少年がぶつかって、慌てて去って行った後に響いたのは広東語だった。
「大哥。いいんですか?」
 と、黒いサングラスの男に聞いている。その問いに黒いサングラスの男が
「何、構わん。それに、一度顔を見ておきたかったんでな」
 と言った。
Sky Lord
01.First Word
「で? 一体どうしたんです」
 と、不機嫌そうに言うのはだ。
「折角日本まできてやったってのに、最初の言葉が『で?』か。歓迎だなぁ。
 ソファにドカッとすわり、くつろぎきっている目の前の男が言う。
「まさか来るなんて思わなかったですから。そういうのは電話で済むでしょう?」
 珈琲を作るために、ソファを立ち上がりながら答えるのはだ。
「フン。たまたま俺もこっちで一仕事あったんでな。ついでだから顔を見ておこうと思っただけだ」
 サングラスの男がそう言って、出された珈琲を飲む。
「安モンだな?」
 一口飲んでそれを言い当てるが、せめてもの抵抗としては告げる。
「それでもドリップです」
「お、そうか?」
 この男はそんな話をしに来たのではない。
 それを重々承知の上で、お互い軽口を叩き合う。
 それをメンドクサク思ったのか、が軌道を修正した。
「ところで、顔を見ておきたいって。それ、俺じゃないでしょう?」
「当たり前だ。先日のあれは一体なんだ」
 と、カップを置いて男が声を低くして言う。
 本題はそっちか。
 ま、初めから本命は其処だったんだろうが。
 先日の、金華の腕を折ったときに戻した領域のことだ。
 普段、この男の周りに展開している領域をいきなり日本に持っていった。
 その事だろうと見当をつける。
「AIRLESSが見つかった。その話はモールスで送りましたよね」
 能力開発のせいで使えるようになった、領域外射程を使ってこの男にモールスで教えたのはだ。
「あぁ聞いている。だが甘っちょろい、まだ耳つきのガキだろう?」
「会ったんですか」
 驚いたようにが声を上げる。
「ここに来る途中、向こうからぶつかって来た。わざと避けなかったが」
「そこは避けましょうよ、旦那」
――見つかったか。
 と、は思う。
 予定ではもう少し後に会わせるはずだったが、この男の行動をは制限できない。
 制限できない分、何をしでかすかわからない。
 に対し、予定外のことを普通にぶっ込めるのがこの男だ。
「で、感想は?」
「もう少し骨のある奴かと思ったが、まさに『ガキ』そのものだった、という印象だな」
「でしょうね……俺もそう思います」

 展開は、いつだって急に変わる。
 ただ名前を呼ばれただけだった。
 たったそれだけで、が歯を食いしばる。
「ぐッ……」
 肩の刀傷痕に塩をすり込まれ、本来の名前が強制的に顕現させられる。
 左肩を抑え、痛みを堪える。
 圧倒的な言葉の圧力、拘束力を持つこの男には逆らえない。
「お前の本当の主人は誰だ? 答えろ」
「……張……維新……グッ」
「そうだな。で? お前はまた主を増やすのか?」
「まぁ……そ……ですね……」
「お前は誰の銃だ。言ってみろ」
「あんた……ですよ。張の旦……那。同時に……あいつ、らのでもある。こればか……りは、俺に、名前を残した奴らを恨んでください」
「そうだったな」
 そう言って、張がの拘束を解く。
 時間にして十秒足らずだが、それでもの息は上がっていた。
「特にAIRLESSは、実力が拮抗していないと体から離れる名前だ。分かってるんでしょう?」
「だったか?」
「だったか? って……あの……旦那?」
 教えたましたよね? の意味を込めて、が男を見る。
「冗談だ」
――冗談に聞こえない……
「で、お前はヤツに突きつける、という訳か」
「えぇ。だから一仕事頼んだでしょう」
「条件は、耳が取れるかどうか、か。聞いたときは冗談かと思ったが、あながち嘘じゃないらしいな」
「耳が取れたら、あんたが好きにしていい。それが条件だ。ガキがどう成長していくのか、果たして心が持つのかどうか。試すのは俺の趣味ですよ」
「ソレも一興か」
「ただし、ベットは無しにしたい。俺もあんたも多分答えは同じだ。それじゃ賭けにならん」
「分かった。じゃ、一つ仕事を回してやろう。最近、うちの管轄内で喧嘩を売っている奴がいてな」
 そう言って、トランクの中から差し出したのは文書ファイルだった。
「また剣呑な。今度は何やからかしたんです? 旦那」
 と、出された文書を見てが問う。
「やらかしてない、今回の件に関して、俺は『何も』やっていない。ただ、最近一方的に喧嘩を売られているのは確かだ。後はお前次第。組むか、忘れるか……だ。まぁ、どの道こっちも臨戦体勢に入ってる。ウチの圏内で無茶をやらかしてんだ。それ相応の応酬は向こうも覚悟してるはずだからな。そのついでに、俺がお前に依頼する、ってだけだ」
 真剣な表情で文書を読み終えたが顔を上げて
「わかりました。囮に使います」
 誰を、とはは言わなかったが、それが誰かは明白だった。
。タイで待ってるぜ?」
 が了解すると、張と言われた男が部屋から出て行った。

 男が去って、が一つ大きく息を吐くと 
「さて、海軍特急便でいろいろ運ぶか……」
 と呟いた。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
そろそろ、ん? な展開です。
2023/07/19 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥