Sky Lord
17.Why repeat...
『状況を把握して、抑えること。でないと、マジで殺すからな』



 重苦しい沈黙が部屋を支配する。
 お互い、黙ったままだった。
 何を見たらいい?
 何を掴んだらいい?
 何を信じたらいい?
『君は感情に支配されやすい。起伏が激しくなったと思ったら、一度深呼吸をしてみなさい』
 そうだ。
 南先生のあの言葉。
 落ち着いて。
 自分の言葉に、感情に飲み込まれたら、戦闘機は制御できない。
 特にこの人は。



 話を聞いてて分かったことは、の目の前に座るは、が考えもつかないような世界にいる、ということだけだった。
 それだけは分かる。
 多分、が想像つかないような事も、見て聞いてそして、やって生きている。
「もっと詳しく、先生のこと、アレックスさんのこと、知りたい」
「あいつなぁ。よく言えばイイヤツ、悪く言えば甘いヤツだったよ。それ以上でも以下でもないっていうか。そういえば、一枚だけ俺とあいつの写真があるんだが見るか? とは言っても、何も無い殺風景な写真だけど」
 そう言ってカバンの中から財布を取り出すと、中から一枚の写真をは見せた。
「うわぁ」
 椅子から立ち上がって、食い入るようにが擦り切れた写真を見る。
 そこには、茶色い風景と、茶色い壁の上に座る帽子を被った茶色い服の少年と、その壁に肘をついてカメラを見て笑ってる同じ服の金髪の少年の二人が映っていた。
 壁の上に座ってる少年の左手にあるのは
「これ。煙草?」
「そ」
「向かって左が俺。右があいつだ」
 ってことは、煙草持ってる子どもが先生!?
「うそ。先生って、不良だったんだ……」
 思わずそうが呟く。
「あのなぁ」
 呆れた声でそう答える
「だって、どう見ても十歳くらいですよね。それで煙草って。どう考えても不良ですよ」
「あーまぁそうなんだけど。でも、そういうのって、いわゆる法律の中だけだし……」
 と、困ったように言うの言葉にはハッとする。
――そっか。この写真が撮られたところは、日本じゃないんだっけ
 明らかに景色が日本でなく、少年たちが持っているものだって、重そうな銃だ。
「この人が……」
 先生が乗ってる壁に肘をついて、帽子を取って笑って写真に映ってるこの人が同じ名前の人。
 とりあえず、『初めまして』かな。
「アレックスはよく笑うやつだったよ。戦場じゃ笑顔なんて消える。それが通常だ」
 ここでが言葉を切った。
 そして、どこか遠い目をして言葉を続ける。
「だがあいつは違った。もしかしたら、本当に生き残るべきだったのはアイツだったのかもなって今でも思う。少なくとも、俺よりかはいくらかマトモだったさ。年齢が上っていうこともあったんだろうが、人間として最低限の感情は持ってたからな」
 まるで、自分は持ってないかのようにが言う。
「写真は、もういいか?」
 といわれて
「はい」
 と答えた。
「イイ奴、だったよ。本当に。だけどそれが仇になったのさ」
 昔を思い出すように、が告げた。
「先生の話は?」
「俺の話かぁ? 面白くないよ?」
 そう言って逃げようとするのを、が阻止する。
「教えてください」
「わかったよ。軍に入った後のこと話すと、常に『死』が付きまとってた。死臭のイヤな匂いだよ。あの頃の俺は、実際は生きちゃいなかったのさ。軍に入ったとき既に死亡扱いだったらしいからな」
「死亡扱い? でも今こうして目の前に……」
「あぁ。存在はするが、書類上はって奴だよ。少なくとも俺は三回死んでるらしい」
「三回も……」
「次、そんな場所に出くわしたら、今度こそ俺は死ぬんじゃないかって思いながら生きてるのさ。俺はあの時死んでいて、今こうして生きてる俺は、多分別の誰かで、本当の俺はあの時死んだんだってな。俺がこの国に来てからもあぁいうことやってるのは、多分まだその答えが見つかってないからなんだろうぜ」
 そう言って、が言葉を切る。
「もし死神ってやつがこの世界のどこかにいるなら、次に刈ってくのは俺の首だ。そう思って前線に立ち、なんども何度も死線を越えたけれど、いつまで経っても死神は俺の前には現れない。いい加減ウンザリした頃、戦争が終わったんだ。それも唐突にな」
「戦争なんて、早く終わっていいんじゃないの?」
「そうか? やっぱりお前は平和な国にいるただの子供だよ。軍に入らされたガキは最初からその世界だ。分かるか?」
 分かるかと問われ、は首を振った。
「外の常識を知らない。戦争は終わったが、その後のフォローは誰もしちゃくれないんだ。『誰も』だ。国も、大人も、皆自分のことで精一杯で、外部からの援助なんてほとんど地方には届かない。そんな疲弊しきった国で、誰が軍隊上がりのガキをフォローする? 誰もしない。怖くて誰も近寄らない。そんな子供がやがてまた仲間を集め、戦争をする。その繰り返しだ」
 現にいきなり終わった戦争で俺が最初に思ったことは
『これから俺。殺し合いができないのか……』
 の言葉は、流石には飲み込んだ。



「手塚以外で、先生のこと知ってる人はいる?」
 硬い空気の中、が問いかける。
「知ってるとは?」
 意味を正確に受け取りながら、がトボケる。
「あんなことすること」
「知ってどうするの」
「どうもしないけど」
「どうもしないなら、知る必要ないだろ」
「うん……」
 また重い空気が部屋を漂う。
 だがそれを払拭するようにが告げる。
「ひとまず、が俺を扱いたいなら、もうちょい成長してからかなぁ」
「わかってますよ! 耳のある俺じゃ、先生を扱いきれないって」
「わかってるなら、やっぱりお前七声学園に帰れ」
「帰りません」
「意地っ張りだねぇ」
 クスリと笑って、が生ぬるい視線でを見やる。
 それが何だか気恥ずかしくて、は話を続ける。
「だって俺は、『先生』のサクリファイスだから」
「俺からすりゃ、サクリファイス仮だがね」
「仮じゃない」
「仮だよ」
「なんで?」
 だが、それには答えずには話し出す。
「どうしても」
「どうしてもって、仮って何?!」
「じゃ、お前にこの名前の本当のことを教えよう。この『AIRLESS』という名前はな。空気が無い、とかの意味そのまま、実力が無きゃ消えてどっか行っちまうのさ」
「嘘……」
「だから俺はお前を試してる。俺を扱うに足る存在かどうかも含めてな。お前にその実力がなきゃ、その名前は消えていくんだよ」
「そんな!」
「それがAIRLESSの名前の特徴だよ。実力が拮抗しないとスッと消えていく名前、AIRLESS。別名No Sign」
「それ……南先生も知ってるの?」
 初めて知った自分の名前の特徴には絶句する。
 真剣にを使いこなせないと、名前に見放されてしまう。
「あぁ。だから俺はお前に帰れって言ったんだ」
「そんな……」
「お前が取れる選択肢は、今思いつく限り三つ。名前を持っていても会わないでいるか、名前が消えるのをビクビクしながら俺の傍にいるか、それとも実力をあげて堂々とAIRLESSの名前を支配するかだ」
「支配……」
「そう。俺と実力が拮抗すれば堂々と名乗れるってこと。それができなきゃ、消えていくだけだ」
 そう言われ、
「……わかりました」
 と言う他、なかった。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/13 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥