Sky Lord
18.Start of Theater
「これ、親が持っていけって」
 一泊二日用の小さめのキャリーケースを引っ張りつつ、おそらくお中元か残暑見舞いの残りであろう品を渡されたは困った。
 まさか本当に侑士が家の許可を貰ってくるとは思わなかったからだ。
「許可降りたのか」
「来る直前まで説得やったけどな」
 その言葉で、侑士の家で相当揉めたのだろうことが予想されての背中に冷たいものが走る。
「で、最終的に納得してもらったんだろうな?」
「なんとかな。名前のこと言うたら、なんか神妙な顔されたわ」
 侑士の父親は大学病院勤務の医者をしている。
 恐らく噂くらいは知ってるかもしれないと思ったが、どうやら当たりだったようだ。
「そうか。で、これ……」
 侑士の言葉に答えつつ、手渡された若干ずっしり来る箱に視線を移す。
「そ。乾麺のうどんや。美味しいで?」
「美味しいのは知ってる。じゃ、晩飯これでえぇか?」
「えぇよ」
「分かった」




 さて、おかしなことになったな……と、鍋で湯を沸かしながらは思う。
 一泊二日の弾丸旅行とは言え、さすがに海外旅行は家から止められると思っていたのに、まさか許可が降りてしまうとは。
「何考えてるん?」
「いや、ホントに説得してくるとは思わんくて」
 菜箸で突きつつ、うどんを茹でているの隣で野菜を切りながら侑士が答える。
「何言うてんの。説得してこい言うたん、やん」
「いや……まぁ……そうだけど」
 本当に説得してくるとは思わなかった、というのがの正直なところだ。
 そんな言葉に出さない言を汲み取ったのか、野菜を切っていた手を止めて隣に立つを見て
「言うたやろ? 何があっても俺はを選ぶって」
 冗談だと笑い飛ばすには真剣な声で言うものだから焦ってしまう。
「侑士。火使ってるんだからそういう事言うな」
「はいはい」





 昨日も思ったが、やはり育ちがいいのだと思う。
 食べ方が綺麗だ。
 そんな侑士を見るともなしに見ていると、気づいた彼が問いかけてきた。
「何見とれてるん?」
「いや、食べ方綺麗だなと思って」
 見とれてた訳じゃない、という言葉は呑みこんで答える。
「そうか?」
 指摘に首をかしげるあたり、無自覚なのだと思う。
「うん。俺は食べ方、そこまで綺麗じゃないから」
「そう? 普通に見えるけど」
「必死で学んだ結果だ。だが魚系はボロが出る」
「昨日の見たけど普通やったで?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
 急に気恥ずかしくなったは、黙ってうどんをかき込んだ。
 そうか。これが嬉しいってことなのかな、と心の中で確認しながら。




 先にシャワーを浴びて、タオルで髪を拭きながらリビングのソファででくつろいでる侑士に
「今日は一緒に寝ないからな」
 と宣言した。
「えぇー! えぇやん!」
 体ごと振り返り、不満げな顔で抗議してくる侑士に昨日のことを話してやる。
「だめだ。昨日項にキスしたの知ってるぞ」
「起きてたんか」
「起きてたよ」
 意外そうな表情で確認してくる侑士の言葉を肯定する。
 おかげであまり眠れなかったことは言わないが、これくらいの抗議は許されるはずだと思った。
「せやけど、俺本気やで? のこと」
「知ってる」
「だから、な? えぇやろ?」
「!?……わかった」
 普通の言葉の中に『命令』が混じるようになったなぁと、どこか他人事のように思う。
 それは侑士が糸を使いこなしてる証拠でもあるのだが、これを早速無意識でやっていたらそれはそれで末恐ろしいな、とも思った。
「それじゃ、シャワー浴びてくるわ。大人しくベッド行っときや」
「へいへい」
 こういう軽口を叩き合うのは手塚とは出来なから、それが妙に嬉しく感じる。
 そういう意味では、侑士で良かったとも思えて複雑だ。
 手塚と忍足の二人に言えることだが、恋愛感情を持って言い寄ってくるのは辞めて欲しいが、こういう日常なら悪くないと思えてしまう。
 そしてその積み重ねが、きっと温い人生を生むのだということも。
 すぐソコにある闇に目を瞑れば、こういう人生も悪くない。
 だがそれは本来の名前が、正確には本来の名前の『対なる存在』が許してくれないだろうな、とも思う。
 お前は所詮闇側の、暗黒街の人間だと突きつけるための墓参りの命令なのだから。






「上がったで」
 その言葉と共に部屋に入ってきた侑士は、椅子に座って扇風機を浴びているT-シャツとジャージ姿のの髪を見て、すぐに拭くように言ってきた。
 いつも不思議に思うだが、髪の毛が濡れていたからと言って何なのだろうとは思う。
――命に関わるものでもないのに……
 だが彼等はソレが許せないらしく、侑士もそうだが手塚も濡れた髪の毛を乾かせと言ってくる。
 昔の自分なら放っておけと冷たく言い放っていただろう状況を、グッと我慢できるようになった辺り、丸くなったなぁと実感する。
 口論するには次元が低すぎると気づいたからだ。
 こんなことで無駄なエネルギーを使いたくない、とも言う。
「じゃ侑士。拭いてくれる?」
「えぇよ」
 答えた侑士が後ろに立ち、タオルを持ってわしゃわしゃと髪を乾かしはじめる。
「昨日は乾かしてたのに、今日はなんで生乾きやねん」
「そういうのに頓着しないからだよ」
 手を動かしながら文句をつける侑士に対して、なりに至極全うなことを答えたつもりだった。
「こだわった方がえぇで?」
「ドライヤーは枝毛が増える」
「染めるのはえぇんやね」
 思わぬ切り替えしに言葉が詰まる。
「……なんで知ってる?」
「一回見せてくれたやん。覚えてないんか」
 後ろから非難の声を上げる侑士の顔が見られない。
 なぜなら覚えていないからだ。
「……だっけ?」
 金髪は目立つからと、大学から黒に染めているだ。
 しかし隠している訳ではないから、求められれば見せたりもする。
 だから高校時代を知っている英二には、就任直後に結構言い寄られた記憶がある。
「せやで? 忘れてるのショックやわぁ。俺ん中では強烈やのに」
「それは……悪かった」
 ここは謝っておいた方が身のためだと判断して謝罪する。
「素直でよろしいわ」
「そりゃどーも」
 そんなやり取りに満足したのか、侑士が髪を乾かす作業に戻った。





「寝るで」
 電気を消して横になるが、腕が速攻で伸びてきて抗議の声を上げる。
「侑士、腰に腕回すのマジやめて。暑い」
「えぇやん。俺は好きやで? の体温」
「ったく……さっさと寝ろ。昼過ぎの便だからって時間がある訳じゃないんだぞ」
「分かってるって。おやすみ
「おやすみ、侑士」
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/08/11 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥