Sky Lord
19.On DolphinStreet
 両校の生徒以外にも、一般の人がちらほら見えた。
 耳のある人、無い人さまざまで、は初めて聞くジャンルの音楽を、コーヒーを持ちながら聴いている。
 速い曲、ゆっくりな曲さまざまで、内容はよくは分からないけれども上手いのは分かる。
「じゃ、休憩します」
 そう言って先生がギターを置いて立ち上がり、休憩するために観客のほうへ歩いてくる。
 そしてそのまま、テニス部が陣取る方へ視線を一瞥してから、出入り口に向かって歩いて出て行ってしまう。 
 その後ろ姿すらかっこいいと、素直には思う。
 こういう音楽をセッションというらしいのだが、は初めて知るジャズという音楽が好きになった。
 そんなを視線で追っていると、前のほうからトントントン、タンタンタンという音が聞こえて視線を戻すと、ドラムの椅子に座っていた体格の良い男の人が、チューニングをやっていた。



 休憩中、それぞれ思い思いのまま過ごしている。
 飲み終えたグラスをカウンターに戻す人もいれば、二杯目を頼む人もいる。
 菊丸と不二はを追って外に出て行き、最前列に座っている桃城と海堂は珍しく大人しくしている。
 そして、同じく最前列に座っているメガネをかけた、氷帝のあの関西弁の男子生徒が妙には気になった。
 を関西弁にさせたあの生徒だ。
 あの試合の様子から、あの人も、きっと昔からと知り合いなのだろう。
 手塚と、おそらく菊丸がそうなように。
――俺だけが、部外者……
 気分が沈みそうになる。
 でも、と心を強く持つ。
 ここで負けていたら、きっと名前は消えていくんだと思い直し、は必死で沈みそうになる考えを止める。







 が外に出ると、菊丸(兄貴の方)に出待ちされていた。
「何があったか知らないけど、お前がそこまで必死になるなんてなぁ」
 と、ニヤニヤとした表情で菊丸は言った。
「なんだよお菊。俺は別に必死じゃないよ」
 次は何演奏しようかなぁと頭の片隅で少し考えながらが答える。
。あれだろ? あの例の転校生君」
 グリグリと腕をやって話す菊丸に
「チカイヨ。お菊」
 とゲンナリしていると、ドアが開いて今度は弟の方の菊丸と不二が顔を出した。
「兄ちゃん! 来てたんだ」
「来てたとは挨拶だな英二。誰がチケットやったと思ってんだよ。お、久しぶり。不二君」
「どうも。こんばんは」
 挨拶し合っていると、ピアノを弾いていた榊がドアから顔をのぞかせての隣に立つ。
「次の曲、クレオパトラの夢から入るのはどうかと先ほどベースと話し合ったんだが、どうだ? 初夏にピッタリだろう」
「初夏なんですかねぇ、アレ……」
 と答えたの顔にあったのは『やりたくねぇ』だった。
「なにを嫌そうな顔をしている。
「う゛ぅ。やりますよ。ソロ難しいですけど」
 と少し逃げ腰のに対して、榊が自信満々に
「お前ならできるさ」
 と告げて、店に戻った。
 外で他愛ない会話をしていると、
「そろそろ休憩終わるから入ってる」
 そう言って、が店の中へと入っていく。
 その後を、外に出ていた観客が続いていった。





「では、後半一曲目『クレオパトラの夢』」
 そうして、ドラム、ベース、ギター、ピアノの四人の視線が絡み合う。
 視線で繋がるってすごいと思いながら、は音楽を聴いた。
――すごい……
 怒涛の音楽が響く。
 ドラムのソロ、ベースのソロ、何よりのギターソロがかっこ良くて、は圧倒されてしまっていた。
 会場は、静かに盛り上がっていた。
 アンコールの手拍子が静かに、だが確かに止まらない。
「ではアンコール、します」
 そんなの言葉に、三人がまた視線を合わせる。
「チェロキー」
 榊先生がそう言って始まった曲は、メロディ的に一瞬ゆっくりだと思ったけれども、ベースの人の手を見てそれがとてつもなく速いことを知った。
――すご! 速っ!!






 終わった後も余韻がすごくて、圧倒されるとはこのことだとは思った。
 お客も、ほとんど誰も帰らない。だが、悲しいかな高校生。
 は不二に促されて、席を立たされてしまった。
「では、俺たちは明日も練習がある。各自真っ直ぐ帰るように。以上、解散」
「では先生、今日はありがとうございました。では手塚、明日の練習で」
「あぁ」
 最初に去って行ったのは、眼鏡が分厚い乾だった。
「海堂、お前も」
「ッス」
 と、二人が駅の方へと歩き出す。
「不二君と桃城君は方向が同じだから俺が送ってくよ」
 と、菊丸と雰囲気が似ている男の人が名乗り出た。
「ありがとうございます」
「では、は俺が送っていきます」
 そう言ってみんなと分かれた後、手塚と二人、学校までの帰り道を歩く。
「あの人は、どこまでお前に話した?」
 話を切り出したのは手塚の方だった。
「え」
「聞いたんだろう? 先生のこと」
「……聞いたよ」
「どう思った」
「どうって……正直、まだ実感沸かないっていうか。そんな感じ」
「そうか」
「手塚は、どう思ってるの? あの人のこと」
「信じてる」
 即答する手塚に、はなぜかショックを受けた。
「そっか」
は、俺の名前が何か聞いたのか?」
「聞いたよ」
「そうか」
「俺さ、戦闘機とサクリファイスは一対一だって教えられてきた。唯一無二の二人だって。でも先生は違うんだね」
 手塚は黙って聞いている。
「手塚は、どうやって先生のその……支配枠に入ったの?」
「九歳ときに、彼を欲しいと思った。だからだ」
「欲しい?」
「あぁ」
「何かあったの?」
 そう聞き返すと、後ろから
「全く。言葉が足らなさすぎだよ。手塚はさ」
 と、先生の声が響いた。
「先生?」
 ギターケースを担いで歩いてくる先生が
「手塚の話は長くなるからね。時間も時間だし。どうする? この後聞きたいなら、俺は車、学校に置いてるけど?」
 と言って、ギターを抱えなおした。
「では、先生の家で話します」
「了解。手塚はまず家に連絡いれといて」
「わかりました」
 傍から聞いたら、単なる先生と生徒の会話だろう。
 だけど、この二人も『繋がってる』のだと思うと、はさすがに疎外感を感じてしまう。
 先生はもちろんだけど、手塚は人に命令したり、人の上の立つ場に慣れている、とは思う。
 でなければテニス部の部長、しかも生徒会の会長なんてやってる訳ないか。
 そして思い至る。
 南律が、どうして自分に対しての感心が薄かったのか。
 なぜ、命令することに慣れさせなかったのか。
 唯一無二の相手じゃない上に、資格が無ければ消える名前だったからだ。
 それに気づいて、は一人泣きそうになった。




「上がって、リビングの椅子に座ってて。麦茶飲む?」
 そう言って、買った食べ物を冷蔵庫へ入れていく。
 手塚が手伝うと申し出たけれども、は断っていた。
 片付けが終わって
「さて、手塚の話だったよね」
 と言って、向かいの椅子に座った。
 手塚の話もまた、ある意味ですごかった。
 手塚が九歳のころ、ボウ対法という法律で荒れてた組織から誘拐を受けて。
 それを表沙汰にしないように、先生に依頼が来たこと。
 飛び出した手塚に、庇った先生。
 その時に手塚の耳が落ちたこと、そして先生が傷を負ったこと。
 そのためにテニスを辞めたこと。
 話を聞き終えた頃には、入れられた麦茶がすっかり温くなっていた。
「だから俺は、手塚に対して負い目があるわけよ」
「何を言ってるんですか。俺のほうこそですよ」
 その会話を聞いて、が妙に納得する。
――あぁ。割り込めないんだ……
 と。
 諦めたような気分にさせられた。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/13 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥