Sky Lord
05.Felt Fuzzys
「なんだ。今日も来たのか。すまんな。練習見てやれなくて」
 そう言ってジャージ姿で台所に立つの雰囲気が違うことに、すぐに手塚は気が付いた。
「すまんが手塚。に薬、持って行ってやってくれないか? そろそろ痛み止め飲んでもいい頃だから」
 そう言ってが薬を手塚に渡す。
 この二日。土日でどこまで回復できるかは不明だが、は出来るだけのことはするつもりなのだろうと手塚は思う。
 だがの微妙な変化に、手塚はわずかに疑念を持った。
――。何があった?
 あとで話を聞き出そう。
 そう決意して、手塚はがいる部屋のドアを叩いた。


。起きてるか?」
 部屋に入って、ベッドで寝ている彼に手塚が声を掛ける。
 黙って痛みに耐えているのか、天井を見上げたまま動こうとしない。
先生がこれを。お前に飲めと言っていた」
 そう言って薬と水を差し出した。
「ありがとう」
 消え入りそうな声でがお礼を言ったあと、ゆっくりと体を起こして薬を飲み、コップをサイドテーブルに置いてまた布団の中へと潜り込む。
「そろそろご飯だ。起きられないようならこちらに運ぶが、どうする?」
 と言った手塚は、の答えを待つ。
「座って食べるよ。大丈夫」
「わかった」
 の答えに手塚が軽く頷いて、その部屋を出ようする。
 その後ろから独り言のように呟いたの声に、手塚は思わず振り向いた。
「どうして俺じゃないんだ?」
 と。
「何か言ったか?」
 に近づきながら問いかけると
「どうしてあの先生の近くに居るのが俺じゃないんだ?」
 今度はがはっきりと言った。


「何を言っている?」
 突き放そうかとも思ったが、それも出来なかった。
 何故かは、手塚にもわからなかったけれど。
「ごめん。いきなり変なこと言って」
 がそう言うと、傷が痛むのか静かに目を閉じた。
 そんな彼に、手塚が口を開く。
。一つ忠告しておくぞ。あまり先生に近づこうとするな。あの人の世界は、お前や俺たちの世界とはかけ離れたところにある」
 と言うと、目を開いたが手塚を見た。
「それ、どういうこと?」
 疑問を顔ににじませながら問いかけるの言葉だが、答える前に遮られた。
「手塚。薬はもう飲ませたの?」
 絶妙なタイミングで部屋に入ってきたに少しだけ手塚は非難の視線を送る。
 止めに入ったな、と。
 そんな手塚の視線をスルリと交わすと
。体の具合はどう?」
 と容態を聞くことで話題も逸らした。
「なんとか。大分傷も塞がったみたいで、あまり痛くないです」
「そか。じゃぁお粥じゃなくてもう普通食でいいかな。まだ無理だったらお粥作るけど?」
 との意向を聞く。
 しばらくして
「その、普通でいいです」
 静かな声で、が自分で決めた。
「了解。歩けるようならこっち来て食べる? まだ無理なら持ってくけど」
 またの判断を聞いている。
 その様子を見た手塚は、相変わらずけが人には甘いなと思った。
 そして問われた
「座って、食べます」
 と、先ほどと同じ答えを述べている。
 答えを聞いた
「分かった。じゃご飯出来たら呼ぶから。待ってて」
 と答えて、そのまま部屋を出て行った。


『仲良くしろよ?』と暗に言っていたな。あれは。
 後、余計なことは言うな、か。
 全く。
「あの。俺、少し寝るね」
 気まずくなった部屋で、重い空気から逃れるようにが目蓋を閉じた。
 仕方なく、手塚は部屋の外に向けて踵を返し、そのまま部屋を出る。

「なんだ。てっきり親睦を深めてるかと思ってたけど」
 部屋を出た手塚に掛けられた第一声がこれだ。
「あいつと話すことは、あまりないので」
 答えた手塚が、そのまま台所に立つ。
「そうかなぁ。クラスメイト同士、ちょっとは共通の話題とかさ。まぁ、転校したてじゃ余り無いか」
 自分の言葉に自分で納得するように言いながらが野菜を切っていく。
「あ、りんごと今切ってる人参余ったの摩り下ろしてくれる? に飲ませるから」
 と、が思いついたように手塚に注文を出す。
「わかった」
「さてとソーメンでいいかな?」
 話を変えるようにが聞いてきたから
「構わない」
 と手塚は答えた。
「人参だけでいいかな。りんごに混ぜるのは」
 などと言っているその時、微かに漂ってきたその匂い。

 厳しい表情になるのを、手塚は止められなかった。
「撃ちましたね?」
 と。
 途端の顔が変わる。
「国。その話は、今はするな」





。飯、出来たぞ」
 手塚がドアを開け、を起こしてテーブルまでついて歩く。
 時折痛そうに顔を歪めるが、昨日ほどではなく、大分回復しているようだった。
「あ、そだ。明日テニス部の練習試合があるんだけど。も行く?」
 ご飯中、いきなりが切り出した。
「え」
 と、さすがのも若干困惑気味だ。
「手塚達の試合だよ。一度見てみるか?」
 とに聞き
「あ、はい」
 と、は頷いた。






「風呂入れよ。それだけの傷。一気に消毒するのは大変なんだから」
 と言った瞬間「え?」という顔をして。次の瞬間「嫌です」と言ったが半ば強引に風呂に入れようとする。
「そんだけ傷が多けりゃ、風呂入ったほうが手っ取り早いんだよ。それに昨日から入ってないんだから今日は入れ」
 と言って、無理矢理を風呂場へと連れて行く。
 途端響くの声。
 同情は禁じえない。
 だからと言って、その方が手を煩わせないことも確かだ。
「上手い方法ですね,。流石ですよ」
 しきりに手塚が感心する。
「ま。全身軽症の仲間にやってた荒療治なんだけどね。でも痛いのは一瞬でホントこれやると治りが早いんだよ」
 流石、経験者は違う。
 それにしても本当に荒療治だな。消毒アルコール入りの風呂とは……
 の悲鳴を、ソファに座りながら楽しい表情で聞いているに、手塚の視線が吸い寄せられる。
 それに気づいたがニヘラと笑うのを、手塚はどこか神妙な心地で見つめていた。
アトガキ
書き直しと加筆と修正してみた。
2023/07/07 CSS書式+加筆修正
管理人 芥屋 芥