Sky Lord
06.Push Back
「イテテテテ」
 そう言ってが痛がるのを
「ちょっとは黙って」
 と、が諌める。
「だってあれ、あの風呂! アッイタタタ」
 全身がヒリヒリしているのがわかって、見ているこっちが痛い。
 アルコール消毒剤入りの風呂に入ったのだ。全身痛むだろうな、と手塚は思う。
「よし。仮止め終わり」
 取り替えられた包帯やら新たしく出たテープゴミなどをビニール袋に捨てると
「手塚、包帯」
 と言われたので、静かに手塚がに渡す。
 難しい場所も難なくこなすその手つきに、思わず視線がいってしまう。
 上手い。
 素直にそう思った。
 慣れているからか。昔の経験からくるものなのかは分からないが。
「大分包帯が必要じゃなくなってきてるから、ちょっと治りが遅いところだけ巻いとくよ」
 そう言うと、一番最初に見たときから特に酷かった場所、の腕のあの文字が浮かんでいた部分を包帯で巻いていく。
 AIRLESS、か
 正にの右肩甲骨辺りにある、古傷の中に埋もれてるあの文字と同じだな。
 手塚はそう考えながら、が包帯を巻いていくのを黙って見ている。
「あ、手塚。冷蔵庫からアレ取ってきて。そろそろ冷えてると思うから」
 思いついたようにが手塚に指示を出す。
「分かった」
 と答えて、その部屋から手塚は出て行った。



「イッタタタ」
「我慢だって言っただろうが。これで良しっと。まだしばらく薬は手放せないけど、出歩く分には問題はないだろう。というか、ちょっとは日に当てて殺菌しないとな」
 そんな会話が聞こえてくる。
「はい。って、手塚君? 何持ってるの?」
 入ってきていた手塚を見て、次に手に握られたカップを見てが問う。
「摩り下ろしたリンゴだ」
 そう言って田中に渡す。
 それを受け取ったがお礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
 ラップを取り、中に入っていたスプーンでそれを掬って、微かに漂ってきた甘い匂いに一口食べる。
「リンゴだけ、じゃない?」
「そうだよ。ビタミンCたっぷりの美味しい薬、かな。りんごをベースに大根と人参が少しだけ入ってる」
 飲めとは言ったが、スプーンで食べるが正解かもしれない。
「美味しい」
 と言うと、あとは止まらなかった。
 あっという間に全部平らげてしまったから。
「それだけ食えたら体も元気に近いかな。それにしても流石高校生。若いねぇ」
 とがしみじみ言って、そのままの持っているカップを取って部屋を出て行った。
 その際
「あ。明日早いから。二人とも今日はもうゆっくり寝るんだよ」
 という事も忘れない。
 しばらくの沈黙の後、が手塚に口を開いた。
「ねぇ。もしかして、あのジュース、作ったの手塚君?」
 どうやら勘は良いようだ。
「あぁ」
「あ、ありがとう」
「礼なら先生に言ってくれ。おやすみ」


「もうちょっとさ、無愛想。何とかならない?」
 部屋を出ると、ソファでテレビを見ているが振り返りもせずにそう言った。
「俺は、昔からこうですので」
「わかってる。それにしても、どうしたの? 今日は家に帰るんじゃなかったっけ?」
 少し責めるようにが問いかけてくる。
「家のほうには、連絡しておきましたから」
「そうじゃなくて。君何も言わないけど、絶対不思議がってると思うよ?」
「わかっています」
「わかってるならどうして?」
「どうしても、です」
「言いふらされたら俺、いろいろ終わるよ?」
 手塚のほうを視線だけで見やって、が告げる。
「わかってます。でも……」
「もしかして、妬いてる?」
「わかってるなら、言わないでください」
 そう言って、手塚がソファの後ろからの肩に腕を回す。
「なに? どうしたの?」
 普段やらない動きに、が不思議がる。
「帰ってきたら、あなたの気持ちに霞みが掛ったように見えなくなっていたんです。当然です」
「さすが、感情に敏感だ。あと、確かに撃ったよ。でもそれは気持ちを落ち着かせるための一発だ。だから大丈夫」
 と言って、テレビを消してソファから体を起こし
「明日の試合、大丈夫だよね?」
 と聞いた。
「大丈夫です」
 答えた手塚に一息ついて
「明日早いからもう寝ろよ。シャワー浴びてこい。それと、色々ありがとう」
 そう言うとは自室へと消えていった。








「この紙袋、一体なんですか?」
 朝起きたらベッドの下に紙袋が置いてあったから、思わずに尋ねる。
 少し体が楽になってるような、そんな気がするのは昨日我慢して『あの風呂』に入ったからかもしれないと、は思った。
 それにしてもあのお風呂、すごく痛かったけれども、一体何が入ってたんだろうとは疑問に思う。
「おはよう。あぁ、それ? お前の着替え」
 部屋に入ってきたにそう言われ、紙袋の中に入っていたものを見ては驚いた。
「あ、あのこれ……」
 の視線が紙袋との顔を何度も往復する。
「い、いいんですか?」
 中に入っていたのは、ジャージと制服一式だった。
「制服、ボロボロだったろ? だから今日はジャージで我慢してくれ。ジャージは俺のだから後で返してね。それとお前の新しい制服。学校から古着持ってきたんだ。明日は我慢してそれ着て登校な?」
 休ませる気は、どうやらないみたいだとは思った。
 それに、いつまでもここで甘えていられないとも思う。
「あ、りがとうございます」
 色々考えてくれているのだと、は感謝した。



 いきなり転がり込んできた俺のこと、ここまで。
 先生だから?
 どうなんだろう。まだ分からない。
 は判断がつかないでいる。
 けど、そろそろここを出て行かなくちゃならない。
 この人は全く何も知らないから巻き込めない、とは思う。
 は、概要は話したけれど、が『戦闘機』ということは言っていないし、がサクリファイスだ、ということも伝えていない。
 それでも近くに行きたいと思ったのは、一人はもう嫌だったから。
 サクリファイスとして覚醒して七年。
 ずっと学校が探していたけれど、見つかる気配がなくて半分以上諦めていた。
 見つかったときは凄く嬉しくて、ワガママだって分かっていたけれど、律先生に言って転校させてもらった。
 その律先生からの命令で、あの二人に襲われた。
 そこまでしてあの人の『戦闘機』としての能力を見たかったのか、それとも単に確認したかったのか。
 には分からない。
 朝ごはんの準備をしながら、手塚がいないことに気づいてに問いかける。
「先生。手塚くんは?」
「先に出た。部長としてやること沢山あるからね」
「なるほど。それにしても、一緒に暮らしてるんですね」
「まさか。単に手塚が入り浸ってるだけだよ。彼の家には許可取ってあるし、まぁ、いろいろあるからね」
「付き合ってるんですか?」
 パンをかじりながら、に聞いた。
「付き合ってるように見えるか?」
「……まぁ。少し」
 遠慮がちにが答えると、
「手塚はどうか知らないけど、付き合ってないよ。少なくとも、俺はね」
 と、含みのある答えを返してきた。


「おーい。着替えた?」
 ノックしてそう声を掛けてきた先生。
 それにしても、このジャージ。もらった体操用のジャージじゃない。なにこれ?
 疑問もそこそこに、は着替えて部屋を出ることにした。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/07 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥