Sky Lord
14.Transfer of Soul
「なぁ侑士。その背中……」
 岳人が着替えている忍足の背中を見て呟くように言う。
「何?」
「いや、今一瞬チラッと文字が……」
「文字ぃ?」
 だが忍足が反応する前に跡部が割り込んだ。
「向日。てめぇは気にすんな」
「何だよ跡部。ンナこと言われると気になるって」
「アン? 俺様は何も見なかったぞ」
「ンダよ! くそくそ!」
 跡部が割り込んだことで興味を失ったのか、忍足が向日を呼んだ。
「ほら、岳人。行くで?」
「おう!」





「なぁ跡部」
「なんだ」
 練習が終わった後、忍足が跡部を呼んだ。
「岳人が見た文字って、なんか意味あるん?」
 気にしてないようでやはり気になっていたか、と跡部は思わず舌打ちした。
「ッチ」
「やっぱ、なんかあるんやな?」
 そんな跡部の反応を見てニヤリと忍足が笑う。
「食えない奴だよテメェは」
「お褒めの言葉をありがと。で? 何か知ってるんか?」
「名前だ」
「名前? なんやそれ」
「とは言え、お前のソレは本当の名前とは違うがな」
「どういう事や」
「AIRLESS。別名、No Sign。移ろう名前だ」
「だから何なん、それ」
「戦闘機とサクリファイスって奴だな」
「戦闘機って、空飛んでるヤツか?」
「違う。詳しいことはヤツに聞けばいい」
「ヤツって誰や」
だ」
に?!」
 思いもかけなかった名前に思わず声が大きくなる。
 だが跡部は気にせず言葉を続ける。
「あぁ。俺様より詳しいはずだ」
「なぁ跡部」
「なんだ」
「お前がそこまで詳しいってことは、お前もその名前? 持ってるってことでえぇんか?」
「あぁ」
「なんや、見せぇや」
「……これだ」
 渋々といった形で跡部が名前を出す。
「うわぁ。鎖骨んとこか。RECKLESS? 無謀?? 跡部らしいなぁ」
「だが悔しいことに俺様はサクリファイスってヤツだからな。戦闘機がいなきゃ何もできん」
「なんやそれ」
「兎に角、ヤツに聞けば詳しいことが分かるはずだ」






「ってことがあってな? で、ここに来たんやけど……」
「ってことがあってな? じゃねぇ。なんでお前、俺ん家知ってるわけ?」
 マンション前で待っていた忍足侑士に事情を聞くと、氷帝であったことを教えてくれた。
 とりあえず上がれと、エレベーターの最上階をが押す。
「ん? 俺がちゃんのことで知らん事ないの知ってるやろ?」
「チャン付けすな。まぁいいよ。やっぱなぁ……だろうと思ったんだよ」
 そう言って家の鍵を空ける。
「一人で完結すんな。何が『だろうと思った』か詳しく教えてぇな。お邪魔します」
。覚えてるか?」
 とりあえずリビングの椅子に座って、が聞いた。
「あぁ。六月の練習試合にが連れ来てた子やろ?」
 と、同じく座りながら忍足が答える。
「呼び捨てすな」
「えぇやん」
「で、そのがAIRLESSの前任者で、その彼が願って移した。それがお前に宿ったって言ったら分かるか?」
「さっぱり。で、これなんかメリットあるん?」
「……跡部から聞いてないのか?」
「さぁ。詳しくはに聞けって言われて、ここに居るンやけど?」
「さよか。一先ず害はないよ。ただ、面倒なことに巻き込まれる可能性は高くなった」
「それ、絡み?」
「だから呼び捨てすな。なんて言うか、場合によっては他の名前持ちに絡まれたりする」
「うわ、面倒くさ」
「お前ならそう言うと思った。で、名前持ちに絡まれたら戦うことになるんだけど……」
「戦うって、コレ?」
 拳を作り、相手を殴る動作する忍足に、が反論する。
「違う。この国では大抵言葉を使ってのスペルバトルなんだよ」
「この国では、スペルバトルねぇ」
「で、俺がその戦闘者。そんでダメージを受けるのが」
「あぁ。サクリファイス。生贄やね」
「そういうこと。その生贄の特権っつぅか、役割として、戦闘者に命令できる」
「できんの!?」
 食い気味に食いついてきた侑士には若干引いて答える。
「……できる」
「うわぁ。俺、に命令できるんかぁ」
「だから嫌なんだよ」
「嫌っつっても、貰ったもんは貰ったし? つーか、そーかぁ……」
「お前な……」
「いつも言うてるやろ? 俺はコレ、で落とすって」
 と、自分に付いてる猫耳を指して宣言する。
「言ってろバカ」
「いやぁ、これで可能性高なった訳や」
「何考えてる」
「ん? そりゃぁもう! いろんな事」
「悪い顔になってるぞ」





「とりあえず戦闘機とサクリファイスは基本一対一だ。けど、俺はちょっと別枠でね」
「別枠?」
「あぁ。本来の名前と同時に、別枠で二つ名前を持てる。その一つがAIRLESS。もう一つが……MERCILESS」
「容赦なしか……」
 跡部から聞いた名前とは違うことに、忍足は内心ホッとする。
「先に言うけど、MERCILESSのサクリファイスは手塚だよ」
「うそぉ」
「マジ」
「……マジかぁ」
「そういう事だから、お前の好きにはできないってこと」
「でも、俺も『そう』なんやろう?」
「まずお前は『糸』が見えるようにならないとな」
「『糸』?」
「そ。お前から、俺に繋がってる糸だよ」
「糸なぁ」
「その糸は絆で、繋がりで、命令書だ。その糸を介して命令されると俺は基本的には逆らわない」
「じゃ使いこなせればえぇんやね?」
「そうだけど。俺の場合、名前に優先順位があって……」
 と説明が続く。





「まさか俺がの事で知らん事がこんなにあったとは」
 話を聞き終えた忍足が感心した様子で呟く。
「お前は、俺が将来何しようかなって考えてた時に出会ったんだ。俺は歩く死人だし」
「生きてるやん」
「書類上はって事」
「あぁ。そういう事」
に俺の裏の仕事を見せたら、自分には無理だと言われた。で、彼が願ったのが俺と対等になれるヤツだった訳。それで宿ったのが侑士、お前なんだけど……」
 ここで言葉を切ったは、真っ直ぐに忍足を見て
「正直言って、お前にだけは知られたくなかったよ」
「それ、本気で言ってる?」
「あぁ」
「俺は嬉しいけどなぁ」
「嬉しいってお前ね……」
「好きな人の昔とか、やってること知りたいやん。言うたやろ? の事で俺が知らん事ないって。けどまさかこんだけ隠し事されてたとは、俺かなりショックなんやけど」
 と、自前で持ってきていたペットボトルを一口飲んだ。
「それにあんたの怪我の原因も分かってスッキリしたわ。まさか手塚が原因やったとは」
「手塚は悪くないよ。油断してた俺が悪い」
「なんでや。飛び出した手塚が悪いんやないか」
 真剣な表情で忍足が言う。
 その顔には、許せないとハッキリ書かれてあった。
「彼は保護対象だった。だから悪くない」
「で、テニスとか出来んくなって先生やってる訳や」
 話を切り返したということは、何かやる気だなとは思う。
 が、今はそれに触れずに答える。
「たまに呼ばれるけどな」
「その三合会の張さんに?」
「そ」
「見てみたいわ。がナイフと銃握ってるトコ」
「危ないから辞めとけ」
「なんでや。本気になった、見てみたいなぁ」
「侑士。冗談でもそういう事言うな」
「冗談やなく。本気やで?」
「本気て……」
「ソレ位思いが強よなきゃとは付き合えんってことやろ? で、にはソレが無かった。でも俺は違うで?」
「お前さ。俺の話、聞いてた?」
「さっき聞いたやん」
「聞いて結論がソレかよ」
「俺だって簡単に結論出した訳やない。昔からずっとの事好きなんや。そんな相手がそんな事やってるって今の今まで知らんかったんやで? 俺アホみたいやん」
「侑士……?」
「そこまで俺は信用無かったんか」
「信用とかじゃなくて……」
「じゃぁ何や」
 キンッと、糸を通して『本音を言え』という命令が弱々しいながらも伝わってくる。
 表情には出さないが、怒ってることも。
 心を隠すことができる侑士にしては珍しいとは思う。
 そして、ここで答えを間違うと取り返しが付かない事も理解していた。
「信用じゃない。さっきも言ったとおり、怪我をして将来どうしようかなって思ってた時期にお前に出会った。だからお前は俺にとって、生きてる象徴みたいなモンなんだ」
「なんやソレ」
「世界に光と闇があるなら、お前は俺にとって光側で、真っ直ぐ育って欲しいってこと。闇の世界を知ることなく。そう思える存在なんだよ」
「じゃ、は?」
「俺か? 俺の今は、闇に突っ込める黄昏みたいなモンやな」
「なるほどな」
 納得した様子で、忍足が答えた。




「時間も時間だし、どうする? 明日からお盆だし、練習ないなら泊まってくか?」
 が時計を見ると時計は既に21時を回っていたから、途中米などを炊きながら三時間近く話していたことになる。
 その問いに、ニヤリと笑って忍足が答える。
「やろなと思って用意してきたんやわ」
「周到やな。どうせ親にも言ってきてるんやろ?」
 少し呆れたようにが問いかける。
「正解。せやけど、エアコン入れてても暑っついな。シャワー浴びてえぇか?」
「えぇよ。あ、飯何がいい?」
「魚がえぇなぁ。できればエイヒレ」
「んなもんあるか。冷凍の鯖があるから焼いとくわ」
「おう。久しぶりやな、のご飯」
「野郎飯だよ。さっさと入れ」
「はいはい」
 そんな軽口を叩きあえるのは、昔からの知り合いだからだ。
 しかし、風呂に足を向けた忍足の顔は、真剣な顔そのものだった。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/08/02 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥