Sky Lord
02.Place to Rest
 の領域。
 それは、絶対的な圧力が支配する場所。
 その領域そのもので、相手を倒すことも可能なほどの。
 それは、それに乗ってるものにしか体感できない速度と、圧力の世界。
 上空の空の信じられないような『三次元』の世界。
 それを的確にイメージできなければ、あんな世界は作れない。
 しかも彼は戦場上がりだ。
 戦場で幼い子供が銃を持つ。
 その中で、彼が人以上の者にならないようにするためには果たしてどれほどの精神力が要っただろう。
 いつ銃弾が飛んでくるか分からないその場所で、自分の中にある、人にあらざる力を持つ子供が、それ以上にならないようにするには、もしかすると大人以上の精神力が要ったのではないのか?
 そんな世界を支配する人が、
「じゃ、期末のテスト返すぞー」
 と宣言して、プリントを教卓に置き、一人一人の名前を呼んで返している。
 正直、テスト期間は手塚にとって我慢の時期だ。
 テスト期間中は、さすがに先生であるの家に行くわけにはいかず、両親のいる家で勉強だからだ。
 その間に何があったのかは知らないが、の感情が見えにくくなっていることに、手塚の心が若干騒ぐ。
――……何があった?



「えーそれでは皆さん。夏休みちゃんと遊んで宿題して。まぁ、最後の夏休みだ。精一杯楽しむんだよ」
 そう告げるはいつもと同じように見える。
 だが、敏感にその変化を感じる者もいる。
「最近、兄ちゃんの雰囲気硬い気がするんだにゃぁ」
「へぇ。なんで英二はそう思うの?」
「うーん。わかんないけど、でも兄ちゃん怒ってるっていうか、ピリピリしてるっていうか。そんな感じ?」
「そか。ボクはそうは思わないけれど……」
 廊下でそんなことを話す不二と菊丸の言葉を、手塚は黙って聞いていた。
 



 練習が終わっても手塚の足は家の方には向かわず、の家の方へと向いていた。
 もらった合鍵で中に入り、着替えての帰りを待つ。
「国? 来てたんだ」
「はい。最近あなたがピリついているという話があったので」
「英二か。ごめんな。色々巻き込んで」
「いえ」
「なんだかが来てから今まで、色々ありすぎてアッという間だったね」
 玄関からリビングへ歩いていく中、話すに、はやり心が読めなくなっていると手塚は思った。
「そうですね」
「最初はさ、ビックリしたよな。彼、血まみれで倒れてて。ホントビックリしたよ」
 着替えながら、が静かに言い続ける。
「襲われた理由を聞いたら、一番最初に『戦闘機』なんて言うもんだからさ。なんでそんな言葉が出るのかホントにビックリしてさ」
……」
「でも、そんな情報は入ってきてなかったし、第一こんな街中を飛ぶわけもない」
「ですね」
「それにアイツの傷は。明らかに銃痕や爆弾なんかじゃなくて切り傷だった。だから裏で何かが動いてる。そう思って。でもあんな。お前と変わらないくらいの人間だったなんて思いもしなかった」
「あの二人に怪我をさせたこと、後悔してますか?」
 と静かに手塚がそう聞いた。
 が静かに認める。
「あの領域を戻した瞬間、相手のあの女の子が死ぬかもしれないって一番怖かったのはこの俺だ。そうだよ。あの時、俺はあの子が死ぬことが一番怖かったんだ。でも止めなかった」
 ここで言葉を切って、ベッドに横になる。
「ごめん。少し眠い」
「まだ言ってないことがあるでしょう。言って下さい。聞きますから」
「最近、全然眠れなくてさ。ちょっと不安定。ごめん」
 その時点で、既に眠そうに寝返りを打ち、手塚に背中を向けてしまう。
「なぁ国」
 と、そのまま眠ってしまったかと思ったのに、声が掛った。
 離れようとしていた手塚の体が、そこで止まる。
「俺はね。本当は、誰も傷ついてるところを見たくないんだ。でも、そこから目を逸らすと、俺は俺じゃなくなってしまう。ごめん。あんな事しておいて、何言ってるかわからないね」
 ベッドに腰をかけて、手塚が黙って静かに聞く。
 がこういう言い方をするときは、自分の考えを纏めてるときだ。
 そして、自分を休めているときだ。
の隣に常に居ることは無理だとしても、オレはずっとあなたの帰ってくるところに居ますよ。ですから、何があっても帰ってきてください」
 守ってくれ、なんて。
 そんなおこがましいことは言わないから……
 ただが、どこに居てもここに帰ってこれるようにするだけ。
 手塚に出来ることは、それくらいしかない。
「うん。ありがとう……」
 そう言って、今度は本当に眠ってしまった。




 何もかもを背負って、死にかけたことなんか言わないだけで何度もあるだろうと思う。
 それは、体中の傷を見れば分かることだ。
 特に、左肩付け根のあの傷は致命傷に近かったのではないか? と。
 そう思わずにはいられないほどの深く、長い傷だ。
 手塚が背負わせた傷だが、手塚自身そのことはあまり覚えていない。
 覚えているのは、強烈な『欲しい』という感情と、耳が落ちたこと。
 そしてその後に名前を刻んだことだけだ。
 医学的には完治してるが、未だに治ってはいない、あの傷。
 それにしても、変なライバルが急に現れたな。
 不二や氷帝の忍足の二人でも厄介だというのに……
 それでも、あいつが現れなければ、のこういう一面を見ることもできなかったから、その点では感謝しているのかもしれない。
 と手塚は思う。
 また、恐らく何かがあれば出て行くであろう彼の、しばしの休息を邪魔するなんて、手塚にはできるはずもなかった。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/20 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥