Sky Lord
16.For a lie a lie
「手塚が?」
 驚いた様子で侑士が上体を起こす。
「あぁ。さっきは言わなかったが、彼は九歳のときに両親を巻き込んで俺に言いにきてる」
 微かな明かりの中、侑士の目をしっかり捉えてが答えた。
「じゃぁ先約って……」
 察した侑士が信じられないといった様子で予想を口にした。
「まぁ、そういう事だ」
 それを途中で遮って、が告げる。
 だから彼は、家から黙認されてここに来る。
 とは言え、試験期間中は来ることは無いが。
「何もかも先越されてたとはなぁ……」
 悔しそうに侑士が呟くが、それには正論を吐いた。
「俺が関西に行ったのは怪我の後だからな。お前に会うのは手塚より後になるのは仕方ない」
「じゃ、三月三十一日にココ来るわ」
「は?」
 思わず素っ頓狂な声が出たを気にせず、侑士が宣言する。
「そんで、一晩かけて抱いたる。それでえぇか?」
「好きにしろ。ただし、新年度は俺が忙しいからな。相手できるかどうかは未定だぞ」
 が釘を刺し、けん制する。
 それでも侑士は折れなかった。
「それでも来たる。絶対や」
「分かった分かった」
 意気込む侑士をがいなす。
 いなされた侑士が話しを変えるように問いかけた。
「せやけど、
「ん?」
「男に抱かれんの、抵抗ないん?」
「あるよ」
 侑士の目を見てがハッキリ答える。
「せやけど、あんまり抵抗せんね」
「他のヤツなら抵抗してる。それとも侑士。抵抗されたい? 首へし折るけど良いか?」
 物理的にお陀仏になることを平気で言うに、侑士の背中が冷たくなる。
「いや……へし折られるのは勘弁やけど。それって、俺が名前持ったから?」
「それが六割」
「残りの四割は?」
「……いろんな理由がごちゃ混ぜになってて、一つに絞るのは難しい」
「それって、名前なくても俺にもチャンスあったってこと?」
「それは無い」
 即答したに、侑士が思わず突っ込みを入れる。
「無いんか」
「無い。少なくとも、こういう関係にはならないよ」
 再び否定したに、侑士が感慨深げに
「じゃぁ俺は、に感謝やなぁ。言うて顔ほとんど覚えてないけど」
 と言った。
 昔から侑士がのことを好きだ、というのは知っていた。
 いつからかは不明だが、で耳を落とす。そう宣言した時には既に恋心みたいなのはあったのだろうと思う。
「だからお前に移ったの嫌なんだよ」
 心底嫌そうにが言う。
 昔からを知っていて、尚且つ対等になれて心が強い者。
 は青学の生徒で教え子でもある英二辺りかと思ったが、やはりというか、何と言うか。
 悪い意味で予想通り、名前は侑士に移った。
がどう思おうと、俺は嬉しいで?」
「言ってろ」
「ライバルは手塚かぁ。これが大問題やな」
「何が問題だ? お前が誰かに移せば話は終わるぞ?」
 そうは言うが、心のどこかで分かっていたのかもしれないとは思う。
 侑士が手放すはずがない、と。
 だからは全部話した。
 昔のことも。直近のことも。
 話して、侑士がどう判断するか見たかったのかもしれないと。
 そういう意味では、は忍足侑士に対して心を許してるのかもしれなかった。
「誰が移すかいな。貰うもんは貰っとく。それがを支配できるんなら尚更や」
「冗談言うな」
「冗談やなく。使えるもんは使っとかな勿体無いやろ? それに支配するのが俺で良かったって言わせたる。絶対や」
「言ってろ」
 は答えるが、近い将来『そう』なるだろうことがなんとなく予想されてゲンナリする。
 ゲンナリしつつも、どこかしら期待している自分がいる。
 侑士なら、AIRLESSを使いこなせるかもしれないという、表には出さない期待だ。
 だから
「今までAIRLESSの名前で戦ったことは一度もない。だからどういう戦い方をするかは侑士、お前の命令次第だ」
 と言った。
「MERCILESSならあるんか?」
 間髪入れずに侑士が問いかけてくる。
 こういう頭の回転の良さに、は感心すると同時に辟易する。
「一回だけな」
「どんな命令やった?」
 どこか確認するように侑士が聞いてくる。
 は答えをはぐらかすこともできたが、素直に答えた。
「手塚は命令しなかったよ。だからオートだ」
「自動ねぇ」
「本来の名前の方は……聞くまでも無いな。せやけど、銃撃・殴り合い・白兵戦。おまけにパイロット……そりゃ強いわ」
 納得するように侑士が言う。
「実弾の威力知ってるもんなぁ。それを言葉に乗せるんやろ?」
「……まぁな」
 答えたくなくて、反応が遅くなる。
 だから、話を変えるようにが告げた。






「もういい加減寝ろよ、侑士。俺は寝る」
 その言葉と共に背中を向けたに抱きつきたい気持ちを抑えるのに侑士は必死だった。
 それにしても、と眠れない侑士は夕方のの話を振り返る。
 まさかあんな世界があったなんて、全然知らなかった。
 本当の名前と、戦闘と、絆と。
 跡部がに聞けと言った理由が良く分かる。
 氷帝学園高等部のテニス部をまとめる部長、おまけに超現実主義の跡部が、名前の絆なんてものを簡単に信じる訳がない。
 だがは……
 それを持つが故に実験にされ、戦場に投入された。
 そして手に負えないと国籍を移されて、裏の仕事をしてきて、怪我をして今に至る。
 その怪我の原因はこの国の裏側の力で、手塚はそれに巻き込まれた被害者で……そして、加害者だ。
 侑士が出会ったのは、そんな怪我をした後のだ。
 だから全盛のがどれだけだったのか、侑士は知らない。
 それでも、出会ったのは大阪のテニスコートだった。
 綺麗なフォームが目に留まって、そのまま見とれていた自分に声を掛けてくれた。
「どうした少年?」
 それが出会いだ。





 そんなが、今まで見せてくれた姿が全部嘘だったと侑士は思わない。
 だが隠していたのは事実だ。
 嘘ではないが、真実でもなかった。
 だったら、嘘には嘘で返して真実にすればいいだけの話だ。
 そして、本当になったという存在を、自分のものに出来ればそれでいい。 
――なんでもっと早く出会わんかったんや……
 何もかも先を行く手塚国光という存在に、名前の絆というものを痛感させられる。
 だが、これで同じ土俵に立てた。
 AIRLESS。
 風がない、という意味が転じて気配がないという、人から人へと移っていく名前だが侑士に手放す気は更々ない。
 そしてほとんど面識はないが、前任者のが願った『と対等になれる者』に選ばれたのなら尚更だ。
 名前の使い方は、の説明を聞いて自分なりに出来ると侑士は思う。
 糸を通して呼べばに届く。命令できる。そして、が領域を展開すれば自分にも分かる。
 今までAIRLESSの名前で戦ったことはないみたいだけれども。
 指示を出すのは侑士の得意とするところだ。
 でなければ岳人と中学からダブルスなんて組めるわけがない。
 手塚に出来て、自分に出来ないはずはない。
――ちゃんと支配したるからな。覚悟しぃや? 
 そんな決意と共に、侑士はの項に一つキスを落とした。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/08/07 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥