Sky Lord
14.Bless or Curse
「領域離脱。状況終了」
がそう宣言すると、周囲にかかっていた圧力が急激に弱まり、どこかへと去っていく。
そしてが大きく息を吐いてを見た。
「これが、『お前』の望みだろう?」
いや、視線はではなく、その後ろを見ている。
妙な沈黙が支配するが、それを破ったのは金華だった。
「お……まえ……」
一方的とはいえ終わった戦闘と、急に引いた圧力と戦闘領域に一番ホッとしているのは、もしかした金華かも知れないとは思った。
とりあえず、動かない銀華を病院に連れて行くことが最も大事なことのはずなのに、体が動かないことに金華が焦っているのが分かる。
「急激なG加重を受けた体は、一時的に血が片方に寄るからな。少しの時間動けないはずだ」
と、が金華を振り返ってそう言った。
そして携帯を取り出すと、どこかへと電話を架ける。
「俺だ。そうだ。戦闘は終了した。病院に連絡して二人を運ばせろ。ただし校内だと騒ぎになる。外に出してからな。いつもの偽装工作を忘れれるな。俺はこの後やることがある。軍曹、任せたぞ」
電話が終わると、がを見て
「。お前にはこれから話がある。ついて来い」
と言った。
「二人の手当てとか、しないんですか?」
動けない金華と、動かない銀華に目をやってが聞いた。
この状況を作ったがとても怖かった。怖かったけれど、それでもの口は動いた。
「部下が校外に出した後、病院へ運ばれる。ほっとけ」
そう言われて「ごめん。金華、銀華」と小さく言い、はの後について歩いた。
向かったのは生徒指導室だった。
そのドアを開けて、が電気をつける。
「入れ」
と言われ、は素直に足を踏み入れた。
「まぁ、ひとまず座れよ」
「はい」
と、がを促し、座ったのを確認しても座る。
「前置きは、無しの方向でいいだろう。。まず結論から言おう。俺はお前の『戦闘機』とやらじゃない」
「う……そだ……」
嘘だ……嘘だ!
そんなの……じゃぁ、あの感じは?
自分の戦闘機を見つけた時のあの高揚感は?
全部嘘?
どうして?!
混乱するを、が落ち着かせる。
「まぁ落ち着け。少し、昔話でもしようか。かと言って、面白くもなんともない話だと思うけどな」
そう言って、は語り始めた。
その話は、には想像のつかない世界の話だった。
手塚の言っていた『世界が違う』という言葉がそのまま当てはまる『世界』の話だった。
そして、そんな世界に居た目の前の人物。
さっきの凶悪な表情も、雰囲気も、その話で理解できるような気がした。
「AIRELSSの前任者はアレックス・ミューラーと言ってね。ドイツ系だった。どういう経緯か傭兵部隊で拾われた子供だったよ。年は俺よりも二つ上で、俺が会ったときは十二歳だったかな。あいつは早くからお前のいう『言葉で攻撃する者』としての能力開花が早かった。だと言って、あいつは実戦でそれを使ったことはない」
「使ったこと、ない?」
「だからこそ、奴は死んだ。……俺が殺したんだ」
「どうして!」
責めるように鋭い声を出すに全く動じる様子が無く、が言葉を続ける。
「岩の下敷きにされてな。落下してくる岩を言葉で潰せることもできたはずだった。けど、あいつはそうしなかった。その下敷きになって、敵に捕まる前に、俺がトドメをさしたんだ」
ここでのことを責めるのは、にとって簡単だった。
人殺しだと糾弾すれば終わるのだから。
でも、口を挟めない、色んな事情が複雑に絡み合っているのが分かるだけに、はただ黙って聞いているしかない。
それに、自分の本当の相棒が本当の軍人だったなんて初めて知った。
例え、既にこの世に居ないと教えられたとしても、自分の知りえない『戦闘機』のことをどんな些細なことでも知れて良かったと、は思った。
「で、さっきの結論に戻るけど、俺はお前の『戦闘機』じゃない。俺の『名前』はAIRLESSじゃない。それはアレックスが持っていた。もう死んでこの世に居ない人間が持っていた名前だよ」
「じゃ、どうして先生が持ってるの?」
もしかして、先生は名前を刻まれたらそのサクリファイスの『戦闘機』になる、ブランクと呼ばれる人なんだろうか。
はそう思ったが、すぐに違うと思い至る。
さっきの話が本当なら、死んだアレックス・ミューラーがに名前を刻める状況では無かったはずだ。
「支配枠だ」
「支配……枠?」
聞き慣れない言葉に、が鸚鵡返しになる。
「そ。強い思いが名前を誰かに残すことがある。俺の場合、翼の数だけ支配枠があるんだ」
「つばさ?」
翼と聞いては鳥をイメージした。
鳥といえば、二つの翼を持っている。
「先生の、本当の『名前』って何?」
震える声でが聞いた。
「WINGED。翼ある者」
翼あるもの。
翼は二枚一対のものだ。
「ってことは、先生は三つの名前を持てるってこと?」
「そうなる。そしてその支配枠はもう埋まってる」
「じゃ、もうひとつの名前って、何?」
聞いていいか迷ったが、は聞いた。
「『MERCILESS』無慈悲とか、凶悪なものとかの意味がある」
「MERCILESSのサクリファイスとは、もう会ってるの?」
「あぁ。会ってるよ。ついでに言うなら、お前も会ってる」
既に会ってると言われ、の頭に浮かんだのは手塚の顔だった。
「まさか……手塚君……?」
その名前に小さくが頷く。
「そっか……」
――唯一無二の二人、じゃないんだ。
にとって、その現実がショックだった。
支配枠、というのは良く分からないが、戦闘機とサクリファイスは一対だと教えられてきたから、まさか三人のサクリファイスと繋がれる『戦闘機』が存在するなんて信じられない。
「あと、お前の言う『戦闘機』というのは、俺たちの間で通ってた『言語戦闘者』という名前と同じだったんだな。てっきり『戦闘機』なんて言うから、空飛ぶ方思い描いてたけど」
そう言ってが微かに笑う。
「あと、俺は命令を下す側でもある。言霊ってヤツの闘争じゃなければね」
「どういうことですか」
疑問を呈すると、ドアの向こうからを呼ぶ声がした。
「大尉。あの二人の収容、完了しました」
と、誰かが指導室の向こうで告げてきた。
ガラリとドアを開けて、立っていた彼らにが命令する。
「分かった。お前達は第三勢力の介入前に撤収しろ」
「了解」
――あの人たちが、この人の部下なんだ。
ドアを閉めてが振り返り、に告げる。
「お前は俺を『言霊による闘争』に巻き込みたくなかったんだろうが、それは逆だぞ」
「逆?」
問いかけるにが答える。
「巻き込みたくなかったのは俺の方だ。今回のことだって、お前に見せる予定なんてなかったし、俺のことも話すつもりは無かったんだ」
アトガキ
2023/07/10 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥