Sky Lord
19.Lie of Eternity
モスクワ近郊の国際空港に着いてから、と侑士の二人は人の居ないところに向かってキャリーを引いて歩き出す。
ターミナルを出て、次第に人が少なくなっていくのを疑問に思ったのか、後ろを歩く侑士が問いかけてきた。
「なぁ。一体どこ行くんや?」
「人の居ないとこ」
「そんなトコ行ってどないする気や。危険やないか?」
外国の人気のないところは危ない、ということはだって承知している。
だがこれには目的がある。
領域外を使えば確かに居ないものとして行動できるが、領域を展開する瞬間だけは一瞬の隙間が生じる。
誰が見てるかわからない中、見られるリスクを少しでも減らしたいは、人気のないところに向かって歩くのを止めない。
「いや、人が居なくなったら飛ぼうと思って」
「飛ぶって……」
予想外の答えだったのか、侑士が珍しく言葉に詰まらせる。
「場所は思い出したから、やってみようかなって思ってる」
「……やってみるのはえぇけど。飛ぶって、どないするんや」
まったく想像がつかないのか、珍しく侑士の声が『信じられない』といったものになっている。
そんな彼には足を止めて振り返り、簡単に説明する。
「ん? 名前で飛ぶんだよ。お前がいるしAIRLESSの名前を使おうって思ってる」
「名前で? って、俺名前の力なんて、使い方ほとんど知らんで?」
侑士が知っているのは、糸の形が絆の形と言われ、言葉を乗せると命令できることくらいだ。
しかしは自信たっぷりに言う。
「お前の場合、使いこなすには実践の方がいいと思ったんだが、違ったか?」
挑むように見ると、ニヤリと笑った侑士の顔が挑むような表情に変わる。
「えぇ度胸やな。やったるわ」
「その意気だ侑。頼りにしてるよ」
「じゃ、名前出して」
「わかってる。せやけど、なんでそんな急いでるん?」
ロシアのどこか、誰もいない路地裏で珍しく急かすような声音で言うに、侑士が疑問を投げかける。
それに対して、警戒するように侑士の後ろをチラリと見て答えた。
「後ろから誰か付いてきてる」
「わ、わかった!」
の怖い返答に、さすがに見知らぬ土地で犯罪に巻き込まれるのは御免だとばかりに侑士が急いで背中に意識を集中して名前を出す。
「よし! じゃ、行くよ。飛べ!!!」
キィン……と一瞬耳鳴りが響いた直後、ガシッと侑士の腰に腕を回してが宣言すると同時に、二人の姿は持っている荷物ごとそこから消えた。
そしてその一瞬後、その路地裏に入ってきたロシア人の声が響き渡った。
「Здесь никого нет!?」
「Куда ты ушел!!!」
「ついたよ、侑士」
飛んだ、という時間は恐らく一瞬だったと侑士は思う。
の声で目を開けると、周辺の景色はガラリと変わっていた。
どこかソ連時代を彷彿とさせる町の路地裏から、白樺の木々が生い茂る、土と木の匂いが充満する薄暗い林の中へ。
「どこや? ここ」
「共同墓地のある軍施設だ。話したろ? 少し歩くぞ」
一瞬で変わった光景に驚く侑士に対して、至って冷静にが対応する。
キャリーケースを引きながら、迷いもせず歩くの後ろを慌てて侑士が付いていく。
五分ほど歩いたころ、目的の場所が見えては足を止めた。
「ここだ」
「ここ?」
「あぁ。間違いない。ここだ」
薄暗い林の中、地面に腐りかけた木の棒が立ち並ぶ光景に侑士は言葉を失う。
中には倒れているものもあって、無残だなという感想を持った。
「いろいろな理由で棒になった。死んだ隊員の数だけ、俺含め生き残った隊員たちが刺した誓いの共同墓地だ。俺はな侑士、ここから始まったんだ」
「……」
「言っておくが死体なんてここには埋まってないぞ。これはただの記念碑みたいなものだ」
「記念碑……」
殺風景な光景の上に馴染む残酷で無残な景色を記念碑と言うに、さすがの侑士も何も言えなくなる。
「さて……」
言葉を最後まで言わず、はキャリーケースの中から空港で買った二本のウォッカを取り出してフタを開けた。
「久しく来てなかったからな」
足を動かし、立っている棒一本一本に酒をかけながら歩くその光景を、侑士は黙って見守るしかできない。
戻ってきたときには、瓶は二本とも空になっていた。
「タバコはさすがに勘弁してくれ」
物言わぬ墓地に対し、笑みすら浮かべて告げるの横に立ち、この現実を確認するように侑士が問いかける。
「これ……みんな名前持ってた人たちか」
「そうだよ」
「なんでや……こんなん……」
言葉が続かない侑士に、話した内容が事実だったことをは説明する。
「言ったろ? 実験部隊だったって」
「せやけど!」
「おいおい。理不尽なこと言わないでくれ。俺はその部隊の隊長だったんだぞ」
理不尽だと思っているであろう侑士に、逆に『ソレ』がにとって理不尽だと言ってやる。
確かに誰もかれもが望んで部隊に入った訳ではない。
嘘の触れ込みで集められ、だまし討ちに近い状態で実験部隊に入隊させられた名前持ちばかりだったのだから。
しかし最後の方はマヒしていたのか、最終的に皆喜んで銃を握り、爆弾を操り、人を殺したりしていた。
そして、そんな名前持ちばかりが集められた実験部隊が結果失敗したか成功したかなど、そんなことは全く知らないし、おそらく永遠にわからないだろう。
戦争が引き金になって国家そのものが崩壊し、紆余曲折を経て部隊ごと日本に足を踏み入れたのだから。
「……せやったな」
まっすぐに墓地を見ながら言うに、言葉少なく侑士が答える。
珍しく動揺してるのが伝わって、少しからかうように言ってやる。
「なんだ。やっと実感湧いたのか?」
「まぁな。なんつーか……強烈やわ」
短い感想の中にこもる侑士の思いを捉えて念を押す。
「ついでに言うなら同情は無しだ。ただ、事実を知ってくれればそれでいい。その上で、本当に俺でいいのか真剣に考えてほしいんだ。結論は……」
「わかってる。それでも、俺はを選ぶで?」
結論は今じゃなくていい、という言葉は途中で遮られ、侑士から答えが示される。
それを信じられない思いでは聞いた。
「……本気か?」
思わず侑士の横顔をみやってしまう。
それに彼が視線だけ動かし、を捉えて答える。
「本気も本気。それに、軽い考えで付いてきた訳やないしな」
「そうか」
が答えたその時、ふいに少し風が出てきた。
淀んだ臭いが風にゆっくりと押し流され、新鮮な木の匂いが周囲に流れてくる。
日の当たらない林の中は、さすがロシアというところか。
風が出てくると、夏とはいえ少し肌寒くなった。
「墓参りやろ? 手、合わせてえぇか? それくらいなら同情ちゃうやろ」
話を変えるように侑士が提案してくる。
「あぁ。そうだな」
侑士が墓地に手を合わせたその横で、ただ静かに敬礼した。
アトガキ
2023/08/14 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥