なんでか知らねぇが、いつもいつも俺が振り回される。
 おまけにこの扱いはちょっと酷いんじゃないのか? コラ、喜助!
双想歌
01.後悔は先に立たない
 気が付いたらの状況は最悪だった。
 視界が真っ黒で何も見えないというのは当然のこと、体も手も足も固定されてて動かせない。
 おまけに
「……んッ」
 なんか飴玉みたいなのが口の中に入ってて声は出せない。
 おまけに背中の辺りがヌルヌルしててさっきから気持ち悪いことこの上ない。
 彼が状況を把握しきる前に耳元で
さんって、本当に……」
 どこか関心したような喜助の声がして、反論しようとするがどうにもならなかった。
 そのことに内心腹を立てながら、は何故自分がこうなってるのかについて懸命に考えを巡らせていた。
 ことの発端は、ここの所姿を見せなかった喜助が時間が空いたというので、気晴らしも兼ねて居酒屋で飲んだのが最初だろうか。
 その時は特に変わったことは無かったように思う。
 そしていつものごとくが先に寝てしまったため、いつものように、同伴できた喜助の分の酒代も払わされるものだと思っていた。
 たまにどちらかの家だったときもあるから、体の状態から考えて、自分か喜助の家まで運んでくれたとばかり思っていた。
 自分の状態をはっきりと把握する前は。
 つまり、居酒屋から目が覚めたらこんな訳の分からない状況になっていた、ということである。
――んじゃぁ、そこでのことを思い返してみようか
 しかしがいくら考えたところで、いつもの調子と変わらない会話しか思い浮かばなかった。
 少なくとも彼にとって。
 だから余計にこの、訳の分からん状況に腹が立って仕方がない。
 耳元から消えた喜助の気配にホッとしながら、彼は自分と周囲の状況を探るようにした。


 目隠しをされているその下では目を閉じた。
 そうすることで体の感覚を戻す。
 背中は何かヌルヌルしていた。
 気持ち悪いったらなかったが、それでも何とか我慢できないほどでもない。
 次に手。
 台に手首ごと固定されているのがわかった。足も同じなようで、ほとんど動かせない。
 そして声が出せないように口に何かが入っている。
 要するに今のは今まな板の鯉という訳だ。
――どこかの部屋だとは思うけど、目隠しくらい取れっつんだよ! っていうか、喜助の変な行動は今に始まったことじゃねぇが、ちょっと今日のは異常じゃねぇの?
 と、常にない彼の行動に、いくらか不安にさせられた。
 いくら喜助が最近研究で缶詰になっていたと言っても、理由もなしにこんな変なことをする奴ではないことくらい分かる。
 ということは、どうせ何かあったんだろうと勝手に解釈するしかない。
 そうでもしないと、当のには今の状態にされる見当がつかない。
 出会ったときから喜助の精神構造は複雑で、のように単純ではなかったから、から見て喜助の行動の意味と理由がわからなくなるのは何時ものこと、という風になってしまうわけだ。
 それに 『さんには研究や技術開発なんか出来ないですよね。短気だしガサツだし抜けてるし』
 と、酒の席ではっきりと言われたこともある。
 その時はうるせぇと相手にしなかったが、こうも訳がわからない突飛なことをされると、複雑すぎるのも考え物だと思った。
――これから何されるんだ?
 そんな気持ちが通じたのか、シュルリっていう音がして袖が捲り上げられ、それに『何しやがんだテメェ!』と悪態をつこうとしたが、どうせ声なんか出ないから諦める。
 そんなことで止まる浦原喜助など、浦原喜助ではないと思った。
 自分の探究心や研究にのみ忠実で、その探究心を満たすためならある意味手段を問わない男が、こんな簡単な抵抗で止まるとは到底思えないからだ。
「綺麗な腕だ」
 そう耳元で囁くように言われ、スッと撫でるように触れる指に思わず鳥肌が立つ。
 それを見たのか、喜助が嬉しそうに
「あ、震えてる」
 と言う。
――だがな喜助。俺は今そんなお前に肘鉄食らわしたい気分なんだ
 決して感じてる訳じゃないぞ?
 そんな意思を持って首をそちらに向ける。
 しかしそれすら無視した形で
「じゃ、ちょっと痛いですけど我慢ですよ?」
 と告げられ、右腕の肘の部分をゆっくりと探られた後に痛みが走る。
 注射か何かされたか?
 見えないから想像でしかなかったが、そんな小さな痛みだった。
「……ッ?!」
 途端、背中にあるヌルヌルしたものがまるで意思を持ってるみたいに動き回る。
 気持ち悪ぃなぁと思ってると、口の中のものが急に取られた。
 いきなり大量の空気が肺を襲ってきて、その反動で思いっきりはむせた。
「大丈夫ですか?」
 しばらくして掛かった喜助の声に、彼は息が荒いまま思いっきり叫んでいた。
「……ッメェ! 一体何しやがった!?」
 と、今までの怒りを爆発させる。
 目は見えないままで、おまけに身動きできないのは重々承知だが悪態をつかずにはいられない。
 んな訳分からん状態にされて黙ってられるか!
 しかし喜助は
「なにって、サンの匂いに反応するモノを作ってみただけです」
 と、声音だけはいつもの調子だが、その奥に潜む何かを秘めて返事をしてくる。
 そしてそれを聞き逃すほど、はそこまで抜けていない。
――コイツ、もしかして怒ってるのか?
 と。
 しかしはそれどころじゃなくってきていた。
 なんだか体の感覚が先ほどより鋭くなっているような気がして仕方がない。
 おまけに背中のヌルっとした物体が、更にヌルヌルっとしてきているような気がする。
「なぁ喜助。このヌルヌルしたもんに何か仕込まなかったか?」
 こいつのことだ。絶対何かやってる。
 そう判断して、恐る恐る尋ねた。
 すると
「えぇ。媚薬のようなものを自己生成するようにはしてありますよ。効いてきましたか?」
 との返事がシレッと返ってきた。
 そしてその声音だけで判断するなら、嬉しそうな気持ちが四分の三で残りは怒り、といったところだろうか。
 だからと言って、こんなことをされる謂れはにはないのだが。
――大体こいつはいつも屈折してるんだっての。今回のことだって、俺が気づきもしない所に理由なり訳なりあるんだろうが……
 そこまで考えては、こんなことなら喜助の誘いなんか断って八席としての仕事片付けときゃよかったぜ、と半ば本気で酒の誘いに乗ったことを後悔していた。


 変な音が辺りに響く。
 その変な音は、背中のヌメヌメっとしたものが自分の体に触れて出ているのが分かるだけに、にはどうすることもできなかった。
――クソ……これじゃジリ貧じゃねぇか 
 と、ともすれば掠れていく思考を懸命に辿る。
――それにしても、喜助の野郎。余裕ぶっこいて見てんじゃねぇっつうの!
 目が見えなくても、まじまじと自分を見ているのが分かる喜助の視線に、少しだけ体が反応する。
 そしてそれを見逃す喜助でもないことは、も百も承知である。


サンってホント意地っ張りですよね。でもね、ワタシはそんなサンを本当に好きだったりするわけですよ」
 首の辺りに手をついて顔を近づけ、ゆっくりと息を掛けながら官能を刺激するようにそう言った。
 台と繋がっている機器の表示グラフが、そろそろ限界値に近づいてきていることを示していたから。
 だが
「んな……ことは、とうの昔に知ってる。問題はそこじゃないだろうが。お前がこういう状況にしたこと、その原因を言えっつってんだ」
 と、投薬限界値に近い状態になってもまだ悪態をついてくる。
 本来なら体が反応してもおかしくないほどの媚薬が彼の中に入り込んでいるのだが、怒りにまかせてそれを押さえてつけているにはどうやら通じなかったようだ。
 そして、さすがサンですよねと感心すると同時に、これはこれである種の研究材料にできそうだと喜助は思った。
 だからこそ彼はを、言い方は悪いが実験体として扱ってもいたりする。
――それに改めてみると、台に括られたサンというのも中々……
 が、そんなことはおびくにも出さず、喜助はただジッと台の上のを見つめて言葉を続けた。
「怒ってますよね」
「怒ってるのはお互い様だろ。お前がなんで怒ってるのか、その原因を今言えば許してやる。いいか、これ以上引き伸ばすと暴れるぞ」
 言葉の中に本気が交じる。
 切れたらこんな拘束ブチ破るくらいは簡単にできる。
 さっきの注射みたいなので霊圧を抑えたみたいだが、そんなことには関係なかった。
 霊圧があろうとなかろうと、暴れるときは暴れるのがたる所以である。
 そしてその言葉で、喜助は確信した。
 といよりも、元々信じていなかったのだが、それでも一抹の不安がなかったとは言い切れない。
 その不安が今こうして具体化しているのだが、それでもやっぱり噂でしかないことを百も承知の喜助が軽く息を吐いて
「だってサンに見合いの話があるって聞いたもんですからね。心が少し離れたのかなぁって不安になっちゃって」
 と言った。
アトガキ
まったく信じていない噂による不安一つで監禁する人、喜助さん。
でも研究には心忠実だし、それくらいは笑顔でしそうなんで…
2013/09/16 再加筆
2012/06/16 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥