双想歌
04.素直じゃない
 思わず出た言葉には自分で後悔した。
 確かにそれまでの喜助からの翻弄と、『ソレ』が触れていたところから流れ込んでいた薬の所為もあって体が熱かったことは確かだったけれど、あんな言葉を言うつもりは全く無かった。
 本当にスルリと素直に出た言葉に内心舌打ちしながらが視線を移すとそこには案の定、彼にしか分からないほどの、だけど確かにニヤついた喜助の顔があった。
 その顔にムッとして「なんだよ」と噛み付いてみるが、あんな言葉を言った直後に迫力なんてあるはずもなく、喜助はそれを受け流して
「本気、ですよね」
 と言った。
 いつもなら大体『本気なんですか?』といった疑問系で聞いてくる喜助が断定してきてことで、は自分で自分の逃げ場を塞いだことを理解する。
 本気なんですか? と聞いてくれたならまだ否定できる可能性もあったのに、断定されてしまえばとしては『自分が誘った』という現実を受け入れるしかない。
 そもそもあんなことを言うハメになったのは喜助の作った『ソレ』の所為だ、と責任を転嫁できるほどは無責任でもない。
 そして、こうして断定することでが何も言えなくなることを喜助は知っているし、もまた自分のそんな性格を喜助が知っていることを、知っている。
 またこんな状況でも、喜助の頭の中ではあらゆる計算と試算がなされていることを知っているからこそ、余計に悔しい思いをするのだ。
「……ぅるさい」
「誘っておいて何言ってンですか。ホント素直じゃないんですから」
 小さく反論した声に呆れ気味に答えると、台の上に手を置いて「限界なんでしょ? ほら、足上げて」と促すと顔を真っ赤にしたが視線を逸らして反論した。
「なんで抱っこなんだよ」
 はだけた着物を直しながら珍しく弱々しい態度で言うに対し、喜助はスッと目を細めて小さく呟かれたそれに安心させるように、ただし思いっきり腹黒く「動けないんでショ?」と笑顔で確認を取り、が反発する前に
「おまけにこんな不安定な台でできると思ってるんですか? 無理に決まってるデショ」
 と畳み掛けて押し通すと、顔を真っ赤にさせた彼を黙らせた。
「ん?」
 顔を真っ赤にさせつつも、喜助の腕に体を任せていると足の方で何かに触れられる感じがしてが視線をやると、そこには『ソレ』が立っていて手を伸ばして触れていた。
「ついてくるのか?」
 と言ってが『ソレ』に手を伸ばすとソレは彼の手を掴んで放さず、喜助が睨むがどこ吹く風。
「気に入ったんですか?」
 少し面白くなさそうに喜助が言うのを
「害はないんだろ? それに悪い感じは受けないからな」
 と答えてその頭を軽く撫でると、直ぐに形が崩れてしまっては焦った。
「お、おい。大丈夫か!?」
「大丈夫デスよ。一体誰が作ったと思ってるんですか」
 その問いかけに頭の上から喜助が答えて、それに噛み付くようにが応戦する。
「だったらちゃんと面倒見ろよ。こんな中途半端に作らなくたっていいだろう?」
「面倒は見てますヨ。最低限の生活習慣とほんの少しの個性くらいはつけましたカラ。それに中途半端って言いますけど、『ソレ』はソレで完成です」
「ひどいな」
 喜助のやり投げ気味で、まるで関心を寄せていない声にが呆れたため息をついて再度『ソレ』に向き直ると
「なんつうかな。同情するわ。だけど、その、付いてくるのもいいけどな、その、見てるだけにしとけよ?」
 と歯切れ悪く話し掛ける始末。
 加えて喜助からは見えなかったが、恐らくその顔は照れと恥ずかしさで真っ赤になっているのだろうことが容易に想像ついて、喜助は口元だけで笑う。

 ちなみに先ほどにアメーバ化を止められてから、ソレは人の子供の型を取り続けている。
 コクコクと無表情に頷くその姿は正に幼い頃のそのものだったが、中身は喜助が作った人工魂に不完全な体を与えただけの不安定な存在だ。
 ほとんど『人形』として作ったソレは、喜助が作ったものの中ではほぼ手抜きといっていい程のいい加減さで作られた。
 それでもある程度の完成度はあるのだから、やはり持っている技術が桁外れに凄いと言ってしまえばそうなのかもしれない。
 そして喜助は、一つだけに言っていないことがあった。
――ソレ、果たして何日モツんでしょうネ
 そんなことを考えている喜助をよそに、話が進んでいた
「コイツはお前が作ったんだろう? だったら俺が嫌う理由はねぇよ。それにくっつかれるのももう慣れた」
 という言葉に、喜助の心に少しの罪悪感が芽生え……るわけもなく、会話は続けられた。
「何言ってるんですか。そうやってくっついてることも対象に入るんですがね」
「んなこと言ってやるな。大体コイツはお前の不安が具現化したモンだろうが。だったら最後まで面倒みやがれってんだ」
 そう言って睨んでくる彼に
「じゃ、ワタシの不安が解消されるまで、サンがワタシの面倒、見てくださいね?」
 と言ってニヤリと笑って喜助はその部屋に続く襖を開けた。
 敷かれた布団の上に体を寝かせて、喜助はそのまま首のところに手をついてが逃げられないような体勢を取った。
「ちょ……っん」
 抵抗しようとしたの手を、上から覆いかぶさってきた喜助が掴んで束ねてその動きを止めさせる。
 視線が絡まって、まるで抑えつけるような喜助の視線にが思わず目を逸らした。
 その隙を逃さず喜助が動く。
 逃げられないよう膝の間に膝を挟みこんで顎に手をかけて正面を向けせると、そのまま噛み付くように唇に吸い付いた。
「ん……っはぁ」
 空気を求めて軽く開いた口の中に素早く舌が入り込み、息も何もかもを絡め取っていく喜助に抗議の意味を込めては睨む。
 そんなの視線を軽く受け流して、喜助は手を着物の中へと滑り込ませた。
「……ッ!?」
 途端、頭の上で押さえ込まれている腕が暴れだすが「ダァメ」と言って喜助は放さない。
 片手で器用に脱がせていく途中で何を思いついたのか、ニヤリと笑った喜助がの着ていた服を全て脱がさず中途半端に放置して進めようとする。
 その意図を察したが耳まで真っ赤にしながら上ずりそうな声で小さく「テメェ……」と抗議をするがやはり聞く耳を持たずに喜助はその肌に唇を落とた。
 そして先ほど『ソレ』に触れられていた間に体に入ってきていた薬の所為もあるのだろう。
 の体はすぐに熱を持とうとし、彼はそれを何とかしようとするが喜助がそれを許さない。
 運ばれた後に合った視線を自分から逸らした時点で……いや、そもそも目が覚めた最初の段階からに勝ち目などないのだが。
 ならば、と一瞬だけグッと腹に力を込めると次の瞬間にはその体から力を抜けさせていた。
 その変化に、喜助が顔を上げて問いかける。
「どうしたんです?」
「抵抗しても無駄だなって思っただけ」
 諦めとは違う意思で告げられた降参の言葉に喜助が微かに目じりを下げて密かに笑う。
 ソレを見ていたが「だろ?」と、穏やかな表情で既に解かれていた手を喜助の頬に乗せて誘う。
 それに悪びれず
「そうですよ」
 と肯定すると、は珍しく苦笑いした。
「……ん」
 はだけた着物に白い肌がとても綺麗だと喜助は思う。
 本人は、まるで空気に触れて固まった血の色のようだと言って嫌うその赤の混じった髪の色も、蝋燭の明りに映えてとても綺麗だと喜助は思う。
 珍しく声を抑えないの顔を気になって顔を覗き込むと、これまた珍しく濡れた視線と絡まって思わず息を呑んだ。
「な、んだよ……」
「いえ。ただ、こんなに素直に声を出すサンも珍しいなぁって思いまして」
 息が上がり、途切れた問いかけに喜助はなんとか平静を装って答えてみる。
 実際、もっと丁寧に聞いておきたいという欲求がなければ理性など吹き飛んでいただろうことを喜助は自覚しながら言葉を紡ぐ。
 それにしても今日は珍しいことだらけ、いや違う。今後二度と起こらないであろう出来事が起こりえる日だと改めて自分の中で訂正しなおす。
 が誘ったことは勿論、こうやって素直に声を出して快楽に身を任せるなんて本当に『アリエナイ』からだ。
 それもこれも自分が作った『ソレ』のお陰なのかもしれないと、先ほどから気づいていた事実に喜助はほんの少しだけ感心を寄せて、の言葉で現実に即刻現実に戻る。
「うるせぇ」
 その顔は、やはり真っ赤だったが。
「照れちゃって。可愛い」
 と言って顎を持って唇を落とすとが耳まで真っ赤にして、下を向いた。
 脱がされた着物の上に身を投げ出し汗ばんでいる手に合わせてが喘ぎながら、その目じりに自然と流れ出た涙をためて喜助を見ているのか見ていないのかわからない濡れた表情が中々色っぽくて、喜助は思わず彼の瞼に唇を添えて
「このまま閉じ込めたいですよ。あなたを」
 と、聞いているのか聞いてないのかも分からないに話しかける。
 この姿も、この声も、自分を見る視線にすら惹かれて止まない。本当にこのまま自分だけを見て、感じて、この人を独り占めできればどれほど楽か。
 だけどこの人がそんなことを許すはずもなく、またそんな軟な精神なぞ端から持ち合わせていないことくらいとっくの昔に分かってるからこその願いだと、僅かに残った理性で喜助は十二分に理解していた。
 だから微かにが喜助に視線をやり、掠れた声で
「……ん……なこと」
 と答えたにスッと目を細めて喜助は現実を見据えつつも、やはり心の底にいつも燻っている願望を紡ぐ。
「無理なことは分かってますよ。ですが、今だけ。ネ?」
 が誘ったこの時間だけは、自分の好きにしておきたい。
 そんな思いが通じたのか、諦めたように軽く息をついたがゆっくりと喜助の頬に手を充てて
「だ、ったら……喜助。本気で来い」
 と、言葉を切りながらも今までになく強く誘う。
 まさかそんな言葉まで言うとは、本当に不意打ちを食らった喜助が珍しく瞠目した直後、雰囲気がまるで冷たい空気を纏ったかのようにガラリと変わった。
「じゃ。啼いてもらいましょう?」


「はぁ……ッンァ!」
 いつもなら出てくる否定の言葉は言わないまま、は布団の中で啼いている。
 彼は、頭の中が真っ白すぎて自分がどんな体勢でどんなことをしているのか分かっていなかった。
 そして喜助もまた、時折ビクリと痙攣するの体と、その口から洩れる甘い声に誘われている。
 二人が分かっているのは、体の中も外も全てが、ただひたすらに熱いということだけ。
 やがて熱いものがの体の中で弾け、脱力する間もなく次の熱がやってくる。
 絶え間なく響く声は既に掠れていて、息をするので精一杯だ。
 そんなを、喜助は食い尽くすように見つめていた。
『本気で来い』だなんて壮絶な言葉で誘われたせいか、その目に静かな欲望の色があった。
 そして抵抗しないと腹を括ったがこんなにも素直だなんて、喜助は心の中で生まれた驚きと嬉しさを隠さなかった。
 体を起こして後ろから抱いて、肩で息をしているの耳元に唇を寄せた喜助は
「綺麗ですよ。サン」
 と囁くようにして語りかける。
 それに対するの返事は乱れる息遣いしかなく、いや、それしか出来ないとわかっているからこそ、喜助は思う。
 ここまで素直じゃなくて、ガサツで適当で大雑把なのに、どうして惹かれたのか。
 最初の頃は散々聞かれた記憶もあるが、それも遠い過去のものになってしまった。
 だけど、それでいいと喜助は思う。
 惹かれるのに、理由はなかったのだから答えようがない。
 敢えて挙げるとするならば、その目と真っ直ぐで強い視線だろうか。
 でも言えばきっと、は一瞬驚いた後に「なんだよそれ」と言うだろうことが簡単に予想できて言えなかった。
 言葉にしてしまえばあまりにも陳腐で幼い理由だからこそ、ずっとはぐらかしてきた。
「素直じゃないですよね。ホント」
 と自分のしてきたことをまるで他人事のように独り言として呟くと、喜助はの腰に手を回してゆっくりと持ち上げて彼の体を膝に乗せた。
 その時グッと奥に触れたのか、力の入らないの体が一瞬震え僅かに抵抗する。
「……ッン!」
「あぁ、痛かったですか?」
 と安心させるように喜助はの背に手を回して体を預けさせ、少し楽な体勢を取らせてやる。
 荒れた息が徐々に整ってくるのを、喜助は腕の中に抱いて感じ取っていた。
 先ほどの考えの続きになってしまうが、このまま閉じ込めてしまえればきっと自分の気持ちが楽になる。けれど、この人はそこまで柔ではない。
 だからせめてと、顎を持って上向かせてその唇を貪るようにして深く口付ける。
 そのまま耳元まで触れるか触れないかの絶妙な具合で移動して何かを囁くと、は手をのろのろと動かして喜助の手にゆっくりと乗せ、弱弱しいながらも力を込めて、それを返事とした。
アトガキ
言葉にすると軽くなってしまうから
2012/07/15 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥