とある町にある一二三商店を少し入ったところに、その横丁がある。
 地元の人でも、用事が無ければ寄り着かないその場所は。
 誰が呼んだか『拝み屋横丁』

 さて、今日は何が起きるのやら……
言の葉
「ねぇ文世ちゃん。何かネタない?」
 座卓にダラリと腕を伸ばして、和服姿の眼鏡の男に聞いているのは、小説家でここ拝み屋の住人伏見東子。
 しかしそうは言ったところでそうそうネタなんて転がっているはずもなく。
「そうそうありませんよ。第一東子さんは締め切り間近なはずでしょう。こんなところに居ていいんですか?」
 と、その東子に呆れながら返事を返したのが、ここ拝み屋横丁の大家、市川文世である。
 そしてその後に
「ねぇ、ゴンザレスさん?」
 と笑顔で天井を向いて不敵な笑みでニコッと笑う。
『あのねぇ。俺の名前の頭にソレ付けるなって、何回言えば気が済むんだ。お前は』
 と、半ば実体化しながら文世の頭の上に肘を乗せて彼の体をグリグリ左右に振らせてるのは、ここ大家の居着いたモノで、大家の文世に不当な家賃を請求 されているそのモノ、もし彼を『人』の名前で呼ぶとするならば、という名前になる『存在』だった。
 ヒトの幽霊なのに名前がない。
 そう、彼は一般に言われる幽霊ではない。
 だから成仏はできない。
 ならば一体何であるのか。
 『彼』はれっきとした聖霊なのだ。
 よって名前など最初からあった訳ではなく、また性別も無かった訳だが、その昔誰かが男の方の名前を付けたので彼はそれを気に入っているのかずっと使っている。
 そして、その名前の通りに、元々性別がないため中性的ではあるが、顔や体が少し男っぽい。
 とは言ったところで、『女』として見ても十二分に言い訳は立つほどでしかないのだが。
 そして文世が、そんな彼の名前をマトモに呼ぶことは滅多に無い。
 何故なら……
「だってゴンザレスさん。家賃払ってくれないですし。未払いの間は、僕がゴンザレスさんを名前で呼ぶことはありませんよ」
 と、平気な顔で言ってのけるのである。
「お前ね……。なぁ東子ちゃん、こいつのこの性格どう思うよ」
 文世の体を左右に頭に置いた手で揺らしながら、ネタが無いかと探している東子に向かってが問う。
「ん? 別に。だってそれはアンタが家賃払わないから文世ちゃんにそう呼ばれてるんでしょ? なら、自業自得〜」
 などと言いながら引出しの中を漁っている。
「そんなぁ……なぁ文世。お前、何度も聞くが人外からも家賃取る気なの?」
 と彼の頭に置いた手をどけてが過去何度となく聞いたことをまた聞いた。
 その度に
「えぇ。当然です」
 と眼鏡をキラリと光らせて、これまたキッパリと文世が答える。
 そして
「だって面白いじゃないですか」
 と、煙草を吹かしながら文世が言ったときだった。
 ギランと東子の目が光ったのをは見てしまった。
 そしてイヤな予感がの心の中に芽生える。
――騒動の予感!
 と。
 その間にも、東子は後ろの箪笥を漁っていた手を止めて、畳の上を四つん這いでそぞろ寄る。
 そして
「ねぇ、そのツボ何?」
 と聞くと
「ちょっと貸して!」
 と文世から奪おうとする。
 その様子をは、嫌な予感が的中しませんようにと思いながら、いつもの光景だなぁと眺めていたのだが……
 ガラガラ
 と戸が開いた音に気を取られた文世の隙を狙って東子が奪った、ハズだったんだけど。
「『あ!」』
 と、東子との声が重なる。
 その声では壷の落下は止まらない。
 ガシャン!
 という音を立ててツボが割れてしまった。
 そして、中から出てきた『モノ』にはイヤァな感じがしたので一目散に天井から逃げたのだった。
「あ! コラ! 逃げるな!!」
「全く。いい加減文世も俺の名前に『ゴンザレス』なんて付けるのやめて欲しいんだけどなぁ』
 と、言葉の前半はヒトガタとして、そして後半はそのまま聖霊として空に飛んだ声だ。
 言葉に支配される自分たちは、もし文世がこのまま自分の名前にその『ゴンザレス』を付け続けたら、もしかしたら、今後マッチョな男に変ってしまうかもしれないのだ。
 それにしても、あの件があってからずっとこの横丁に住んでいる古巣に属する住人にあたる自分だが、なんだか最近文世は自分をからかっている、モトイ面白がっているような気がして仕方が無い。
 それにしても、あの雑霊は確か昔……
 などと思いを馳せながら、は空に浮かんでいた。
アトガキ
拝み屋横 丁顛末記
2011/12/28 加筆書式修正
2007/05/26
管理人 芥屋 芥