Sky Lord
06.DEATH LINE DANCER
「そう。分かったわ。」
報告を受けて女が言う。
「それにしても? まんまとここに来るなんて、馬鹿正直にも程があるわよね」
と、座っていたソファから体を起こし立ち上がる。
「お嬢様。はどう出ますかね」
と彼女の執事が問う。
「さぁ。どう出るのかしらね。まぁをここに引き込むには周りを固めてからじゃないと彼は引き込めないから。舞台は、こちらで整わせてもわうわよ? 『彼』を使ってね」
と女が妖艶に笑う。
その瞳には、どこか狂気の色が混じっていた。
結局事務所で一休みした後、新たに張に手配されたホテルにとの二人は移った。
その翌朝に、彼らの居場所の一つが割れたという連絡が入った。
連絡をもらったが張の旦那が待つアジトの前に着いたとき、既に準備が始められていた。
「じゃ。反撃と行きますかね」
そう言いながら、は自分の準備をする。
朝が早かろうがなんだろうが、臨戦体勢中は関係がない。
直に動かなければ逃げられてしまう。
といっても、今回は逃げてもらわないと困るわけだが……
「あぁ。じゃ、初撃行くか」
張の旦那から連絡をもらったは、第一撃を加えるべく慎重にことを運ぶ。
そして、手元の自作で作った爆弾をワイヤー越しにセットし、構成員を物音で誘う。
相手が神経を尖らせている分、陽動は簡単だ。
出てきたところで爆弾を炸裂させると、あとはもう攻めるだけだった。
遠くから狙う狙撃手の銃弾を交わしながら、それでもは中へと斬り込んでいく。
彼の一番得意とするのは接近戦。
つまり白兵戦だ。
「流石だなサイレント。勘と動きは鈍ってないと見える」
その様子を適当な位置で見ている張が、煙草を吹かしながら言う。
聞こえるのはイタリア人の声だけで、の声は一切聞こえない。
『が本気で攻める時、彼は沈黙し、そして、出て来た時は敵が消えている』
それだけだ。
まぁ。言葉を封印していた戦場のガキ。
それだけでも有名だったらしいからな。
後はただ、任せればいい。
「ご苦労だった」
出てきたに張が声をかける。
「あぁ」
スーツ姿で、ただそれだけを見ればただのアジア系のサラリーマンにしか見えないが、その右手には相手から奪ったものと思われる銃と左手には斬り込んで行ったときに持っていたナイフが握られている。
「どうだった?」
と張が聞いた。
「戦闘員だけでしたね。マチルダは居ません」
「そうか。で、お前はどうなんだ? 少しは勘は戻ったか?」
「久しぶりに熱くなりましたよ。この場所の影響ですかね」
「そうか」
「旦那。前ので四人目ですよね。そろそろ泳がせます」
「分かった」
と言い合って二人は分かれた。
張は徹底的なアジトの殲滅と、そしてはホテルに帰るために。
帰りの車の中では言う。
「マチルダが居なかった。っていうより、ワザと逃がしてるんだ。居てくれては困る。それに、あいつは豪華なところが好きなんだ。あんな殺風景なビルには興味も示さないだろうな」
と。
変な臭いがする。
血の臭い?
だけじゃなくて、色んな臭いが混じってる。
それが硝煙の匂いだということに、は気づかない。
トス……
ベッドに誰かが座る音がして、気付かれないようにが目を開けると、がベッドの上に座っていた。
そして普段、日本において見せたくないと言っていた上半身を晒してる。
しかもその体には、色々大小様々な古傷が沢山あった。
あの時はただ、名前を見たくて仕方なかったから背中をよく見てなかったけどすごい数の傷。
全部治ってるみたいだけれど、やはり跡になって残ってるものが結構あった。
その中に、左の肩の付け根から背中の真ん中辺りまでに一本長い傷が走ってるのがやはり、気にならない……と言えば嘘になる。
手塚が負わせた傷。そして、傷と共にある名前。
痛そう……と思ってると、右の肩甲骨から肩にかけて刻まれてる文字が目にとまった。
あの人の残した『名前』
この人が殺した相手の『名前』
そして、条件はあるけど、そっと消える『名前』
消えて、いいのかもしれないとは思い始めている。
こんな世界に居る人と対等になれるなんて、には到底思えなかったからだ。
の考える『戦闘』は、あんなモノよりもっと平和だ。
絆を結んで、唯一無二の二人を確かめ合い、そして戦う。
あんな銃弾が飛び交うような戦闘ではない。
昨日、あの黒スーツの人のところで少し休んだ後、このホテルに移った。
その時既には体も精神も限界を超えていて、この部屋に入った瞬間、吐き気が襲ってきてトイレで吐いた。
『ちょっとは気が晴れたか?』
さっきのことが頭から離れないが、差し出された手をバシッと叩き落とした。
差し出された手を初めて拒否した時、がとてもつらそうな目をした。
それでも、が疲れて吐けなくなるまで、ずっと体を擦ってくれた。
動けなくなったの体をタオルで拭いてベッドに運んでくれた。
それでも怖い?
と、は自分の中に問い掛ける。
あれは、あの時の目だった。
に、本当のことを話してくれたときの、少し辛そうなあの目だった。
「起きてるんだったら、起きてるって言ってくれないか? 今の俺はちょっと気配に敏感なんだ」
背中越しに掛けられた声だったけど、まるで首を切られるかと思うくらいの殺気を含んだ声と気配が襲う。
「すみません……」
と言うと、僅かにその殺気が納まっていく。
冷や汗がドッと噴出すのが分かる
がベッドから立ち上がってシャツを着、またベッドに座るとドサッとそのまま体勢を崩してこっちを向いた。
体ごと振り向くと、テーブルランプに反射してその目が淡くオレンジっぽくなっているのがハッキリと分かった。
まるで暗闇を照らすランタンの灯のような色。
昨日今日と、一体何人殺したの?
さっきまで何してたの?
出かかった言葉を、は寸でで止める。
多分聞いても答えてくれないだろうと、は思う。
弱音を吐ける相手は、ではないのをもう分かっている。
「。悪いが予定が早くなった。今日はもう空港に行くだけだから。ゆっくりしていいよ。夕方の便で帰るから」
「あの……どうしてあんなこと?」
「裏の事情か?」
タオルを持ち、髪を拭くために頭に伸ばしていた手を止めてが聞き返してきた。
「違います。俺が聞きたいのは、もっと……」
「銃を撃った事か」
と、手を完全に止めて体をこっちに向けた彼に、が僅かに頷く。
「条件反射みたいなもんさ。撃つ時に躊躇えばこっちがやられる」
「違う。どうしてあんな顔。先生、笑ってた。撃つ時……」
「あぁあの時か。まぁ久しぶりの乱撃戦だったしな。さっきやったみたいに本気の時は一切喋らなくなるから、あぁいう時くらい楽しみたいと思ってしまうんだろう」
それを聞いたは絶句した。
――『楽しむ』って……嘘だろう?
絶句しているに
「自分を冷静に見るってことはとても大事だよ。それに俺は、死線上でしか生きてるって実感できない、そんな奴だからさ」
そう言って静かに天井を見上げてるの姿が、何故かには泣いてるような気がした。
今回のことでハッキリ分かった。
やっぱり住んでいる世界が違うこと。
銃弾が飛ぶことになれば、言霊なんてなんの意味も為さないこと。
発動してる間に弾を相手に一発撃って、それで事が終わるからだ。
そしてこの人は、それを外さない。
命のやり取りで楽しめるなんて信じられない。
けど、それがこの人の世界なんだ。
アトガキ
2023/07/22 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥