Sky Lord
08.Dead Walker
「そのまま帰れって。今日はそういう約束だったろ?」
 掛ってきた電話の相手は手塚だった。
 心配だから、今日も来るらしい。
 だがそれは断った。
「子供じゃねぇんだし、心配するなって言ってんだよ」
 、二十五歳。
 どう考えても子供じゃねぇだろうが。全く手塚の心配性。




「あ、。薬は飲んだ?」
 とに確認を取る。
 今日はあの風呂は、今日はいいだろうと判断する。
 そろそろ傷が塞がってきてるみたいだし。
「はい」
 と、飯食った後ソファーでやっぱり少し緊張気味のの後ろから
――そういや、二人きりっていうのは初めてだよな
 などと思いながら、二階の防音部屋から取ってきたギターをは一音だけ鳴らしてやる。
 金曜日。
 本当はとある後輩から、とある店に誘われていたのだが、のケガという急用が入ったため急遽断ったのだ。
――一曲どう?
 なんて、そんな気の聞いたことはは言わないし言うつもりもない。
 黙って聞けばいいとは思う。
 勝手にやっているだけだから。
 聞きたきゃ聞けばいい。
 それだけだ。
 一曲終わって、の視線がに釘付けになっている。
 頭についた猫耳が前を向いて、集中して聞いてるのがよく分かる。
「なに必死になって聞いてるの。そんなに食い入るように見なくても音は聞こえるだろう?」
 そう言うと、何故か顔を真っ赤にして
「す。すみません」
 と言って俯いた。
 その時だ。
 ピピピッと音が『鳴った』のは。
『仕事? こんなときに?』
――少しは休ませろよ
 はそう思ったが、これも契約だ。
「ちょっと、今から出かけてくる」
 と言ってギターをソファに置いて、外に出た。





『意識が向けさせるようなことを言ったら、探究心の強い子供はすぐに調べようとするから言わない方がいい』
 というのは目の前に立つ彼女の言葉だ。
「日本に来る適任者って、あなただったんですね。大尉」
 仕事が速いと思ったら、大尉が出張ってきたというわけか。と、は納得した。
 公園の入り口付近にいるであろう、嗅ぎなれた匂いと、懐かしい空気に思わず声が出る。
「えぇ。とは言え、ロアナプラはいつでも噴火寸前の火山だから、本当ならすぐ帰る予定だったんだけど。書記官がどうしてもって言うから、ね」
 そう言って入ってきたのは、スーツの上に夏用のコートを着たバラライカだ。
 の脳裏に、昨日の書記官の言葉が響く。
『君もよく知ってる人物だよ』
 全く。
 えぇ、えぇ。よーく知ってますよ。
 初めて部隊に入ってからの最初の方、少しだけ同じ部隊にいたがその後は別動隊にそれぞれ配属された元戦友だ。
 あの戦争じゃ共同戦線も張ったし、その後も色々交流が続いてる言わば『同志』の一人だ。
「で、資料は?」
 と、挨拶もせずにそうは切り出した。
「あら。そっけない」
 彼女はそう答えたが、表情から全然そうは思っていない顔だ。
「素っ気無いのはお互い様だろう? バラライカ。それにその空気のまま街に出て映画館と洒落込む?」
 そう。
 彼女からは血の匂いがする。
 恐らくここでと会う前に一仕事、どうやら片付けたようだ。
「軍曹」
 と言って、これまた久しぶりに会ったボリス軍曹だ。
 懐かしい。
 差し出された封筒を見て、バラライカが言う。
「それよ。でもこの子達、どう見てもただのぬるい国で育った、ただのカップルにしか見えないけど?」
 その言葉に、封筒の中に入っていた写真をすぐに取り出した。
「なるほどな。こりゃ、確かにただのカップルにしか見えないな」
 そこには、長髪の男とただの女にしか見えない、二人の写真が載っていた。
 でも写真を見た瞬間、何故か心の奥で誰かが言った。
『封印、解けよ』と。
 でも解除するつもり、更々ないんですケド、俺。
「今度、タイに遊びに行ったときにこの借りは返しますよ。それと、書記官に言っといてください。『いつからスカウトになったんですか?』って。よりによってロシア空軍からスカウトが入るとは思わなかったですよ。俺にスホーイ乗れってか?」
 そう言うと、バラライカが笑った。
「バラライカ。笑いすぎだ」
 そして一通り笑い終えた後
「書記官はあんたがお気に入りみたいだからねぇ。まぁ、それは私もだけど。だけどこの色々制限が厳しい国であなたがどこまで出来るのか。見せてもらうわよ?」
「すぐタイに帰るんじゃなかったのか」
「気が変わったの。久しぶりに白兵戦が見られるかしらね。サイレント?」
 言ってくれる。
「今回は手を出さないでくれ。素人二人、俺一人で十分だ」
「じゃ、外彫りだけ固めとくわ。私は今回は傍観者だから」
 要は、日本での借りはここで返せ、か。書記官もヤッテくれるぜ、全く。
「じゃ、動けばこちらから連絡する。それとなバラライカ。俺のこと『サイレント』って言うな。嫌いなんだよ、それ」
 そんな会話をして、三人は分かれた。


 が家に帰ると、疲れたのかベッドで眠っているを確認して一息つく。
 やけに仕事が速いと思っていたら、バラライカが出張ってきていたとは思わなかった。
 おそらく「縄張り」の件でひと悶着あったと思うが、今のにはあまり関係ない話だ。
 火の粉が掛からなければ、首を突っ込むこともない。
 それでも『生徒』をこんなことにした二人には、それ相応のものを受けてもらおう。
 それだけを決意して、はギターを仕舞い、自分の部屋へと足を向けた。

 
「今日からお前、自分の家に帰れよ?」
 そう言ってを教室に送り出した。
 ここから先は、いくら怪我を負った当事者でも巻き込めない。
 水面下での処理だから、表で『生きている』を巻き込めない。
――俺は歩く死人だから。そうだろう?
 バラライカからもらった資料には、写真のほかに簡単なプロフィールが載っていて、そこに「七声学園」との記載があっては驚いた。
 たしかの前の学校もそうだったハズだ。
 これはイジメが傷害に発展しただけか?
 そんな可能性も考えて、は部下に指示を出した。
 今夜は、バラライカと会合がある。
アトガキ
動きます。
まだあまり怖くないね。
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/10 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥