ひよ里も可哀想やなぁ』って……サン?」
 今度は喜助の言葉が止まる。
「なんで……あいつが……」
 もういい。
 切れた。
「あ、目の色変わってるッスよ……サン……怖いっす」
 そんな喜助の言葉など、今のの耳に入っているはずもなく。
 勢い余って喜助を押し退けて結界の外に出ようとする。
 霊圧が戻っていようといまいと、腰が痛みを訴えたがそんなことは関係なかった。
 だけど、やはり無理は良くなかったらしい。
 急に目の前が暗くなったかと思うと、そのまま後ろに倒れた。
「全く、無茶するんスから」
 小さなため息と共に、の体を抱きかかえて再び部屋へと入る。
 霊圧の封じていたのは、何も外した首輪だけじゃない。
 が着ている服の中にも、霊圧を封じ込める殺気石が入っている。
 自分の技術力を駆使して、苦心の末に布の中にも石を入れることを発明したのだ。
 おまけに、体力まで自在に吸収するというオマケ付きだ。
「ま、上に言う必要のない代物ですけどね」
 と呟いて、倒れたを布団の上に寝かせた。
 他にも色々、言う必要はないと浦原が判断したものが沢山ある。
 自分の探求心に任せて出来上がった数々の発明品は世界に出ることはなく、その成果は四十六室にある情報庫へと保管されるだけの物にすぎない。
 しばらく起きないと判断して、喜助はそのまま部屋を出て行った。



 が目を覚ますと、寝る前に居た喜助の気配がなかった。
 視界に入った天井からそのまま縁側の方に視線を向けると、うっすらと先ほどの結界が見えた。
――アイツどこ行って?
 そこまで考えて、少し近くで感じる誰かの気配に
――誰か居るのか?
 心の中でそう問うと、ソイツがヒョコッと障子の向こうから姿を現した。
「あ……」
  驚いて布団から上体を起こそうとするが、その直後腰に鈍痛が走る。
――あの野郎……無茶しすぎなんだって
 布団に突っ伏し、腰をさすっているに声が届いた。
「だい……じょぶ?」
 全ての動きを止めて、が固まる。
 が、それも一瞬で氷解させたは顔を上げて、目の前に立っていた『彼』が喋るのを今度はハッキリと見た。
「だい……じょぶ?」
 と。
「お前……」
 驚きで、それしか言葉が出ない。
 しばらく沈黙が降りたが、やがて
「喋れるのか?」
 その問いに目の前の彼はコクリと頷いた。
「そっか、その、心配してくてるんだな」
 と笑ってポンっと頭に手を置くと
「こし、いたそう」
 と、どこか舌足らずな口調で顔は心配してるかのような表情で言うから、なんだか微笑ましくなって
「大丈夫。お前が思ってるより、俺の体は頑丈に出来てますから」
 と笑顔で答えた。
 それにしても、ホント小さい頃の自分にそっくりだなぁ、と近くで見る彼の顔にそんな感想を持つ。
――喜助の嫉妬の賜物って考えるとアレだけど……な
 昨日聞いた、彼がここにいる理由を考えるとなんだか可哀想にもなるけれど。
 当の彼はそんなこと気にも留めていないのだろう。
「あの、。あのね……」
 と、必死に何かを言おうとする。
「ん? 何?」
 と答えると、彼は俯いて
「あの、こし……治す」
 と言った。
 正直、そんなことを言われるとは思わなかったは驚いて
「……お前、治せるの?」
 と聞いた。
 それに嬉しそうな顔をして
「うん」
 と答える彼を見て、はどこか照れた様子で
「じゃ、よろしく」
 と言って布団に寝そべった。



「で、結局懐いたってコトですか? サン?」
 とに詰め寄っているのは、夕方頃に帰って来た喜助だ。
 帰ってきた喜助が見たものは、布団に転がっているの上に彼がいる、という光景だった。
 その後は、怯える彼と、怒りと嫉妬を隠さない喜助を宥めて何とかお互いを説得するのに苦労した。
 それだけで心労が溜まった彼の目は、先立っての疲労と相まって、睡眠の泉の中に片足を突っ込んでいる。
「いいじゃねぇかよ。なぁ?」
 瞼を半分閉じながら、腕の中にいるそいつには話し掛ける。
 彼は人間らしく、キョトンとした顔をしてを見上げた。
 話を振られるとは思ってなかったらしい。
「ワタシにはそんな顔してくれないくせに……」
 と、優しい笑顔を見せるに喜助が拗ねた。
「お前は可愛くねぇからな」
 と、意地の悪い顔で言う。そんな彼に喜助は
「あのね……」
 と、呆れるほかなかった。



「どのみち大元は真子だろう? ってことで明日辺りちょっと会って来る。ということだから喜助、今日はなしな」
 風呂も入ってさっぱりしたが宣言して、そのまま彼と共に布団の中へと潜り込んで早々に眠ってしまう。
――ヤレヤレ。ホント、邪な想いには敏感なんすから……
 そのクセ、純粋な『何か』にはトコトンまで甘い。
 だから、滅多に見れない彼の優しい顔が拝めたのだ。
 それが自分が作ったものでなければ尚良かったのだが、この際贅沢は言うまい。
――その点では感謝してるんですが。でも、天然で人を見抜くって、あぁいう人のこと言うんでしょうかねぇ
 まだ自分の中に燻っている熱が体を覆い出す。
 実際のところ、喜助は優しいの顔を思い出しただけで熱を吐き出せる。
 特に研修室に篭っているときの、フとした瞬間は非常に……正直、隊に引き込もうかと何度も考えた。
 閉じ込めて、拘束して、都合の良いときに抱く。
 それが出来ないからこそ、こうして時折意地悪するのだろう。偶然聞いた他愛ない噂にも不安になるのだ。
――が、今日のことはソレに免じて許してあげましょう? サン
 と、が聞いたら怒りそうな名称で彼のことを思って自分を納得させると、彼の隣に布団を敷いて同じように潜り込んだ。
アトガキ
閉じ込めたいけど、閉じ込めたら意味が無い
2013/09/30 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥